第29話 情けは人のためならず
ヒカリの疑問に、ミレーヌが大きく息を吐く。
「もちろん、納める税を軽くしてくれたり、期限を延ばしてくれたりしたよ。でも、生活が苦しくなった原因はそれだけじゃない。同じ時期から村を原因不明の流行り病が襲って、薬代のおかげで懐事情が悪化したのさ」
「流行り病って」
魔力の道が逆流して薬草が枯れた。
そんな場所の近くでの流行り病とは、悪い予感しかしない。
表情を険しくしたヒカリに、ミレーヌが自身の胸を指した。
「アタシの胸の病気がそれさね。でも不思議なことに、この街の連中にはうつらないんだよ。だからここで働けるんだけれど」
ミレーヌの話に、ヒカリはなんともいえない顔をする。
魔力が淀むのは病気ではないので、街の人間にうつらないのは当然だ。
魔力の異常に普通の薬を使っても、魔力が微かにしか宿らない薬の効果は微々たるもの。
なので目に見える効果を得ようとすればそれだけ大量に飲まねばならず、薬代が嵩むのは道理だ。
魔力の異常は、魔女の薬でなくては駄目なのだ。
その証拠に、徐々にミレーヌの症状は改善してきている。
もうじき薬を飲まなくてもよくなるだろう。
「稼いだ金で薬を買って、村に送っているんだけどねぇ。ちゃんと足りているか心配さ」
故郷を思うミレーヌの様子が、ヒカリの胸に迫った。
ヒカリはもう故郷である日本の地を見ることはできない。
それは師匠に説明されて散々泣いて、長い時間をかけて諦めた。
けれどミレーヌの故郷はすぐ近くにある。
なのに故郷を見れずに心配するだけなんてあんまりだ。
この状況を見て見ぬ振りなんて、ヒカリにはできない。
「……私、ミレーヌさんの故郷を見に行こうかな」
ヒカリの呟きに、ミレーヌが目を見開いた。
「それ、本当かいヒカリ!」
「うん、本当。薬をたくさん持って見に行ってみるよ!」
驚くミレーヌに、ヒカリは両手を握りしめて宣言する。
するとミレーヌの目に涙が滲んだ。
「……ありがとう、ありがとうヒカリ! 村で使った薬代は私らがなんとしても払うから、どうか皆を助けておくれよ!」
ミレーヌはそう言って、何度も頭を下げた。
ミレーヌに話を聞いてから数日後の早朝、ヒカリはミレーヌの故郷の村へ出発することにした。
「ヒカリ、いってらっしゃい!」
ヒカリが人助けに出かけることを知っている隣の家の子供たちが、見送りに手を振ってくれる。
「留守をお願いねー」
子供たちに手を振り返しながら、店に閉店の札を下げたヒカリは正門へ歩いて行く。
背負う荷物はパンパンで、中にはたくさん仕込んだ魔女の薬と、魔女の館でミレーヌと同郷の女性たちに託されたお土産品が詰まっている。
――重い、これはミレーヌさんたちの愛の重さか……。
前回は馬に乗ったが今回は歩きであるため、荷物を背負っての移動である。
荷物を積む小さな荷車くらい欲しいが、正門で貸してくれたりしないだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、早朝ながらそれなにり人でにぎわっている正門へ到着した。
すると正門前に騎士の集団がいた。
「……なにあれ?」
首を傾げたヒカリに、騎士たちも気付いた。
「あ、噂の魔女がいる」
「アレが魔女?」
「魔女の館にあんなちんちくりんがいたか?」
「違う、そっちじゃない」
「本当にそれっぽい杖持ってるな」
なんだか色々言われている。
――誰だ、ちんちくりんって言った奴!
ヒカリは騎士の集団をジトリと睨みつつ、視線を避けようと帽子を引き下げる。
先日古着屋でとんがり帽子で可愛いデザインのものがあったので、これからの季節の日差し除けにと思って買ったものだ。
手作りの杖とセットだと、余計に魔女感が増すのがお気に入りだ。
魔女魔女と連呼されて、他の人たちまでヒカリに注目し始める中、騒ぎを聞きつけたのか、騎士の集団の中からオーレルが現れた。
「ヒカリ、ここでなにしているんだ」
「なにって、今から街の外へ出かけるんだけど」
この質問にヒカリは杖持ち直しながら告げると、オーレルが眉を上げる。
「お前が外出とは珍しいな」
確かにそうかもしれない。
ヒカリがサリアの街へ来てから外へ出たのは、薬草探しの一回きり。
珍しいと言われればその通りだが、別にヒカリは引きこもりではない。
単に外出する用事がないだけの話だ。
「えらく大荷物だが、どこへ行くんだ?」
ヒカリの背負う荷物を見ての言葉に、ヒカリは隠すことではないので正直に答える。
「ミレーヌさんの故郷の村まで、薬を届けに行くの」
この言葉に、オーレルが急に表情を引き締めた。
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