第41話 魔女は再度旅立つ
ところでこうして旅立ったはいいものの、今後の計画を決めねばならない。
「まずはサリアの街に帰って装備を整えるが、それからどうする?」
オーレルに尋ねられたヒカリの、優先することは一つ。
――魔力の道から逸れなきゃ。
これに尽きるが、オーレルにどう説明するか悩ましい。
魔法のなんたるかを語るには、馬の背で激しく揺れている今は困難だ。
難しいことを考えていては、舌を噛むどころか馬から落ちそうな気がする。
「できるだけあの村からヴァリエの王都まであたりを、離れて移動したい」
そのためには、サリアの街から街道を通って国境へ向かうのは賛成だ。
事前に地図で確認したところ、魔力の道の方向から大きく逸れている。
「詳しい説明を省くけど、あの村の住人がああも弱っていたのは、あそこの土地が原因なの。だから砦の戦力があそこの長く留まって戦うのは、いいことじゃない」
ヒカリの話に、オーレルが少し考えてから口を開いた。
「……なるほど。近くにある薬草の群生地が枯れたことといい、現在のあそこは悪い土地だというわけか」
何故という疑問よりも事実を優先したオーレルに、ヒカリはホッとする。
もっとゆっくり時間をとれる頃、オーレルには改めて説明することにしよう。
「そういうこと。そしてゾンビ……あの魔物軍団があの村を目指して来たことも、たぶん関係があると思う」
「将軍の言う通り、魔物がどこから来ているのか、それが問題だな」
ヒカリはオーレルと頷き合う。
兵士たちへのとりあえずの対処として、魔女の薬は預けてきた。
本当はあの村から撤退して別の場所で戦ってほしいが、ゾンビ軍団が上手く誘導できる保証がないだけに、難しいだろう。
残る手段は、村へ駐留する兵士たちが倒れる前に、ヒカリたちが大元をなんとかするしかない。
馬を飛ばしたので、日暮れ頃にサリアの街へ到着した。
一人帰って来たオーレルは怪しまれていたが、将軍が持たせた書きつけが効力を発揮する。
非常事態だからこそ、お偉いさんのコネは強力だ。
薬売りという身分であれば、薬を持っていなくては不自然だ。
「私、店で薬を詰め直してくるわ」
「では、俺は制服を着替えてくる」
とうわけで二人一旦別行動となり、オーレルが店まで迎えに来ることとなった。
街の中は、旅に出る前に比べて閑散としていた。みんな外出を控えているのかもしれない。
――ま、戦争が始まろうっていうんだものね。
呑気に買い物する気分になれないのもわかる。
こうしてヒカリは街の様子を観察しつつ、店に到着する。
ほんの数日留守にした店が、とても懐かしいものに思えて来る。
「ただいまー、っていうか、すぐ出て行くけどねー」
誰もいない店で独り言を言いながら、棚にある薬の瓶を手当たり次第に詰めていく。
「よし、こんなもんかな」
薬を詰め終えたところで、物音を聞きつけたのか、隣の家のジェスが顔を見せた。
「ヒカリ、大丈夫だったのか!? 帰って来ないから心配したぞ!」
ドアを開けるなりそう言ったジェスだったが、旅装を解かずに荷物を詰めるヒカリを見て、眉をひそめる。
「……ヒカリ、またどっか行くのか?」
「そう、だからまた留守を見ていてくれると嬉しいわ」
ヨイショっと荷物を背負ったヒカリに、ジェスは駆け寄る。
「外は変なのが出て、危ないって大人たちが言ってるぞ。だから……」
「ジェス」
ジェスがなにか言いかけたのを、ヒカリは言葉を被せて止める。
「いい? もしなにか危険なことになったら、他の子供たちと一緒に家に引き籠って、カギをかけてじっとしていなさい。そうすればきっと危険から守られるから」
ヒカリは少し腰を屈めて、ジェスの目をじっと見る。
ヒカリの店と隣の家には、守りの魔法がかけてある。家はきっとジェスたちを守ってくれるだろう。
「これ、店のカギを預けておくから、棚に並んでいる薬が必要なら使っていいわ」
そう言ってジェスの手に店のカギを握らせた時、再びドアが開く。
「ヒカリ、準備は終わったか」
顔を出したのは、ヒカリを呼びに来た私服のオーレルだ。
「うん、今行く」
店を出ようとするヒカリの服の裾を、ジェスが握る。
「ヒカリ、帰って来るんだよな!?」
泣きそうな顔をしているジェスに、ヒカリはニコリと笑った。
「当たり前じゃない、あんなに頑張って作った店よ? 手放したりしないって」
そう言ってポンポンと頭を叩くと、ジェスは服から手を離した。
「じゃあ、行ってきます!」
遠ざかるヒカリとオーレルの後姿を、ジェスや子供たちがいつまでも見送っていた。
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