第12話 魔女というのは
山奥と平地は別世界だとても言うのか、そんな馬鹿な。
ということは、今までオーレルと言い合っていた「魔女」の意味も、違っている可能性がある。
「じゃあさ、魔女って一体なに!?」
逆ギレするように問うヒカリに、相手は「今更な質問だな」と呆れ顔になった。
「魔女とは娼婦のことだなんて、常識だろう?」
「はぁあ!?」
――なんでそんなお仕事の人に名前をパクられてるの!?
でも、これである意味納得である。
今まで来ていた客は、皆「娼婦がいる店」だと思って入っていたのだ。
そりゃあ性的接待を期待するだろう。
一人で百面相をするヒカリを見て、オーレルも納得したように頷く。
「店名の魔女とは絵本の魔女のことだったか。魔女の意味を知らずに育つなんて、お前はよほど平和な田舎の生まれなんだな」
田舎どころか、人間は師匠しか見たことがない山奥から来たのだが、それは言わない方がいい気がした。
「……もうそれでいい、すっごく喉が渇いた」
叫び疲れたヒカリが奥の部屋で用意していたお茶をカップに注いで戻ってくる。
――あれ、この人まだいるや。
今までの客は思っていた店と違うとわかると、とっとと帰っていたのだが。
オーレルはまだ店内を眺めていて、ヒカリが戻ってきたとわかると、話しかけてきた。
「今更だが、お前が店主か?」
「そうよ、店主のヒカリよ」
ヒカリが答えると、オーレルは棚に並ぶ薬瓶を一つ手に取った。
「この薬はなんだ?」
「身体の巡りを整える薬」
尋ねられたヒカリが応じると、オーレルはまた他の瓶を手に取る。
「この薬は?」
「疲労回復の薬」
続けての質問にも答えるヒカリ。
手に取った二つの薬瓶を見比べるオーレルは、何故か首を傾げた。
「妙に色とりどりなのは何故だ?」
薬の色が気になるらしいオーレルに、ヒカリは告げる。
「いくら薬だって美味しそうに見えないと、飲む気が失せるじゃない」
思えば師匠にも「妙なことに拘る」と言われたけれど、薬に「美味しそう」を追及するのは、おかしなことだろうか?
「薬に色を付けるなんて、聞いたことがない」
オーレルがそう零しているが、飲む人の気持ちになって作った薬は、色だけでなく味だってオレンジ味にリンゴ味と、色々工夫しているのだ。
ヒカリはオーレルに物は試しと、健康な人が飲んでも無害の疲労回復薬を小さじ一杯飲んでもらう。
ちなみにモモ味だ。
オーレルは小さじを口に含んだとたん、驚きの表情になった。
「なんだこれは、モモの味がする!」
「モモの味をつけたから、そうだろうね」
オーレルはカッと目を見開いて固まっている。
「活力が湧いてくる、本当に薬なのか!?」
「だから、さっきからそうだって言ってるでしょーが!」
ようやく客に薬のことを認めてもらえたわけだが、ヒカリは嬉しいよりも疲れとムカムカが先立つ。
オーレルはそんなこちらの気分に構わず、しげしげと棚に並ぶ薬を順に見ていく。
「これが薬とは、信じられん……。魔力だなんだと、ごっこ遊びの決まりのような事を言うから怪しんだが、こんな薬があったとは」
なんだか大げさな程に感動されている。
どうやら、魔女っ子設定で生きているイタい娘だと思われていたらしい。
反論したいところだが、恐らく今までの言葉の応酬を繰り返すだけだろうから大人しく黙る。
叫び疲れたヒカリがカウンターにだらんと伸びている間、オーレルは薬瓶を手に取っては戻すを繰り返している。
これはもしや……
「ひょっとして、お客さんは薬を買ってくれるの?」
「ああ、さっき飲んだ薬を買おう」
ヒカリが声をかけると、オーレルはモモ色の薬を二瓶、カウンターに持ってきた。
「疲労回復薬ね、お買い上げどうも」
ヒカリは散々怒鳴った後で、営業スマイルを取り繕う余力がない。カウンターに肘をついた姿勢のまま、雑な口調で礼を言う。
金を払って薬を腰に下げた袋に仕舞ったオーレルは、ヒカリに向き直った。
「一つ尋ねたいことがあるんだが」
「そう言えば最初に、そんなことを言ってたね。で、なに?」
カウンターにだらけたまま、ヒカリは質問を促す。
「今から二週間程前、裏街のあたりで苦しんでいる女性に薬を売った覚えはないか?」
オーレルの言葉に、ヒカリは顔を上げる。
裏街というのがどのあたりかわからないが、女性に薬を売った記憶ならばある。
「ああ、あの人ね。街の中をプラプラしているときに見つけて、あんまり苦しそうなのに薬がないなんて可哀想で、手持ちの薬をあげたっけ」
思えばあの件がなければ、薬を売ろうと思い付くのが遅れたかもしれない。
「やはりそうだったか。俺が偶然会った時、薬をどこで手に入れたのかを聞き損ねたと愚痴っていてな。彼女にはこの店で売っていると知らせておこう」
ヒカリの話を聞いて、オーレルが頷く。
「おお!? まともなお客さん!」
最初は怖そうな騎士だと思ったが、薬を買ってくれたしお客の情報もくれたし、結果的にいい人だったのではなかろうか。
ヒカリがパアっと表情を輝かせた、その時。
「それに安心しろ、誤解もいずれ薄れる。なにせお前にエロいフェロモンなんてものは欠片も感じないからな」
オーレルが、聞き覚えのある言葉を告げた。
「な、なんでそれ……」
絶句するヒカリに、オーレルが薄っすらと笑った。
「自分で大声で叫んでいただろう。一応年頃の娘がエロを大声で連呼するな、みっともないから」
この瞬間、ヒカリは奈落の底に落とされたようだった。
――さっきの聞かれてたーー!!
今までスルーされていたから安心していたというのに、なんという罠だろう。
しかもよりによって、イケメン騎士な男に乙女の慟哭を聞かれたなんて。
ヒカリだって恋に恋するお年頃、キュンとする出会いに憧れる。
イケメンとの出会いは、できれば通学路の途中とか、バス停の前とか、学校の渡り廊下とか、とにかく「嬉し恥ずかし」の状況の方がいい。
それがどうして、己のエロについて独白している場面で遭遇しなければならないのだ。
――キュンとするどころか、ギョッとするわ!
あらゆることに絶望するヒカリを前に、オーレルはひらひらと手を振って店を出て行った。
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