第38話 会議は全く踊らない
ヒカリが悩んでいる頃、会議が行われている村長宅で、派遣部隊の上層部も悩んでいた。
戦況が好転どころか全く変わらず、それどころか砦側が疲労する一方。
敵の軍勢が死体が動いている「魔物」であることは確認済みだが、その対処法というのが難しい。
「やはり、粉々にして燃やすしかないのか……」
この場の指揮をとる将軍が、渋面で呟いた。
将軍は老年の域に達しようとしている経験豊かな人物で、ヴァリエへの睨みを利かせる役割で砦にいる、戦上手で知られる男性だ。
その将軍の知恵をもっても、この度の件は悩ましかった。
「なにせ、あの大群ですから」
会議に出席する他の面々も、誰かがそう言ったきり厳しい表情をする。
普通の兵士の軍団であればいくらでも作戦の立てようがあるのだが、相手が魔物とあってはとる手は一つしかない。
とはいえ、その作戦をとった場合、どれほど油を巻けば燃え尽きるのか。
使う大量の油を用意するのも簡単ではない。
準備を進めているものの、油が揃うのにどれほどかかるか。
それに油は庶民生活に直結する物資だ。
このせいで油不足になり値上がりなどすれば、暴動が起きかねない。
そのため今のところは魔物を攻撃するのではなく、散らばらせないように壁を築いて封じ込める作戦が取られていた。
このように議論が進まない会議の片隅に、オーレルはいた。
彼は無言で会議を見守っているように見えて、実のところあの時のヒカリが起こした現象について考えていた。
なにもない場所が突然光ったかと思えば、現れた長大な壁。
――あれはまるで、御伽噺の魔法のようじゃないか。
オーレルはこんな危機的状況の中で、不謹慎ながらも心の奥底が興奮していた。
『私は魔女だよ?』
そう、ヒカリは最初から言っていたではないか、自分は魔女だと。
オーレルはそれをあだ名や通り名の類だとばかり思っていた。
けれど、目の前にみせられたあれは、本物だ。
――魔女は、本当にいた。
誰しも幼い頃に読んでもらったであろう、魔法使いを描いた有名な絵本がある。
「銀の魔女と黒の魔法使い」という名の本は、作者不明だが知らない子供がいない絵本だ。
「ずっとずっと昔のこと、世界は魔法使いたちのものだった」という文章から始まる内容は、心優しい銀の魔女が、人々を苦しめる悪者の黒い魔法使いを懲らしめるという、絵本にありがちな内容だ。
子供なら皆、この絵本に登場する魔女や魔法使いの真似をして、杖を振り回した経験があるもの。
かく言うオーレルとて、幼い頃に近所の子供と棒切れを持って、魔法使いごっこをして遊んだことがある。
そんな魔女がひょっこり現れるなんて、誰が考えるだろう。
その魔女であるというヒカリは、以前からずっとヴァリエ方面を気にしている。
もしかして、あの国に今回の魔物騒ぎの原因があるのではないだろうか。
――薬草騒動のように、ヒカリにもし魔物をどうにかする方法を知っているとしたら?
ヒカリの話がどんなに不可思議なものだとしても、聞いてみる価値はある。
オーレルが考え事をしている内に、話は油の手配を急ぐことで一致して会議が終わる。
「では、解散」
そう告げられるとすぐに、オーレルはヒカリを探しに飛び出す。
その後ろ姿を、将軍が見ていることに気付かずに。
「おい、薬屋がどこにいるか知らないか?」
広場で作業をしている兵士に声をかけると、相手は首を傾げる。
「そういえば、見ていないですね」
オーレルはさして広くもない村を走り、ヒカリを探す。
すると村の外れからコッソリ出て行こうとする、ヒカリの姿があった。
***
ヒカリは昼間の明るい中、普通に村をうろつく体で村外れまで移動する。
畑のある方面は砦の兵士が警戒しているのでマズいので、それとは違う方向に向かう。
――よし、こっちは誰もいない。
人気がないのを確認したヒカリが、一人ひっそりと村から離れようとした時。
「おい、そこのお前」
聞き覚えのある声が背後からかけられた。
「うひっ!」
誰もいないと思った所に声を掛けられ、ビクッと肩を震わせたヒカリがソロリと後ろを振り向く。
すると木の陰になる場所にオーレルがいた。
――見つかっちゃったよ……。
よりによって、一番言いくるめるのが面倒そうな相手に。
ヒカリは内心慌てながらも、言葉がどもりそうになるのをぐっと堪える。
自分は悪いことをしているわけではない。
堂々としていればいいのだ。
「わ、私は民間人だし! こっこんな危ない所にいる義理はないというか!」
ビシッと杖を突きつけるヒカリだが、やっぱりどもってしまった。
オーレルはそんなヒカリの姿をじっと見つめた後、呆れた顔をする。
「まだなにも言う前に、勝手に下手な言い訳を並べる奴があるか」
「……」
言われてみればそうかもしれない。ちょっと気持ちが先走ったようだ。
「だいたい、そんな理由ならコソコソせずとも、砦の馬車に乗せてもらって堂々と出て行けばいいだろう。お前は砦の兵士でもなんでもないのは今更だし、出ていくと申し立てれば誰も引き止めたりしない」
オーレルの言う通り、ここに留まるのは彼の要請があっただけで、出て行くのを咎められることはないだろう。
だが砦の馬車に乗ってしまったら、それから個人行動を取り辛くなる。
馬車から途中で一人降りるなんて論外だろうし、サリアの街に帰ってしまえば、厳戒態勢を敷かれているのはわかりきっている。
そうなると、おそらく街を出るのも容易ではない。
――だから、今のうちにこっそり行こうと思ったのに!
そんな心の内を悟らせまいと、ムスッと口を引き結ぶ光を、オーレルはジロリと睨む。
「ヒカリさてはお前、ヴァリエに行く気だな?」
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