2人の英雄

ヤロは港町のインバに着いた

ここにはタキがいる




門のオオカミ族に物々しく連れられて

ヤロはタキに会った




ヤロは言った

『ウサギはオオカミにはかなわない

 私もオオカミだ仲間にしてもらえないだろうか?』


タキは言った

『私を殺しに来たのか?』




ヤロはタキを殺すためにここに来ていた


これがウサギの民と話し合った結論であった

それを、タキにいきなり見抜かれ、ヤロは緊張した

ヤロは言った

『そんなつもりは毛頭ない』

そして、持っていた荷物を差し出した

荷物は布に包まれており、中からはウサギ統領メヒジの首が出てきた

メヒジがウサギの民を守るためにとった決断であった


タキは言った

『そうか……、しかし、今はもう、こんなものには意味はない』

さらに、少し考えてタキは言った

『お前の気持ちは分かった』

そして、そばにいるオオカミ族にヤロに部屋を用意して泊めるように言った

しかし、部屋は厳重に鍵がかけられた





次の日、タキはヤロを部屋に呼んだ

統領がかつて住んだ部屋は、窓から港が一望できる

タキは尋ねる

『今、ウサギの民はどこにいる?』


ヤロは答える

『北の岬にいます

 タキ様、ウサギを奴隷にしてはいかがですか?

 皆殺しにする必要はありません』


タキが答える

『私は、すべてのウサギを殺すべきだと考えている

 私たちは奴隷だった

 それが今、ウサギを滅ぼそうとしている

 ウサギの奴隷も同じことをしようとする』


タキは続けた

『たとえ今、2つの種族は仲良く過ごしても

 ウサギは、体が大きく牙のあるオオカミを恐れる

 オオカミは、文字の読めるウサギを恐れる

 今、ウサギを滅ぼさなくても

 いつか争いは、また起こる

 その時勝つのは、オオカミかウサギかは分からない

 オオカミにとって、今ウサギは滅ぼさなくてはならない

 私は、大陸に2つの種族は存在しえないと考えている

 遠い未来、残る種族必ず1つだ』


ヤロは考えた

確かにそうかもしれない

目の前にいるのは、間違いなくオオカミ族にとって英雄だ

そして、私はオオカミ族だ

私のしようとしている事は本当に正しいのだろうか


タキはヤロの様子を見ていた

『ヤロ、一緒に平和なオオカミの大陸を作ろう

 私を助けて欲しい』



それから、タキはゆっくりヤロに背を向け、無防備に港の方を眺めた



ヤロは今なら、タキを殺せた

後ろの、オオカミ族が止めに入る前に、タキを殺せる

しかし、ヤロにはできなかった

静かに天を仰ぐ


タキを殺して自分も殺されるつもりでやって来た


本当に、ウサギ族を助けることに意味はあるのだろうか

オオカミ族の子孫たちは、

いつか今度は、ウサギ族に滅ぼされる事になるのではないだろうか


死にたくない

死にたくない


その気持ちが、強くなってくる




しかし、どうしても頭に浮かぶのは、

風前の灯であるウサギの民3000人

みんなが自分を頼りにする眼差し


それから思い出した

ウサギ族の仲間と一緒に航海した事、

統領メヒジに気に入られて、自分を信頼してくれた事




どうすればいいんだ

どうすればいいんだ

どうすればいいんだ




ヤロは泣いていた

そして、声を上げた

『あああああああああああああああああああああああ』

ヤロはタキの頸元に背後から噛みついた

深く何度も咬んだ

タキの出血は勢いよく天井まで届いた


その鋭い牙は、ウサギ族と過ごしていても紛れもなくオオカミ族のものだった




タキは弱く言った

『そうか……』

『ウサギ族の中にも守るべきものは・・・』


すぐにオオカミ族の衛兵に、ヤロは取り押さえられた


タキはぐったり倒れこんでしまった

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