第40話 将軍と魔女
ニコニコ笑って立っているおじさんに、オーレルが驚く。
「将軍……」
そう呟いたオーレルを、ヒカリは見上げる。
砦からやってきた人なのだろうが、そんなのは大勢いるのでいちいち顔を覚えていない。
「ねえ、何者?」
ヒカリの疑問に、オーレルが早口に答える。
「国境方面の守りを国任せられた将軍で、サリアの砦の重要戦力だ」
将軍と聞くとガチムチで屈強な戦士のイメージがあるが、目の前にいる男性はどちらかというとひょろりとした体格だ。
――あんまり強そうじゃないなぁ。
ヒカリがそんなことを考えていると、オーレルが顔を寄せて来た。
「お前、失礼なことを考えていないか? 将軍は秀逸な作戦力を買われて、将軍職にいる方だ」
「おお、つまりは軍師! なんかカッコいい!」
そう思ってみると、不思議と知性溢れる人物に見えてくるから不思議である。
「はっは、若いお嬢さんにカッコいいと言われるのは、いつぶりかな」
ヒカリとオーレルのやり取りを、こちらに近寄って来た将軍が怒るでもなく愉快そうに笑う。
なかなか心の広い将軍である。
「ほれ、この馬を使え。それとオーレルに特別任務を言い渡したと、書面に書きつけてある」
「……はぁ」
将軍に馬の手綱と書きつけの入った封筒を手渡され、オーレルは困惑する。
――まあ、話が上手く行き過ぎだもんね。
上手い話は疑いたくなるのが人間だ。
こちらの警戒心を察したのか、将軍が「まあ聞きなさい」と言って語り出した。
「私も長いこと国境の守りについているが、魔物を使った襲撃など聞いたことがないし、魔物の集団を人為的に作るなどもってのほかだ」
将軍の言葉を、オーレルは背を正して聞く。
「このような手段がまかり通っては、世界の戦事情が乱れるだろう。小競り合いであったものは、もっと悲惨な戦いに発展する。軍人として、それはなんとしても止めねばならない」
将軍の話はもっともだ。
命のやり取りは軽いものではない。
相手の命を刈り取る重さを知ることが出来る兵士だからこそ、戦争をできるだけ避けようとする。
しかしこれがもっと簡単に、自国の被害をほとんど出さずに戦争ができたとしたら。
国の偉い人にとって、戦争へのハードルが下がるだろう。
兵士の代わりに魔物が戦うというのは、そういうことだ。
「魔物がどうして集団で動いているのか、どこからやって来たのか。それを突き止めるのは重要なことだ。よってオーレル第二隊副隊長、君にその任務を任せたい」
将軍が最後に、威厳のある声でオーレルに告げた。
なんとコソコソしていたのが、正式なお仕事になった。
これでオーレルは堂々と旅立てる。
「君たちは旅の薬売りで、各地を回っている。そういう身分証を作ってある」
旅商人は大きな商家と契約しており、その伝手で国境を超えるのだという。
そうとなれば、一刻も早く旅立つに限る。ヒカリは馬の背になんとかよじ登り、オーレルの背中にしがみ付く。
「では、行ってまいります」
「うむ、しかとやれ」
走り出した馬の背から、ヒカリは振り返って将軍をもう一度見ると、将軍が最後に声をかけて来る。
「どうか頼みますぞ、魔の山の見習い魔女殿」
――えっ?
目を見開くヒカリに、将軍は悪戯が成功したような顔をした。
それから二人の乗る馬は猛烈な勢いで駆けて行く。
ヒカリは馬から振り落とされまいと必死にオーレルにしがみ付きつつ、先程の将軍のことを考える。
ヒカリのことを「魔の山の見習い魔女」と将軍は言った。
――あのおじさん、師匠の事を知っているのかな?
だとすると、師匠が山を下りて真っすぐ東に向かった麓の街に行けと言ったのには、ちゃんとアテがあったのだろうか。
だが、事実は師匠かあの将軍に聞いてみないとわからない。
後ろで黙り込んでいるヒカリをどう思ったのか、オーレルが声を掛けてきた。
「よく聞いていなかったんだが、出立際に将軍はなんと言ったんだ?」
「いや、えーと……」
尋ねられてヒカリは言いよどむ。
自分でもどういう意味なのかわかっていない言葉を、他人に言うのはどうだろうか。
「頼んだぞ、頑張れよ、的なことだった」
なのでヒカリはぼかしてオーレルに伝えた。
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