第11話 騎士様の来店

「うひゃっ! い、いらっしゃいませ!」

ヒカリは驚いて噛みつつも、来客に挨拶をする。

 ――今の、聞かれてないよね!?

 タイミングの悪さにビクビクしながら振り返ると、そこには背の高いすらりとした体躯の男がいた。

 格好はこの街でよく見る揃いの服装で、これが騎士の隊服だと最近知ったばかりだ。

 男の年齢は二十代半ばくらい、暗い色の金髪を短く揃え、切れ長の目は鋭くこちらを射抜いている。

 日本風に表現するならイケメンであるが、それ以前に怖そうだ。

 ヒカリは彼に見覚えがあった、いつかこのあたりのDIYラッシュを見に来た男だ。


 一方の男も、ヒカリを観察して来る。

「モコモコは確認できないが、黒髪の娘という特徴は一致するか」

そんなことを小声で呟かれるが、特徴が一致とはなんのことだろうか。

 モコモコという言葉にヒカリの毛皮のローブが脳裏に浮かぶ。

 さすがに室内であれを着ていると暑いので、奥の部屋にかけてあった。

 黒髪はこの街に来てから一人も見ていないため、珍しいこともわかる。


 ――怖そうな騎士の人が来るなんて、私ってばなにかした? ちょっとゴミを拾い過ぎたとか?

 不安に思うものの、来客に違いない。

「えぇと、なな何用で?」

なんとか気持ちを落ち着かせて笑顔を浮かべつつも、動揺のあまりどもるヒカリに、男は冷たい視線を向けてきた。

「俺はサリア砦の騎士団第二隊の副隊長で、オーレルという。この店には噂の検証と、尋ねたいことがあって来た」

噂の検証というのは、恐らく隣の家の子供たちがばら撒いてくれた噂のことだろう。

 騎士の耳に入るとは、結構頑張ってくれたらしい。

 ――今度、家の補修を手伝おうかな。


 ヒカリがほっこりとした気分になっていると、男――オーレルは狭い店の中を眺めまわし、「思っていたのと違うな」と呟く。

 その反応は今までの勘違いな客と同様のものなので、ヒカリが「またか」と渋い顔をすると、オーレルはおもむろに尋ねてきた。

「ここは連れ込み宿ではないのか?」

連れ込み宿とは、現代日本で言うところのラブホテルだ。

 数日でこの手の知識ばかり詳しくなった。


「何度も言ってますけど、その手の店じゃありませんから!!」

「ならば、なんの店だ?」

喉が痛くなる程叫んだヒカリに、オーレルが心底不思議そうに聞く。

「普通の、薬屋です! そういう関係の薬の専門店でもありませんから!」

ヒカリの言葉に、しかしオーレルは眉をひそめる。

「薬屋だと? 『魔女の店』が?」

「薬作りは魔女の嗜みですからね!」

疑う口調のオーレルに、ヒカリは胸を張った。

 師匠の言いつけで魔法を使えないけれど、これからひよっこ魔女なりに魔女を極めていくのだ。

 できることからコツコツと、その第一歩が魔女の薬を売ること。


 そんなヒカリの決意の表れに対して、しかしオーレルが訝し気な顔をする。

「魔女の嗜みだと? そんな話は聞いたことがない」

このセリフに、ヒカリはあっけにとられた。

「はぁ? それこそあり得ない! この街には『魔女の館』だとか言う立派なお屋敷があるじゃない、そこに住む魔女だって薬を作っているでしょう?」

「薬こそ魔女の本領」との師匠の教えだ、師匠の言葉が正しくないとでも言うのか。

 ムッとするヒカリだが、オーレルも同じくムッとした顔をする。

「何故『魔女の館』の女たちが薬を作るんだ、薬を作るのは薬屋の仕事だろう」

「普通の薬と魔女の薬を同じに語るなんて、どうかしてるわ!」

ヒカリは前のめりに文句を言う。


 師匠曰く、魔法を扱わない人間が作る薬は「なんとなく効いている気がする」という程度の効能しかないという。

 薬草の力を十分に引き出せるか否かで、薬の出来が変わるのだ。

 とはいえ、師匠以外が作る薬を、未だ見たことがないのだが。

「魔女の薬? 催淫剤や興奮剤のことか?」

オーレルはここまでの問答でもヒカリの言い分が理解できないようで、しかもまた話がエロの方向に戻る。

 ――なんですぐにそっち方向で考えるの!?


「ちっがーう! 魔力を操る薬が魔女の薬でしょ!?」

キレ気味に怒鳴るヒカリだったが、オーレルは一瞬目を見張った後、どういうことか憐れむような視線を向けてきた。

「お前の言う魔力とは、ひょっとして絵本の中の話か? じゃあこれは全てままごと遊びの道具なのか? ずいぶん手の込んだことをする」

「はぁあ!? なんなのあんた、喧嘩売ってる!?」

話が通じないとはまさにこのこと。

 ヒカリの怒りが頂点に達しようとしており、大声を出し過ぎて声が枯れそうだ。

 だがこの瞬間、思考がふと冷静になった。

 ――ちょっと待って、絵本の中の話?

 オーレルは魔力についてそう語った。

 彼は魔力を、ひいては魔法を見たことがないとでの言うのか。


 ここは異世界で、ヒカリが出会った最初の異世界人は魔女である師匠だ。

 だから二人きりで過ごした三年間で、魔法が普通にある世界だと考えた。

 それに師匠は出発の際にも「魔法を使うな」と言っても、「魔法の事を知られてはいけない」とは言っていない。

 だから今までのヒカリには、魔法の存在を否定する要素がない。


 しかし、抱いていた世界観が根本的に違っていたらどうだろう?

 日本の場合を考えると、魔法や魔力という言葉は通じても、現実に魔法使いはいない。

 魔法はあくまで物語の中にしか存在しない現象だ。

 映画やアニメで魔法使いがテーマの作品が流行っても、それが空想の産物だと皆わかっている。

 「私は魔法使いなんだから!」と発言すれば、子供なら微笑ましい、大人なら痛々しいと思われる。


 ――これと今の状況が、もし同じだとしたら?

 ヒカリは自分の予想が恐ろしくなる。

「ねえ、この国にも魔法使いっているんだよね?」

しばし黙ったかと思えば、急に声のトーンを落とすヒカリに対して、オーレルは生温かい表情を浮かべる。

「いい歳をして、空想の世界で遊ぶのは卒業した方がいい」

「うわぁぁ、ムカつくぅ!!」

ヒカリは様々な気持ちを込めて吠えるように叫んた。

 イタい娘だと思われたことも、魔法を否定されたこともショックだ。

 ――どういうことですか、師匠ー!! っていうかコイツ嫌いだー!!

 ヒカリは心の中で絶叫する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る