Planet-cloth〈プラネクロス〉
喪服.com
第一話 『天樹 煇』
--どうやら俺は、夢を見ているらしい。
人も建物も何も無い、果てしなく白が広がっている空間に、俺はぽつりと、一人突っ立っていた。こんな場所、現実ではまずお目にかかれないであろう。
おまけに頰をつねってみると、全然痛くない。故に俺は、ここを夢の世界と断言することができた。
「つまんねぇ夢だなぁ……文字通り夢のない男ってことなんだろうか」
あまりに静かで寂しいため、この夢の感想を交えた独り言を言ってみるが、逆に虚しくなる。誰も得しない見事な自爆であった。
--突如、純白の世界に変化がおこった。
『……………』
「うわぁっ! ……だ、誰だ……? 」
突如、俺の目の前に一人の謎の人影が現れた。その姿は形を捉えられないほどにぼやけており、老眼の気持ちが少し分かった気がした。
『煇……元気でな……』
ぼやけた人影が、ノイズのかかったような声で俺の名を呼んだ。俺はその声に、妙な違和感を覚えた。聞き覚えがないはずのその声から、不思議と懐かしさを感じたのだ。
『私は、もう行く……世界を、頼んだぞ』
人影は俺の側を離れ、無限に続く虚無の空間へと歩き出した。
「ま……待ってくれ! 行くな! 頼む……! 」
俺は必死に、その影を追いかける。何故か分からないが、追いかけねばならないような気がしたのだ。
しかしいくら追いかけても、何故か距離が一向に縮まらない。
「お願いだ!止まってくれ! 聞きたいことが……! 」
「やかましいぞ
「痛ァ!? 」
その時、頭部に走った激痛で意識が完全に覚醒する。
「俺の授業で居眠り、おまけにやかましい寝言で授業中断とはいい度胸してるなァ!? 」
「い、眠り……? 」
……どうやら、夢から覚めたらしい。
見渡すとそこは、見覚えしかないいつもの教室。俺の寝言に反応したのであろうクラスメイト達が、全員俺に注目を集めている。
そして居眠りしていた俺を、地獄の閻魔もちびって土下座しそうなほどの憤怒の視線で睨みつけているのは、数学教師兼生徒指導の郷田先生(あだ名・ボスゴリラ)だ。激痛の原因は恐らく左手に握られている丸められた教科書、これで俺の頭をぶっ叩いたせいだろう。
「聞きたいことがあるとか言ってたな……そんなに勉強熱心なら放課後生徒指導室でたっぷり教えてやろう! 」
「えっ!? ちょ、待ってください先生! 」
ボスゴリラの一言に、俺は焦り言い返す。こいつの生徒指導はとても長ったらしいのだ。放課後にやられると、帰る頃には日が沈んでしまうを
「い、居眠りしてすみませんでしたッ! だから生徒指導だけは勘弁してください! 」
「お前今月入ってそのセリフ何回目だぁ!? 」
「5回目です!! 」
「誰が勘弁するかこのアホがァ!! 」
「いっったぁぁぁぁい!!! 」
丸めた教科書で頭を思いっきりぶっ叩かれれ、俺の頭を激しく揺さぶる衝撃が襲った。こいつは大事な生徒の脳細胞を何回殺せば気がすむのだろうか。
その様子を見てクラスメイト達はゲラゲラと笑い、ある者は「先生体罰で訴えられるぞー」だの他人事のように言っている。同じ学び舎で勉強しているかけがえのない仲間だというのに、こいつらには俺をフォローしようという気が無いのだろうか。
「それともこんなに居眠りする理由があるのかお前には!? 言い訳があるなら聞いてやるぞ! 」
「!! 」
しめた!言い訳のチャンスを貰った!慢心したなボスゴリラ!
「……はい、これには、深い訳がありまして…… 」
「ほう」
俺は声のトーンをわざとらしく落とし、抜群の演技力を以って目から汁を絞り出す。
「実は今日は弟の誕生日でして……でもまだ誕生日プレゼントが決まってなくて…… 」
「ほう」
「
「ほう…… 」
無言で頷くボスゴリラ。10秒ほど、教室に静寂が訪れる。
これは決まった……!麗しい兄弟愛に咽び泣け、ボスゴリラ!
「天樹よ…… 」
「はい……」
「お前その言い訳今月で何回目だ 」
「5回目です……」
「ダボがぁ!! 」
「ぎゃひんッ!! 」
通じなかった。むしろさっきより強めにぶっ叩かれた。こんなにぶっ叩くから俺がアホになるんじゃなかろうか。
「今度という今度は許さんッ! 貴様は生徒指導3倍コース決定じゃァァ!! 」
「畜生!! それが一教師のやることか! この鬼! 悪魔! ボスゴリラ! 」
「5倍に変更ォ! 」
「勘弁してくれよぉぉぉぉぉぉ!!!!! 」
俺の生気を放出せんばかりの断末魔に、クラスの爆笑が頂点に達した。こいつらは後で下痢になる呪いでもかけてやろうか。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……あの人、ですよね……」
大騒ぎしている
『ああ、あいつで間違いない……やる事は分かっているな?
少女--
「はい、あの人に《
『ああ、そうだ』
「反応次第で気絶させて拉致して隅々まで調べる、ですよね」
『そうだが言い方を考えろ、それじゃまるで犯罪だ』
「あっ、そうですねごめんなさい……今の言い方じゃまるでレイ」
『涼』
「ごめんなさい」
暴走気味の涼を、イヤリングを介した通信によって男性が嗜める。
「でも、本当なんですか? こんなにピンポイントで『
涼が懐をまさぐって、一つの宝石を取り出す。
黄金色に煌めくその宝石は、言葉では語りつくせないほど美しい輝きを纏っている。
「しかもこれの……《
『まぁ……それはなんだ、あれだ、勘だよ』
「これで違ってたらぶん殴りますからね」
『ははは、それは怖いな……しかし、もし本当に彼が《プラネクロス》を纏えることが出来たなら、それは人類の大きな希望となり得る 』
「ええ、そうですね……」
涼が再び、教室の中の煇へと目線を合わせる。
明らかに生気が抜けたその表情をみて、涼の整った顔から微笑みが溢れる。
『どうした? 』
「ふふ……いえ、ターゲット対象の少年が間抜けな顔をしていたので 」
『酷いなぁお前は』
「あっ、でもでも、セファーさんも結構間抜けな顔してますよ」
『喧嘩売ってんのかお前』
「ふふ、3割嘘です♪」
『7割本気なのか…… 』
涼の容赦のない冗談を間に受けて通信の先、セファーと呼ばれた男の声のトーンが下がった。
『まぁいい……とにかく引き続き様子を見て、ミッションを続けてくれ 』
「了解しました、それじゃ」
涼がイヤリングに人差し指をかざすと、ピッ、という音と共に、セファーとの通信が途切れ、涼は引き続き教室にいる煇へと目線を移した。
心なしか先程よりも更に生気の抜けた煇表情に吹き出してしまったのは、また別の話。
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