第19話 運動音痴を舐めるな

「だったら扉に『ここから入るな』とか『正門へ回れ』とか、立て看板くらいしときなさいよ!」

ヒカリとしては正当な文句だったのだが、何故かオーレルからデコピンされた。

「あ痛っ! 暴力反対!」

かなり痛かったので、絶対に額が赤くなっているだろう。


涙目で訴えるヒカリを、オーレルが見下ろす。

「道を真っ直ぐに進んできたのなら正門に着くはずだろうが、どうして裏門まで回る? 裏門は魔の山方面にあって、そちらに人が住んでいないし、山から下りてきた凶暴な魔獣がうろついているから人は通らない。なので、わざわざ裏門から入ろうとする輩はいない」

どうやらヒカリは、その稀有なパターンだったらしい。


それに、住んでいた山が物騒な名前で呼ばれている。

 ――あそこ、そんなにヤバい山だったのか。

 自分が異世界に迷い込んだ地点のことを知り、改めて今生きていることに感謝した。

 師匠に拾われるのが遅ければ、きっと死んでいただろう。

 自分の無事をしみじみと噛み締めていたヒカリに、オーレルが告げた。

「とりあえず帰ったら、ちゃんと入国審査を受けろ」

「……はぁい」

ヒカリとて密入国者扱いは嫌なので、素直に頷いておく。


 二人でやいのやいのと言いながら正門まで行くと、オーレルが門番の男と会話を交わす。

「副隊長、街の外へ出るんですか?」

「ああ、ちょっとな。今日中に戻る」

そう言えば最初の自己紹介で、第二隊の副隊長だと言っていた。

 副隊長というくらいだから、偉い立場なのだろう。

 それなのに、ヒカリの案内役を買って出るなんて。


「オーレル、遊んでる暇とかないんじゃないの?」

今更な台詞にオーレルの拳が動く。

 だがヒカリは慌てて頭をガードし、防衛に成功する。

 何度も同じ手は通用しないのだ。

「当たり前だ、だから早く行って早く帰るんだ」

ジロリとヒカリを睨んだオーレルが、門の横にある建物の奥から馬を引いてきた。


「え、馬で行くの?」

今までの人生で馬に乗ったことのないヒカリは、まず馬体の大きさに驚く。

 ――これ、どうやって乗るんだろう。

 ポカンと見上げるヒカリを余所に、オーレルは身軽に馬の背に飛び乗る。

「さっさと後ろに乗れ」

「……わかったから、せかさないでよね」

だがそう言われたところで、運動神経皆無のヒカリに飛び乗るなんてことができるはずがなく。


「ここに足を引っかけて乗るんだ」

オーレルに助言されても、鞍の横の鐙にも足が引っかからず、一人でわたわたする。

 ――馬がデカいのが悪いんだ!

 きっとポニーなら一人で乗れたはず。

 憤慨しつつ奮闘するヒカリと馬上のオーレルを、門番が交互に見て微妙な顔をする。

 大方、何故魔女の仮装をした奴と副隊長が一緒なのかと言いたいのだろう。

 ――残念、仮装ではなくて本物だい!


 そしていつまでも乗れないヒカリを見かねて、門番がとうとう馬上へ押し上げてくれた。

 その際門番にお尻を押されたのだが、ここはセクハラだと訴える場面ではないだろう。

 彼はきっと、馬上からオーレルに引っ張られてもヒカリが体勢を崩して乗れず、もたつく様子を見てイライラする上司が怖かったのだと思う。


 そうしてヒカリはようやく馬上の人となり、出立となった。

 街を出る際は、オーレルのコネで審査はない。

「おー、視線が高い」

いつもより高い視界に、ヒカリがやって来た山が入る。

 山の雪はだいぶ解けていて、山頂に少し残っている程度だ。

 ――師匠、元気かなぁ?

 ヒカリが山での暮らしを思い出して、ちょっとだけホームシックになっていると、前に座るオーレルが振り返った。


「そう言えばお前、どこの生まれだ?」

「なによ、急に」

サリアの街に来て今まで、身の上話を要求されたことがないヒカリは、この質問に反射的に身構える。

 声音から警戒心を読み取ったのか、オーレルが口調を柔らかくして続ける。

「お前のその訛りを聞いたことがないから、純粋な興味だ。ヴァリエの生まれにも見えないしな」


ヴァリエとは確か、仲の悪い隣の国だったはず。

 ヒカリが敵国人の外見ではないから、密入国だとわかった後でも追い出されなかったのだろうか。

 騎士がちょくちょく来ていたのは、買い物ついでに監視していたのかもしれない。

 ――まー、絶対に怪しいもんね、私って。

 なにせ三年前まで、この世界で生きた痕跡がないのだから。

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