第四章 魔力の道の異変

第26話 不審者の正体

ある日オーレルは、放棄地区の一部が急に綺麗になったと聞いて見に行った。


「なるほど」

確かにそこそこ広い通りに面した家々が手入れをされており、現在もあちらこちらで補修している様子が窺える。


 訪れた際に家の手直し中の男性に話を聞いたところ、最近住み着いた新顔がボロ家を綺麗に直してみせたので、自分にもできるのではないかと思ったそうだ。


 おかげで今まで荒れていたためごろつきがうろついていた通りが、ちょっと寂れた普通の通りになっている。

 ここは敵国の襲撃によって破壊される以前は、それなりに賑わっていた商店街だった。

 砦の予算の都合上今まで手付かずだったが、住民自らの手で再生されるとは喜ばしい。


 近辺の住人も、明るい時間になら通れるようになって、遠回りをしなくてよくなったと評判である。

 ――次の会議で、この通りの街灯を復旧させる案を提出するといいかもしれない。

 そんな風に考えていたオーレルに、見回りの騎士から噂が上がって来た。

 あの小奇麗になった放棄地区の通りに、娼館が出来たというのだ。


「小さな店だったので連れ込み宿でしょうが、堂々と看板を出していましたよ」

この話を聞いたオーレルは眉をひそめた。

「風俗商売は、営業場所を限っているはずだが」

風俗店は街の風紀上、大通りから外れた場所に固まって営業させている。

 この決まりを破れば砦に取り締まられることは、店側もよくわかっているのに。


 ここで別の騎士が話に割り込んで来た。

「俺、巡回中にその店の奴らしきのを見ましたよ。モコモコのローブを着た黒髪の小さい娘でした」

モコモコで黒髪の娘、それはオーレルが気にしていた侵入者の特徴と一致する。


 ――そいつ、やはりヴァリエの手の者か?

 敵国の者が入り込んで情報を集めるのに、風俗商売はうってつけだ。

 ようやく手に入れた手掛かりを放っておけるはずがなく、オーレルは早速調べに行くことにした。


「あれか」

オーレルは建物の影に隠れて噂の店を観察する。

 店の名前はズバリ「魔女の店」。

 魔女とは娼婦の隠語だ。

 こんな場所での商売でも、こういう店の話はどこからか聞こえるもの。

 オーレルが見ている間にも、それなりに身なりの良い男性が店に入っていく。


 ――真昼間からお盛んなことで。

 半ば呆れながらも観察を続けていると、不思議なことに男性はすぐに店から出て来る。

「なんなんだ、全く!」

男性は唾を飛ばさんばかりに文句を言いながら、オーレルが潜む前を通り過ぎて行った。


「……どうしたんだ?」

中でなにがあったのかと、気になったオーレルは店に近付いてみることにした。

 すると、その店の隣の家から子供が覗いていた。

「……うん?」

ここは確か、戦災孤児が集まって暮らしている家だったはず。

 それが通りの家々の中でも断トツに小奇麗な家になっている。

 この変化は一体なんだろうか。


 ――だが子供らの住む家の隣が連れ込み宿とは、環境が悪いな。

 オーレルが心配していると、店の中から若い女性の叫び声が聞こえてきた。

「私のお店のどこにエロ要素があるっていうの、エロい装飾品も家具もないよ? 場所か、場所が悪いのか? それとも私自身がエロいの? エロのフェロモンでも出てる? そんな馬鹿な、幼稚園児でも恋人のいる時代に、年齢イコール彼氏いない歴のこの私が!!」


 ――なにを言ってるんだ?

 この謎の叫びを聞いたオーレルは、なにかトラブルがあったのかと思ってドアを開ける。

 するとそこには、黒髪の若い娘が一人いるだけだった。


「うひゃっ! い、いらっしゃいませ!」

上ずった声でそう言った娘はよく言えば素朴、悪く言えば地味な外見だ。噂のモコモコは確認できないものの、おかしな訛りで喋るという特徴は一致する。

 ――こいつ、娼婦じゃないな。

 確かめる前から、オーレルはそう断定した。


 娼婦には独特の雰囲気というものがあるが、この娘からは全くそれが感じられない。

 それでも一応営業内容について問えば、意味が通じない。

 二人の間で「魔女」の意味が違うと気付いたのは、ずいぶん口論をした後だった。


 そしてこの店が風俗店ではなく、薬屋であることが判明した。

 看板の魔女は魔女でも、御伽噺に出て来る方の魔女だったのだ。

 それにしても、放棄地区で商売を始めようとはなんとも変わっている。

 しかも周囲に聞き込めば、この通りの急な変化はヒカリがきっかけだという。


 それに売っている薬の質が非常にいい。

 最初に買った薬の効果には驚かされたが、あの薬はあれ以降売っていないという。

 だがその後に買った質を落とした薬も、効果や飲みやすさは従来の薬とは段違いだ。


 けれど薬不足で悩んでいた街に突然現れたヒカリを、怪しむなという方が無理だろう。

 調査のために騎士たちを数人送り込んでみたが、ヒカリは裏があるようなそぶりを見せない。

 それどころか、隣の家の孤児たちに大変慕われている様子だという。

 なんでも留守中に店を見張ってくれるお礼だと言って、食糧などを援助しているのだとか。


「なんか、いい娘っすね……」

店の様子を見て来た騎士がそう零す。

 質の良い薬を安価で買えたこともあって、騎士たちのヒカリへの評価は低くない。

 ――案外薬について相談すれば、あの店主にいい知恵があるかもしれない。

 オーレルがたいして知らない怪しい相手に縋る気持ちになったのは、砦でそれだけ薬不足が深刻だったからだ。


 早速相談のために店を訪ねれば大通りの薬屋と揉めていたが、それも薬草不足が原因だ。

 そう話せば、問題解決への協力を取り付けるのもなんだかんだですんなりと進み、オーレルとヒカリの二人で薬草を調べに行くことになった。

 そうして街を出る時に判明したが、ヒカリは誰もいなくて開いている裏口から入ったのだという。

 裏口を無人にしたこちらに落ち度があるため、不法侵入を罪に問うこともできず。

 放棄地区に人が勝手に住み着くことも、今に始まったことではない。

 故にヒカリはお咎めなしの身の上となった。


 今回の調査は、空振りに終わることは覚悟の上だった。

 だがヒカリは杖を大地に立てるという謎のやり方で、枯れた薬草の群生地の代わりを見つけてみせた。

 しかも砦のすぐ隣という好条件の場所をだ。

 ――こいつ、どういう奴なんだ?

 道々話を聞いたが、ヒカリは薬の製法を師匠から学んだと言った。


 しかしあのような効果の高い薬が存在するならば、オーレルが話に聞いてもおかしくない。

 街に来るまで魔の山に住み、外界と一切の交流を絶っていたとしても、噂にすらならないものだろうか?


 謎はまだある。

 ヒカリは山奥で師匠と二人きりで暮らしていたので、他の土地の事は知らないらしいが、その割に人馴れしている。

 そんな環境で育ったならば、大勢の人間を怖がりそうなものなのに。

 それに世間知らずな一方で、今回の群生地の件のように先を見通す洞察力を持っている。

 ずっと師匠と二人で田舎暮らしをしていたならば、あのような集団心理を理解するだろうか?

 考えれば考える程、なんともアンバランスで奇妙な娘だ。

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