第58話 光の海の怨念

ヒカリは広い光の海の上に浮かんでいた。

 ――なんでこんなところにいるんだっけ?

 疑問に思いながらもプカプカと漂うヒカリの下、光の海の中をなにかが通り過ぎていく。

 最初それを魚だと思っていたのだけれど、しばらくしてその通り過ぎるなにかから声が聞こえることに気付く。

『悔しい』

『どうして私がこんな目に遭うの?』

『ああ、恨めしい』

様々な怨嗟の声が聞こえてくる。

 そしてその声の主たちは、光の海のある地点をグルグルするばかりで、遠くまで流れて行こうとしない。

 ヒカリは浮かびながらそれを眺めていて、とても窮屈そうだと思った。


 ――こんな狭い所をグルグルしていないで、もっと広い所に行けばいいじゃない。

 そうすればきっと、恨みつらみばかり言っている気分だって変わるだろうに。

 のん気なヒカリに、声たちは途端に反論する。

『なにを言うか』

『閉じ込められているのに』

『何処へも行けぬ』

光の海はどこまでも続いているのに、どこに閉じ込めている柵や壁のようなものがあるのだろう。

 ――なにが閉じ込めているの? なにもないじゃんか。

ヒカリが見たままの事実を告げると、声たちは驚いた。

『本当だ……』

『壁が消えている!』

『これで、還れる』

閉じ込められていないことに気付いた声たちは、次々に広い光の海へと流れていく。


 そうして、ここにいるのは浮かんでいるヒカリだけになった。

 一人でここに浮いているのも、なんだか寂しい。

 ――さて、私も行こうかな。

 ヒカリも流れに身を任せようとした時。

『お待ち、馬鹿弟子』

ふいに、師匠の声がした。

『世界を巡る魔力の道に流されては、もう魂は肉体に帰れないよ。あれらの思念と違って、お前は生きているんだから』

声だけの師匠が、なんだかわからないことをまくしたてる。

 ――魂? 肉体? 師匠、わからないよ。

『耳を澄ませてごらんよ、声が聞こえないかい?』

優しく諭すような言葉に、言われた通りにヒカリは耳を澄ませる。

『ヒカリ、目を覚ませ……』

声が響いてくる。

 これはオーレルのものだ。

 目を覚ませとはどういうことだろうか。

 自分はこうやって起きているのに。

 光の海に浮かびながら首を傾げるヒカリに、師匠が囁く。

『あの声を目指しな、そうすればきっと戻れるから』

目指すというと、泳いで行けばいいのだろうか。

 ヒカリはよくわからないなりに、声がする方へと泳ぎ始める。

 どんどん、どんどん泳いでいくと、やがて光の海がまばゆく輝きだす。

 ――えっ!? なに!?

 驚くヒカリは、意識を失った。


 そして気が付くと、オーレルの腕の中にいる。

「ヒカリ!!」

オーレルが怒ったような、泣きそうな顔でヒカリを覗き込んでいた。

「本っ当に、後先考えない馬鹿だなお前は!」

「なんか、すんません」

ヒカリは何故オーレルに怒鳴られるのかわからないが、反射的に謝ってしまう。

「ヒカリさん、目を、覚ましました? ゲッホゲホッ!」

傍らで、こちらも何故かいるクリストフが、ゼイゼイと荒い息をしながら話そうとして咳込み、マックに背中を撫でられている。

 そして遠巻きに知らない人たちが数人いる。


 ――これ、どういう状況?

 訝しむヒカリに、オーレルが深い息を吐いて説明してくれた。

「ヒカリが急に意識を失ったすぐ後、お前の師匠の幻影が現れたんだ」

「へっ? 師匠が?」

それから今に至るまでの事をザッと説明された。

 ヒカリは無謀なことをしたせいで、魂が魔法陣を封じる蓋になりかけ、危うく植物人間になるところだったそうだ。

 それをヒカリたちのことが心配でこっそりついてきていたクリストフと、そこにたまたま居合わせた王太子のおかげで封印の儀式が行えて、命拾いをしたらしい。

 この城は細い塔がぐるりと囲む造りになっているのだが、それらの塔の最上階に仕掛けがある。

 そこへ王族へ伝わる古い指輪を持って行ってなんらかのことをするのが、封印の儀式だという。

 クリストフと王太子は全ての塔に上って下りてを繰り返したらしく、現在疲労困憊だ。


「クリスが早くしろと急かすものだから、ものすごく走ったのだぞ。階段昇降の最高記録を出しただろうな」

クリストフの後ろで、呼吸は整っているもののくたびれ果てた表情の青年が言った。

 どうやら彼が王太子らしい。

「なんか、お騒がせしてすみません」

ヒカリとしてはもうこれしか言えない。

 ――私、蓋になるところだったのか。

 するともしかして、ヒカリが見たあの光の海は、魔力の道だったのだろうか。

 そして漂う声たちは、魔法陣のせいで魔力の道に取り込まれてゾンビにされてしまった人々だったのかもしれない。

『これで還れる』

声がそう言っていた。

 魔力の道を正しく巡れば、いつか再び命として還ることができるのだろうか。

 ヒカリとしては、そうであるといいと願うばかりであった。

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