第20話 枯れた薬草
ヒカリだってオーレルに無駄に怪しまれるのも嫌なので、この三年の暮らしぶりくらいは話しておいてもいいだろう。
ヒカリはそう思って、口を開いた。
「私は今までねぇ、人間は師匠しか見たことないような、すっごい山奥に住んでいたの。みんなが魔の山っていう、あの山よ」
ヒカリが杖で指した方を見て、オーレルが固まる。
どうでもいいが、前を見ていなくてもいいのだろうか。
馬が賢いから勝手に歩いてくれるのならいいが。
「魔の山に人が住んでいる? さっきも言ったが聞いたことがないぞ」
絞り出すようなオーレルの言葉に、ヒカリも頷く。
「うん、私も師匠以外に見たことないね。そこで私ってば、師匠に拾われたの」
オーレルが痛ましい顔をしたが、たぶんヒカリのことを捨て子なのだと勘違いしたのだろう。
実際は世界を跨いだ迷子だが。
だが、ここで敢えて訂正することもない。
「そんで、社会勉強的なカンジで、ついこの間に山を下りてきたってワケよ」
ここで前を向き直ったオーレルは、しばし沈黙した。
ここまでのヒカリの話を疑ったりしなかったオーレルに、ヒカリは自然と入っていた肩の力を抜く。
――黙ったままって、意外と気を使うんだよね。
まさしく肩の荷が下りた気分のヒカリに、再びオーレルが尋ねる。
「師匠というと、薬作りのか?」
「そう、ずっと師匠の薬しか知らなかったから、あの緑のドロドロな薬は衝撃だね」
しばらく味が口に残って、食事がマズく感じたくらいだ。
「世間知らずなのは、狭い世界で生活していたせいなのか。それに独特な薬は師匠の教えということだな」
オーレルはそう言うが、世間知らずなのは本当なのでいいとして、独特な薬というのは訂正したい。
「独特って言うより、私の薬って作り方が古いだけだと思う」
「古い、というと?」
オーレルがちらりとこちらを見る。
「たぶん、今の薬は手順を省いてるんじゃないかなぁ。あの緑のドロドロ薬だって、ちゃんとすれば私のと同じ薬になるはずだよ」
「……製法が全く違うわけじゃないということか。だとすると、あの薬の味にも希望が持てるな」
オーレルとてあれに慣れたというだけで、飲みにくいことには変わりないらしい。
その後馬上で朝食を食べながら進み。
やがて薬草が生えている場所に着いたのは、もうじき昼になろうかという頃だった。
その景色はある意味壮観である。
「うーわー、見渡す限り茶色ー」
そう、地面が全て枯草なのだ。薬草だけじゃなく、一緒に生えている雑草も綺麗に枯れていた。
「話に聞いてはいたが、これはひどいな」
オーレルも実際に見るのは初めてのようだ。
だが眺めてばかりはいられない。ヒカリは何故枯れているのかを確認しようと、しゃがんで土を手に取ってみる。
すると土はしっとり湿っているし、日当たりが悪いわけじゃない。
環境的には植物がすくすくと成長してもいいものだ。
――だとしたら、悪いのはやっぱり魔力かな?
薬草が生えるのはたいてい、魔力が豊富な「魔力の道」の上だと、師匠から聞いている。
ならばここも、道から流れる魔力が大地に満ちているはず。
ヒカリは手に持つ杖を大地に立て、目を閉じる。
「魔力の道」は植物の根に例えられるが、その内を流れるものの動きは植物と反対だ。
道から大地に流れた魔力は空気中に発散され、風に乗って世界を巡り、また道へと還る。
こうした循環サイクルで世界が成り立っている。
こうしていると、いつもであれば杖を介して魔力が通り抜けていくはず。
けれど――
「うーん……」
閉じた目を開いて難しい顔をするヒカリに、オーレルが奇怪なものを見る目を向けていた。
「……なにをしているんだ?」
「決まっているじゃない、調べているのよ」
なにか問いた気なオーレルを無視して、ヒカリは考え込む。
――ここって、魔力が少ない?
いや、むしろ残っている微々たる魔力が「魔力の道」へ逆流している。ヒカリはそんな現象を、師匠から聞いたことがない。
だが、魔力が無ければ薬草どころか、植物が育つはずもない。
「これは、枯れるのも当然かぁ」
とりあえず、枯れた理由はわかった。
「どうした、なにがわかった?」
オーレルが調べた結果を聞きたがるが、魔法の存在を信じていない人間に、素直に「魔力が少ないから」と答えて理解できるはずがない。
「問題は土とか日当たりじゃなくて、この土地自体にあるみたい」
ヒカリはどう説明したものかと考えた結果、魔力という言葉をぼかして答えた。
「どうすれば元に戻るんだ?」
尋ねられても魔力の道の乱れの原因は不明で、今のところこの場所が元に戻る見込みがないのだから、首を横に振るしかない。
「なんてことだ……」
オーレルはため息を吐くと、片手で顔を覆う。
薬が無くては困ると言っていたのだ、恐らく縋るような気持ちで、素性の知れないヒカリに頼ったのだろう。
だが、ここの薬草はヒカリにはどうしようもない。
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