第七節 交わらぬ想い
「お前を拘束し、姫殿下の前に連れていく。だがその前に……手脚の一本はもらっていくぞ!」
嵐のように荒れ狂う風をまとった槍の十字の穂先をフレイアへ突きつけながら怒りを放つ。それを受けてフレイアも槍を構えるが、竜達が二人の間に割って入る。
『何をしているのです! 竜皇の御前ですよ!』
メルヴァの叫びは咆哮となって木霊する。その声に釣られるように、ソニアの横を一匹の地竜がすり抜けて俺の前で立ち止まる。
『この気配、間違いなく竜皇様そのもの……お待ちしておりました』
そう言って地竜は首を軽く下ろす。
「お前は……?」
『盟友アレスよりメルヴィスと名を授かりました。メルヴァの番いにございます』
少ない言葉を交わしメルヴィスは振り返る。メルヴァ達と共に、ソニアに向かって吠え立てる。
『ソニア、どうか落ち着いてくれ。君が刃を向けてよい人達ではない!』
その思いを込めた咆哮は、ソニアの表情をいっそう暗いものへと変えていった。そして翡翠の鋭い眼差しが俺へと向けられる。
「……そうか、貴様の方か……」
「……!」
鋭い視線とともに放たれた冷たい声音が、俺の背中を凍らせる。不快なものを見ているような冷たい眼差しが、全てを語っている。俺の存在を否定している。
「我ら竜騎士の前で竜を操るなど……万死に値する!」
ソニアは槍を向けながら一歩距離を詰めてくる。それに合わせるように、竜達も前に出て立ちはだかる。
「くっ……貴様はここで殺す。自らのその愚かな所業、地獄の底で悔いるがいい!」
それを見た彼女は激しく声を上げる。表情は歪めたまま、怒りに身を任せるように風をまとった槍を一閃する。
「く!──」
直後、激しい突風が吹き荒れる。咄嗟に膝をついて突風をやり過ごそうとする。だが目の前にいる竜達は突風に押されて凪払われた。
切り開かれた道を、ソニアは俺目がけて一直線に突き進んでくる。怒りで激しく揺れるその眼光が、俺の手を無意識のうちに軍刀へと伸びようとしていたその時、ソニアの進路に、フレイアが横から割り込んだ。
「……邪魔だ! 退け!」
激しい咆哮と共に放たれた攻撃をフレイアは銃槍で上手く切り払い、続けて振り下ろされた槍を正面から受け止め、力と力が拮抗していた。刃が軋む音が響く。
(……どうにかしないと)
ソニアは勘違いをしている。彼を殺したのがフレイアであると思い込んでいる。その誤解を解くことができれば、刃を収めてくれるかもしれない。
立ち上がり声をかけようとするが、口から言葉が出てくることは無かった。それどころか、身体すら前に出すことが出来ないでいた。
(……できるのか、俺に?)
中途半端に伸びた自分の腕に視線を落とす。ソニアが俺に向けたあの視線。明確に感じた敵意、仇を討つ為に燃える憎しみの炎が垣間見えた。今の彼女には何を言っても、俺の言葉に耳を貸すことはないだろう。竜達の声も届くことはなかった。
「どうすればいい……」
今この場には、彼女と対話をする術がない。
「──斬り裂け!」
ソニアの鋭い声に顔を上げる。上げた視線のその先では、フレイアが後ろに飛び退きながらソニアの槍を躱していた。その槍は淡い翡翠の光を放ちながらフレイアの持っていた銃槍を両断していた。体勢を崩したフレイアをソニアの鋭い視線が追い掛け、槍の穂先が再び動き始めた。
「……! まずい!」
そう叫ぶと同時に大地を蹴る。盾を握る手に力を込めながら、一直線に突き進む。
「まずは……お前からだ!」
フレイアは俺に戦うなと言った。だが俺に言わせれば、彼女もソニアと戦ってはいけない。こんな光景、誰も望んではいないのだ。少なくとも俺も、母上も──
「──
この声に反応して、左腕の盾が光を帯びる。その盾を構えながら、フレイア目掛けて放たれた槍を受け流がそうと試みる。しかし槍の勢いは想像以上に強く、気を抜くと腕ごと吹き飛ばされそうになるが右手で支えながらなんとか持ち堪えた。
「っ……揃って私の邪魔をする!」
怒りに燃える翡翠の瞳が俺を睨む。激しく声を荒げて叫ぶその表情からは憎しみが溢れだしていた。
「頼む、ここは引いてくれ! 君とは戦いたくないんだ!」
「減らず口を!──」
ソニアは勢いよく飛び退く。再度攻撃を図るつもりだろう。
「まだ来るのか……ぐっ!?」
再度身構えるが、左肩に激痛が走る。どうやらさっきの攻撃で無理をさせすぎたらしい。このままでは二度目は真正面からは受けられない。
だが二撃目は襲って来なかった。ソニアは着地と同時に立ち止まり、苦しそうな表情を浮かべながら胸に手を当てていた。
「どうやら魔力を使い過ぎた様ですね」
「魔力を? 無理をしてたってことか」
槍を杖のように持ちながら、ソニアの視線が向けられる。肩を荒く上下させながら、苦しそうに表情のまま怒りの眼差しを向けるその姿は痛々しく、とても見ていられなかった。目を逸らしてしまいそうになったその時、地面が小さく揺れ始めた。それと同時に爆発音が渓谷内に木霊していく。
「爆発!? どうして……まさか!?」
弾かれるように振り返り、一人の男の姿を探す。地面に横たわっているその男、コサルチャクは、僅かに目を開け、不気味な笑みを向けたまま事切れていた。手のそばには、爆弾の起爆装置が転がっていった。
「まさか……こんな時に……!」
唖然としていた時、頭上から真新しい爆発音が響く。急いで顔を上げると、今はまさに大小様々な岩石が次々と、ソニアの場所付近へとと振り注いだ。
「ソニア……!」
考えるよりも早く、弾かれるように身体が動いていた。気がついた時には手を伸ばそうとしていた。その時、ソニアの足元に亀裂が走る。
(……! まずい──)
そう思った瞬間、その亀裂が割れた。ソニアの身体は宙に浮き、地面に吸い込まれていく。
「く……そ──」
消えていく彼女に向けて、必死に手を伸ばしながらその亀裂に飛び込むつもりで身を投げ出した。その甲斐あってなんとかソニアの腕を辛うじて掴む。
「よし! 捕まえ……ぐっ!?」
ソニアを捕らえた時には身体の半分は穴の中だった。幸い落下は免れたが自力で這い上がろうとすると、激しい痛みが肩を襲う。その痛みに抗いながら彼女を引き上げようとした瞬間だった。地面に空いた亀裂の穴がさらに激しく割れ始め、俺の身体ごと亀裂の底へと落ちていった。
(くそ──せめてソニアだけでも……)
落ちていく最中、腕を引きながらソニアの身体を抱き寄せながら空を仰いだ。次第に遠くなっていく意識の中、小さくなっていく穴を見つめる。
「……? あれ、は──」
「……クルー!」
その亀裂の穴から一粒の光が現れた。その光は徐々にその輝きを増し、翡翠の光となって俺達二人を包み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます