第39話 旅の道連れ、結構です!

オーレルの出した地名に、ドキリと胸を鳴らす。

「黙秘です!」

大声で短く叫ぶヒカリにオーレルはため息をつく。

「……ヴァリエまでの道を知っているか? 国境を超える際に素性を証明する身分証が必要になるが、ちゃんと持っているか? それをチェックした記録がないと、密入国者扱いで捕まるぞ」

「え、そんなものいるの?」

素で驚くヒカリに、オーレルは頭痛を堪えるような仕草をした。

「いるんだよ。サリアに入る時だってお前が最初に正門から入っていれば、身分証の提出を迫られただろう。なにせ国境を守る砦だからな。当然、ヴァリエ側の国境守りにも提出を求められる」


「マジで!? その場合どうすればいいのよ!」

出発前から頓挫する計画にヒカリが慌てていると、オーレルにじっとりとした視線を向けられた。

「やっぱりお前、行く気だったな」

「あ……」

隠密計画には向かない、間抜けなヒカリであった。

「……で? どうやって行く気だったんだ?」

取り調べのような口調のオーレルに、ヒカリは渋々口を割る。

「こっそり河を渡って行けば、いいかなって思ってた」

つまり、ほぼなにも考えていなかった。

 これを聞いたにオーレルから頭を手で押さえつけられる。

「馬鹿か! ひっそり行動したい時程、無駄な疑いを反らすためにも、しっかりと正規ルートで行かなければならいんだ」

「痛い痛い! 指が頭に食い込む!」

無計画なヒカリに、手を緩めたオーレルの説教が始まった。


「お前がヴァリエに行くのはなにか考えがあってのことだろう。が、目的地にたどり着けなけば、意味がないんじゃないか?」

「……ソウデスネ」

まったくもってその通りなので、ヒカリも反論できない。

「それに、女一人の旅は盗賊に狙われるぞ。馬にも乗れないヒカリが、逃げるのは無理だろう。そいつら相手に派手なことをしていては、すぐに噂になって警戒される」

「……マッタクデスネ」

ダメ出しの嵐に、ヒカリの頭がだんだんと下がっていく。

 そのつむじのあたりを、オーレルがポンと叩いた。


「これは国の防衛問題だ。俺たち軍の人間が頑張らねばならないのであって、ヒカリが一人でどうこうしようとせずともいい」

諭すようなオーレルに、ヒカリは口を尖らせる。

「だって……」

 ――それじゃあ無理なんだもん。

 ヒカリだって正義の味方を気取る気はない。

 オーレルたちサリアの街の砦の手に負えるのなら、なにもせずに静観していただろう。

 けれど、あのゾンビは剣で戦ってどうにかできるものではない。

 たとえ今のゾンビ軍団を焼き払ったとしても、問題の根本を絶たねば次のゾンビ軍団が来るかもしれない。

 根本を絶つことができるのは魔女であり、今ここに魔女はヒカリしかいないのだ。

 ――私がなにもしなくって、誰か死んだりしたら嫌じゃんか。

 ヒカリは「自分がやらなきゃダメだ」というこの考え方が、他人には傲慢に見えてしまうかもしれないとわかっている。

 それでも、やらずに後悔するより、全てをやりきって後悔したいのだ。


 ヒカリが俯いたまま、杖の先で地面に穴を掘りだしたところ、オーレルが額を指で弾いてきた。

「あ痛っ!」

思わず顔を上げたヒカリは、見下ろすオーレルオーレルと目が合った。

「お前は『一人で』やろうとするなという意味が、わかっていないらしいな」

そう静かに告げるオーレルに、ヒカリは呆ける。

 人は大多数と違うことを忌避する。

 この魔法の存在が消えてしまった世界で、ヒカリは魔法を扱う奇妙な娘で、厭われてもおかしくない存在だ。

 同じく魔法のない世界だった地球でも、ありもしない現象を恐れて「魔女狩り」なる恐ろしいことが行われたのは、歴史の授業で聞いた。

 ヒカリは正直、オーレルに気味悪がられると覚悟していた。

 けれど……

 ――前と同じ扱いだ。

 オーレルが一歩引くことなく、同じように接してきたことが嬉しい。

「へへっ」

ヒカリは弾かれて痛いはずの額を抑えてにやける。


 その顔をオーレルはしばらくじっと見ていたが、やがてフッと小さく笑った。

「お前一人で行かせると、どこかで牢に入っていないか不安だ。だから俺も一緒に行く」

「え、でもオーレルだって副隊長で……」

 ――ここに絶対いなきゃいけない人だよね?

 困惑するヒカリの頭を、オーレルはグシャグシャに混ぜた。

「俺は第二隊で、主な仕事は雑用だ。戦いの先陣を切るのは役目じゃない」

「オーレル……」

一緒に行くというオーレルに、ヒカリの心がぎゅっとする。

 ヒカリがオーレル達を心配するように、オーレルもヒカリを心配してくれるのか。


 この世界の迷い込んでから、ずっと師匠と二人暮らしだった。

 だからこんな人との繋がりや思いやりというものが、とても心にジンとする。

 サリアの街で両親の病を心配していたミレーヌ、反対にミレーヌたちに心配かけまいとしていた両親、そして今、一人で行こうとしていたヒカリを心配してくれるオーレル。

 世界を動かすのは、あんなゾンビ軍団なんかじゃなくて、こんな優しい力の方がいい。

 ヒカリは涙が滲みそうになった目にぐっと力を入れて、ニコッと笑う。

 本当を言うと、一人で行くのはちょっとだけ心細かったのだ。

「しょうがないなぁ、行きたいなら一緒に連れて行ってあげるよ!」

ただ正直になれない口からは、憎まれ口が出てしまったが。


 素直じゃないヒカリに小さく息を吐いたオーレルが、当面の問題を上げた。

「話を戻すが、国境を越えるにはそれ相応の身分証がいる。まずはそれを作らなければ、話にならん」

 ――身分証かぁ。

 この緊急事態に、そんなものが即座に用意してもらえるだろうか。考え込むヒカリだったが。

「身分証ならもう用意してあるぞ」

突然、誰かの声がした。

 ――誰っ!?

 驚いたのはヒカリだけでなく、オーレルも同じだった。

「誰だ!?」

二人で振り向いた視線の先にいたのは、馬を一頭連れているおじさんである。

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