第二話 『宝石と不審者』
「はぁぁ……酷い目にあったぁ…… 」
現在時刻、午後7時半。
長きに渡るボスゴリラの熱血生徒指導を終えて、やっと俺の身柄は解放された。
いくらなんでもここまで怒ることはないだろうに、次の授業も寝たろか……。
「こんなに遅くなるとは……ぶるるる、さみぃ、早くこたつに入りたい…… 」
ジャンパーを羽織った体を抱きしめ、体を震わせる。早い所帰らないと寒さで死んでしまいそうだ。
「……ん? 」
……ピタッと、俺は足を止める。
校庭に、何かが落ちている。この暗さなら何が落ちてても気づかないはずだが、それは何やら輝きを放っており、暗さも相まって非常に目立っている。
「なんだろう、あれは……」
俺はその輝くモノに近づいて、それを手にとってみる。
「……これは、宝石……?」
それは、500円玉ほどの大きさの、金色に輝く正八面体の石だった。
もう日が沈んでいるというのに、まるで自ら光を放っているかのごとく眩しく輝いている。最近の宝石はLEDでも搭載しているんだろうか。
「おもちゃの宝石か……? 誰かの落し物かなぁ…… 」
「そんなところで何してるの? 」
「うぅぁっ!? 」
突然背後から掛けられた声に驚き、俺は慌てて宝石を懐にしまい、後ろを振り向く。
「お、驚き過ぎ……こっちがびっくりするじゃない」
「……な、なんだ
そこに居た見知った顔を見て、俺はホッと胸を撫で下ろす。
10年来の付き合いである、俺の友人だ。互いの母親同士が仲の良い友達で、家も隣同士という、ベッタベタな幼馴染である。
「ボスゴリラ先生からのお説教は終わったの? 長かったわね」
「ああほんとだよあの無駄マッチョめ……一体俺が何したって言うんだ」
「居眠りでしょ、100%あんたのせいじゃない」
「ぐぅ……」
ぐうの音も出ない。
こうも冷静にツッコまれると何も言い返せない。このマジレスマシーンめ。
「お、お前はこんな時間まで何してたんだよ?」
「何してたってご挨拶ね、誰を待ってたと思ってんのよ」
「こ、こんな時間まで待ってたのか!? 風邪引くぞバカ! これ着ろこれ! 」
「わっぷ……」
俺は羽織っていたジャンパーを脱ぎ、明に無理矢理かぶせる。いきなり脱いだせいかめちゃくちゃ寒い。
「お、落ち着きなさい、私もコート着てるから大丈夫よ」
「いいからぶるるるそれぶるるる着てろぶるるる……」
「でもマッサージ機みたいになってるわよアンタ……」
「人の厚意は素直に受け取れアホぶるるるるるる……」
「あ、ありがとう……じゃあ遠慮なく……」
少し遠慮がちに、明は俺から受け取ったジャンパーに袖を通す。あったかそうでなによりである。
そんなこんなしているうちに、少し鼻水が出てきた。このままでは風邪を引いてしまう。
「よし帰ろう、さっさと帰ろう……はやくおこたに入りたい……」
「そうね、さっさと……ん? 」
足早に帰ろうとしたところで、明がピタッと足を止める。何やら校門の前をじっと見つめているようだ。
「どうした? 」
「誰かいるわよ……ほら、あそこ」
俺は、明の指差した方を見る。
……なるほどたしかに、校門の影に、何やらこちらをちらちら見ている人影が見える。
「ふ、不審者……じゃないわよね? 」
「なんだろうな……ちょっと見てくるわ 」
「ちょ、ちょっと……! 」
俺は明に鞄を預け、校門の方へと向かう。
気のせいか、人影がビクッ、と震えた気がする。
「あのー……そこで何をしてるんですか? 」
俺は人影に、恐る恐る声をかけてみる。不審者だったらどうしよう、大分怖い。
「……ふふふ、バレちゃぁしょうがありませんね……」
「な、なんです? 」
怪しげな声をあげて、人影が姿をあらわす。
--人影の正体は、俺と同い年くらいの少女だった。
なんていうか、こう、えーと……とにかく、めちゃくちゃ美少女だ。水色の髪と宝石のような青色の瞳がとても美しい。この学校とは違うが、高校生らしき制服を着ている。
「初めまして、天樹 煇さん」
「お、俺? 」
「はい……」
こくり、と、少女が頷く。
後ろから、恐る恐るといった感じで、明が近づいて来る。少女だと知って、若干警戒を解いたのだろうか。
「え、えーと、俺に何か用が……? 」
「はい……実は、貴方に渡したいものが……」
「えっ……」
トクン、と、思わず胸が高鳴る。
まさか早めのバレンタインチョコではなかろうか。まだ12月だというのに。というか会ったこともないのに。街で通りすがった時に一目惚れでもされたのだろうか。俺はよほど罪な男らしい。
少女は懐をまさぐり……まさぐり……まさぐり……。
「……あ、あれ……? 」
……少女の顔から、汗が吹き出した。
少女は自分の制服のポケットというポケットを、搔きまわすようにまさぐりまくる。
「な、無い……無い……嘘、まさか落とし……」
少女の顔が、サーーーッと青ざめる。
そして何やらカタカタと震え始め、「どうしましょうどうしましょうどうしましょう……」と、うわ言のように呟き始めた。
「わ、私はとんでもないことを……あれを無くしたら人類の希望が……」
「な、何言ってんのこの人……」
すぐ隣にやってきた明も、引き気味で少女を見つめる。
一方で俺は、この少女に対する印象を確実なものとしていた。
--こいつは、関わっちゃいけない人間だと。
「逃げるぞ」
「えっ、ちょっ!? 」
俺はガシッと、明の左腕を掴み、校門から飛び出る。
「あっ、ちょっと!! 待ってください!! 貴方にお話が! 人類の希望がーー!! 」
「完っっっ全に宗教じゃねぇか!! 」
100m12秒台の健脚を活かし、俺はかつてないほどの全速力で、その場から逃げ出したのであった。
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