愛おしき彼女と愛になる覚悟

 フラッシュバックするように彼女との最初の出会いが脳裏をよぎる。

 教室にただポツンと座る彼女は、それはもう悪い意味で浮いた存在だった。自由奔放な彼女の性格はどこか破綻した雰囲気をその頃から醸し出していて、二学期になる頃にはもう誰も近寄らなかった。

 原因はもちろん、その趣味の悪さだ。

 クラスメートが何かを話しかけてくると、それに対して返す彼女の言葉には必ず「血」「肉」「殺」「臓」などの漢字が入っている。当然気味悪く思うだろう、昨日見たテレビ番組の話をしても、学校内における人間関係の話をしても、授業で教師に当てられても、その口から発せられる返答には常に、グロテスクなイメージを連想させるような漢字が使われたワードが入る。それが一学期中ずっと続いたので、梅雨の時期になると、もう誰も話をしようとはしなかった。

 彼らクラスメートにとって幸いだったのは、彼女の方から近づいて話しかけてくることがなかった、ということくらいだろう。誰からも見向きもされず、教師には何度か指導を受けてもそれが改善されることは当然なくて、完全に問題児としての地位を確立していた。

 だが俺にとっては。彼女との関係を発展させるには十分な状況だったと言える。どうも俺は女性の趣味が悪いと評判らしい。友人からもそう言われた。言われてから自覚した。言われて思い返すと「ああ確かにそんな感じだったな」と感慨深く思うくらいには。……まあそれはさておいても、彼女との付き合いを始めてからそういう言葉をもらったものだから、そのときはまだそんな自覚はなかった。

 そうして彼女に惹かれていき、いつの間にか二人で行動するようになった。

 クラスメート的には、俺は彼女の恋人……というよりも、世話役というか従者というか。とりあえずクラスメートが彼女とコミュニケーションを取らないといけなくなった際の橋渡し役と見られていた。

 実際はお互いに好き合っていたのだから恋人関係で合っている。高校生くらいになると、何かと人間関係の変容に敏感になっていって、かと思えばその変化に気づかなかったりと、メリハリがあるんだかないんだかわからないようなアンテナ具合になったりする。俺の場合はずっと良好だった。今思うと、彼女のアンテナがもともとぶっ壊れていたせいだ。言動からしてぶっ壊れていることは確かだったし、だからこそ俺はそこに惹かれたのだ。


 さて、俺は突然、彼女の「家」に案内される。ちゃんと頭の中で「」で括った「家」を考えてくれ。それには意味がある。家は家だが家ではない。禅問答みたいな言い方だが、そこにはちゃんと理由がある。その「家」は、彼女の自宅ではなかったから。……あー、念のため言うと、ありきたりな話になる。彼女の、彼女たちの秘密基地の体を成している「家」は壁も床も天井も、血肉で汚れていたのだ。

 

 そう、この街じゃよくある話。


 この際俺の名前などどうでもいいだろうから伏せるけれど、彼女の名前は「八燕零以」という。「燕が八匹、零以上」と説明すれば大体わかってくれるらしい。彼女はその名前をいたく気に入っていること、そして彼女の能力そのものから、その名前をもじって「八喰零以」と名乗っている。……俺が「やつばめ」と口にしたから少々ドキッとしてるみたいだが、その感覚に間違いはない。「やつばめ」と「やつばみ」はそっくりだもんな。名前の漢字も、違うのは一文字だけ。

 誰もその名前を知っていながらその居場所を知らないのは、知っている人間がごくわずかしかいないからだ……なに、「家」の話をしてくれと。あいにく自分語りは性に合ってない。この前は十分と保たなかった。やっぱり苦手だ、こういうの。「彼女」ではなく「彼女たち」と言い直したのには意味がある。

 意味はあるけど関係はない。

 ……あぁ、十五分ほどか。

 その「家」を見た時は背筋が凍ったし虫唾が走った。吐き気もした。ゾクゾクした。だけどそれには色んな意味が込められている。さっき俺が友人に言われたことがあったろ、あれをもう一度思い出してみようか。俺は変な奴ばっかりに惹かれる人間だ。人間の骨でパルテノン神殿作ろうとか言いだして本当に実行してしまうような人間が大好きなんだ。気持ち悪くて吐き気がするけど大好きだそれくらい好きなんだ。なぁに照れ隠しさ、血に塗れて真っ赤になっても、赤頭巾は赤頭巾だ。人間の血が緑色にでもなっていない限り、彼女のアイデンティティが揺らぐことはない。おかげで浴槽が使えないのが難点だけどそれもまぁ、問題ない。大衆浴場ってのは素晴らしいよな。

 二十分。

 ノルマ達成だ。

 そろそろだな。

 ほら、噂をすれば。

 後ろにいるぞ。


 零以と恋人関係になるのには覚悟がいる。チンケな覚悟さ。何の歯止めにも障害にもなってない。

 ひとえに、俺がおかしいからだろうな。

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