第25話 山芋ブーム到来

それからしばらくの間、ヒカリは新素材の研究に没頭した。

 師匠に貰った図鑑で薬草の見た目や効能を学んでも、やはり実物を見るのとは違う。

 そんな中での難題は、この山芋をどう食べるべきかである。

「山芋といえばとろろだけど、ご飯がないのが辛いかぁ」

日本でそれほど山芋を食べたことがなく、料理と言えばとろろご飯くらいしか思い浮かばないのだ。


「あ、でも確かお好み焼きに入れていた気がする!」

ならば焼けば固まるのではないだろうか。

 ヒカリが早速実験とばかりに山芋をすりおろすと、粘りが強く、お玉で掬えば中身が丸ごと持ち上がる。

 それをフライパンに入れて丸く形作り、火にかけていると。

「おお、固まったよ、お好み焼きっぽい!」

長芋の焼けた香ばしい匂いが食欲をそそる。


 フライパンを火からおろして適当なソースをかけ、熱々の焼き山芋をフォークでとって頬張る。

 フワフワとろとろでとても美味しくて、お好み焼きに似ているが食感が違う。

「うーん、かつお節とマヨネーズが欲しい!」

かつお節は難しくても、マヨネーズは卵と酢と油をひたすら混ぜると聞いた覚えがあるので、なんとかなる気がする。


 他にも思いつくままに色々試した。スプーンで小さく掬ってスープに入れれば団子になるし、フライドポテト風に揚げてもなかなか美味しい。

 特に山芋フライドポテトはジャンクフード感があってお気に入りだ。

「山芋、イイ……!」

ヒカリに山芋ブームが到来した、その瞬間。

 カランカラン

 最近玄関ドアに付けたベルが鳴った。どうやら客のようだ。


「あーもう、誰よ?」

時刻は丁度昼時で、山芋祭りを邪魔されて機嫌が急降下したヒカリは、渋々カウンターを覗く。

「なんだ、オーレルじゃん」

知った顔だったので、ヒカリは山芋フライドポテトをモグモグしながらカウンターへ行く。

「食べながら接客するとはなんだ」

食べながら応対されたオーレルが、ムッとした顔をするものの。

「……それ、旨そうな匂いがするな」

すぐにヒカリの手元の山芋フライドポテトに、オーレルの視線が向く。

 こうしたジャンクフードは、異世界でも魅惑の食べ物であるようだ。


ニヤリと笑ったヒカリは、山芋フライドポテトを見せびらかす。

「これ、あの時採った奴ね」

「……あの毒草の根か」

オーレルはいい匂いの正体を知った途端に一歩引いた。

 ――そんなにトラウマか。

 この間飲ませたお茶では、苦手の克服をできていないらしい。

 こんなに美味しいのにこれほどビビられては、ヒカリとしてもなにがなんでも食べさせてやりたくなる。


「言っとくけど新作の薬にはコレが入っているんだからね。買えばいやでも口に入るものだよ」

ヒカリの告げた事実に、オーレルはへの字口をする。

 その子供っぽい仕草にヒカリが思わず吹き出すと、相手は顔をしかめた。


「笑うな! これには誰でも子供の頃にひどい目にあわされるんだぞ」

やはりオーレルは、葉っぱの被害を経験済みだったようである。

 自分だけがビビりなのではないことを主張すると、ヒカリの手から山芋フライドポテトを一本取る。

「それは毒じゃないから、食べてみなって」

オーレルはヒカリに促されるもじぃっと観察すること数秒、まさに毒を飲むような顔で山芋フライドポテトを口に放り込んだ。

「……美味いじゃないか」

オーレルは悲壮感漂う表情から一変して、驚きの顔になる。

「そうでしょう、オーレルがビビりすぎなのよ」

ふんっ、とヒカリは鼻息を荒くする。


 だがこのオーレルの反応がこのあたりの世間一般の反応だとしたら、客にも山芋をはじめとした根菜類の薬草に相当の拒絶反応があるかもしれない。

 オーレルに山芋の美味しさを知らしめれば、砦で宣伝してもらえるはず。

「まだいろいろ料理があるのよ、食べる?」

「……どんなものだ」

下心満載のヒカリの勧めに、オーレルが乗ってくる。


 こうして二人で、ちょっとした山芋パーティーを開催することとなり。

 山芋料理各種を食べた後のオーレルは、毒草という言葉を口にしなくなった。

 どうやら山芋料理が美味しかったらしい。

「これはなかなか腹が膨れるな」

「でしょう? それに活力が出るのよ。薬には敵わなくても、料理にだって多少の効能はあるんだから」

オーレルの感想に、ヒカリはムフッと鼻を膨らませる。


「じゃあ、疲労回復の薬をくれ」

新たな薬草の力を確認したオーレルが、新作疲労回復薬を大瓶で大量買いする。

 ヒカリとしては売上的に助かるが、これをどのくらいの期間で飲むつもりだろうか?

「飲みすぎはよくないよ」

「……わかっているとも」

さすがにヒカリが釘を刺すと、オーレルから少し遅れて答えが返ってくる。

 あちらも一応飲み過ぎの心配はしているようだ。


「ねえ、薬は薬屋で買わないの?」

もうあちらの店でも薬を売り出してるはずである。街一番のお得意さんを奪った形になっては揉め事の種だ。

 このヒカリの心配を、オーレルは鼻で笑った。

「もちろん砦の分はあちらで買っている。これは俺個人の買い物だ」

一応店を使い分けてはいるという。

 ――ならいいけどさ。

 揉める時はヒカリのいないところでやって欲しい。


休憩時間が終わりなオーレルは、お腹も膨れてホクホク顔で店を出て行った。

「まいどありー」

「また食いに来る」

オーレルの去り際のセリフがおかしい。ここは薬屋であって料理屋ではないのだが。

 ――次に食べさせる時は、絶対にお金を取ろう。

 出て行く背中を見送りながら、ヒカリは思う。

「でもオーレルに評判が良かったんだから、隣の子供たちに食べさせてもいいよね!」

ちゃっかりオーレルを利用するヒカリなのだった。

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