第28話 ミレーヌの事情

ヒカリが古着屋で服を買った翌日、久しぶりにミレーヌが顔を出した。

「こんにちは、店主さん。いつもの薬を買いにきたよ」

「ミレーヌさん、いらっしゃい!」

カウンター越しに挨拶をしたミレーヌは、薬を飲んで体調がよくなったためか、以前よりも綺麗になった気がする。

 ――うーん、大人の色気ムンムンってカンジ!


 ヒカリもあの色気の欠片くらい欲しい。

 そうなればオーレルも、ヒカリに対する態度を改めるのではなかろうか。

 あれは成人女性への接し方ではなく、明らかに面倒な子供をあしらう態度だ。

 しかも便利に使われているのが悔しい。これでヒカリが成熟した大人だったら、逆に便利に使ってやるのだろうか。


 「むーん」とヒカリがここ最近のオーレルとのやり取りを振り返っていると。

「ヒカリ、街の女たちの間で噂になっているよ」

ミレーヌが突然そんなことを言った。

「へっ、噂!?」

そんな世間を騒がせるようなことを、自分はしただろうか。

 首を傾げるヒカリに、ミレーヌがニンマリ笑った。

「いつだったか、休暇で私服の副隊長と一緒に出かけたらしいじゃないか」

「あー……」

私服で出かけたというと、あの薬草探しの件しか心当たりがない。

 あの時は別にコソコソと行動していなかったので、あちらこちらで見られていてもおかしくはない。


 覚えのあるようなヒカリの態度に、ミレーヌがカウンターに身を乗り出す。

「仲良く馬にまで乗って、あの娘は誰だって街の女たちの間じゃちょっとした有名人だよ」

イケメンで副隊長という肩書のオーレルが、女性にモテるのも道理。

 そんな相手と二人で出かけて、目立たないわけがない。

 あの時のヒカリは他の事に気を取られて、そんなことにまで考えが及ばなかった。

 ――古着屋で感じた視線って、もしかしてそのせい!?

 だとしたらとんだとばっちりである。


 今となっては、あの時どこか街の外で待ち合わせればよかったと思うものの、正門の存在すら知らなかったあの時のヒカリが、正しく外で落ち合えたか怪しい。

 故にこれは不可抗力と言えよう。


 ちなみにオーレルはあれ以来山芋料理にすっかりハマってしまい、たまに昼食をたかりに来ていた。

 手持ちの山芋がそろそろ無くなってきているので、今度掘りに行かねばならない。

 食べているオーレルにも、その際には手伝って欲しいものである。

 色々考え込むヒカリを、ミレーヌが肘て突く。


「いつのまにあの副隊長を誘惑したんだか、店主さんも隅に置けないねぇ」

「ゆっ……!?」

 ――誘惑!?

 ヒカリの十六年の人生で、使われたことのない言葉である。

「違うし、ちょっと頼まれごとで一緒に出かけただけ!」

顔を真っ赤にしてアワアワと両手を意味もなく振り回すヒカリを見て、ミレーヌが笑った。


「慌て過ぎだよ、ヒカリ。ちょいとからかいが過ぎたかねぇ」

そう言ってミレーヌがぺろりと舌を出す。

「実は副隊長さんに、そのあたりの話は聞いているさ」

「……そうなの?」

熱くなった顔をパタパタ仰ぐヒカリに、ミレーヌが説明してくれた。


「ついこの間見回りで店に来てね、噂の事を聞いたら渋い顔をしてたねぇ。薬不足解消のために働いてくれたんだろう? おかげで街の皆も大助かりさね。それに、新しい薬だってヒカリの入れ知恵だそうじゃないか」

ミレーヌ曰く薬が飲みやすくなったと、街で評判になっているという。

「薬嫌いで病気が悪化するのが減って、医者が助かってるらしいよ」

「まー、あの草汁じゃあねぇ……」

薬を飲みたくない気持ちもわかると、ヒカリは苦笑する。


 そんな話をしながらミレーヌ用の薬を奥から取り出していると、「そういえば」とミレーヌが言った。

「隣村の近くを見に行ったそうだね。あそこは相変わらず枯れ野原だったかい?」

ミレーヌはどうやら、あの枯れた薬草の群生地を見たことがあるらしい。

「うん、ずっと枯れててびっくりした」

雑草まで全てが枯れ果てた光景など、そう見るものではない。

 思い返してしんみりとするヒカリに、ミレーヌが思いため息をつく。

「この調子だと、村はもう駄目かもねぇ」

このミレーヌの様子に、ヒカリは眉をひそめる。


「ミレーヌさん、もしかしてあそこが故郷なの?」

尋ねるヒカリにミレーヌが頷いた。

「数年前くらいかね、畑の作物の実りが悪くなって生活が苦しくなったんだ。アタシは家族の生活費を稼ぐためにこの街へやって来て、店で働いてるってワケ。同じ事情で同じ村の娘が何人かいるよ」

「そうなんだ……」

街で評判の娼婦であるミレーヌの裏事情に、ヒカリは暗い気持ちになる。

「不作で困っているのに、国はなにもしてくれないの?」

日本でもたまに天候不順で野菜が不作だとニュースで流れていた。そういう時に国は助けてくれないのだろうか?

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