幕間 敵の敵は

 同日深夜 ドーラ森林東部 帝国軍野営地 




「……」


 手元を照らす人工灯の明かりを頼りに、机に開いた古い書物に視線を落とす。所々掠れた文字を見つめながら、書かれている情報を汲み取っていく。


 ドラヴァニアが大陸を統一するよりも前、数多の人種、種族が広く営みを拡げていた時代。大陸北東部にて、ある争いが起きた。それは一夜にして国を滅ぼす厄災として、この文献には記されていると予想できる。


「始祖たる竜、厄災の二天竜……ですか」


 それは二匹の竜の衝突、破壊の象徴とされた【黒天竜】と、再生の象徴【白天竜】の激突であった。後に白天竜は人間と手を結んだ。そして激闘の果て、黒き竜を東の果ての谷底へと封じ込めたらしい。そして白天竜と人間達は、滅びた国の跡地にてドラヴァニア王国を建国し、大陸全土を手中に収めたところで、この文献の記載は終わっている。世に言う建国史とも呼ばれるものだ。


 この文献は、帝都から手配させた代物だ。元は大陸全土を支配していたドラヴァニア王国の遺物であり、これらは王国の領土が縮小していくのに伴って遺された物だと推測されている。よってこういった代物は大陸全土に残っている。


「あまり役に立ちそうな情報は無さそうですね……」


 ドラヴァニア王国は他国に対して閉鎖的な国だ。故に彼等に関しての情報は少ない。その為、こういったものでも多少の情報は得られるかと思ったが、この目で目の当たりにした以上の情報は書かれていないようだ。


「ん? これは……」


 古ぼけ色褪せた頁をゆっくりとめくると、そこには見開き一面を使った大陸図が描かれていた。その図の北東部は擦り消されたように白く、東の端には黒く塗りつぶされているような描かれ方がなされていた。


 その二つの場所は現在、レグリア公国とアズマの領地となっている。どちらも帝国と戦争状態となっており、長く膠着状態が続いている。



「……この文献によれば、最初の王都は現レグリア公国」


 かつて帝都では、ギルバース帝国現皇帝はこの手の代物をかき集める為に戦争を始めた、などと言う根も葉もない噂も飛び交っていた。その後両国との戦争は激化し、その真相を追求するような余裕すらなく闇の中に消えていったのをふと思い出した。


「……。やはり考えすぎでしょうね」


 根拠の無い憶測を、漏れる笑いととともに吐き出す。


 レグリア公国は、大陸一の国土と人口の多い巨大国家だ。良質な土壌に恵まれ、豊富な労働力を活かした高い生産力により発展を遂げた農耕大国。その領地と労働力は、今後の帝国の発展には欠かせないものと見込まれている。

 対する極東の辺国アズマは、レグリアとは真逆の国だ。湿地帯を抜けた先、険しい山岳地帯に隠れるように築かれた小さな国。だが、アズマには豊富な鉱山資源が眠っているという推測が立っている。帝国の更なる発展には欠かせない魔導石の採掘が国内で減少傾向にある今、アズマの領土は是が非でも手に入れたい場所だ。


 これだけでも、両国を占領する理由は十分だ。たかが考古品のために、ここまで大掛かりなことをするとは到底思えない。


「准将閣下、失礼します。至急の案件が……」

「聞きましょう。入って構いません」


 天幕の向こう側から静かに声がかけられ、直ぐにそれに応える。入ってきた兵士は、ある極秘の任務を与えていた私の直下の部隊員だ。


「大尉が直下の部隊を動かしています。どうやらを実行に移すつもりの様です」

「……全く。何故あの男の部下はこうも思慮深さに欠けるのか……」


 伝えられた報告に軽い目眩を起こしながら、頭を抱えてため息を吐く。


 ドミニク・コサルチャク大尉。帝国軍重鎮であるボルナレフ大将が送り込んできた側近だ。


 彼の役目は、恐らく私の監視と妨害だ。ここで私が名声を得るのを、帝都のお歴々は面白く思っていないのだろう。だが逆に、今の私は彼らにとってその地位を脅かす存在であるということだ。この調子であれば野望の実現も遠くないと思っていた矢先にこれだ。やるなら場所と状況は考えるべきだ。これでは帝国にも被害が出かねない。


「止められますか?」

「申し訳ございません。通常巡回に紛れるようにして既に展開しているようです。その中から探すとなると……」


 私の簡潔な問いに対して、兵士は言葉切れ悪く答えた。どうやらあの男は、浅慮ながら悪知恵は働くらしい。


 私達が防衛線を展開しているこのガレオ大渓谷は東西の気候を隔てる要となっている。ここより西側は零華れいかの候となれば雪と氷に覆われる極寒の地と変貌するが、東側の寒さは穏やかだ。


 大尉はこの大渓谷を爆破して王国の侵攻を妨害する作戦を提案してきたが、そんなことをすれば西側の気候も変動する恐れがある。最悪の場合、その変動は帝都にまで及ぶかもしれない。それを考慮してその作戦を却下したはずなのだが、どうやら彼は話を聞いていなかったらしい。


「それともう一つ……」

「なんですか?」

「リール特務技官、及びクライスベル少尉とリーゲン軍曹にも招集がかかった模様です」

「……あの三人に……?」


 聞きなれた人物の名前を聞いて、私の思考速度が上がる。


(少尉達はともかく……マティスも……何故?)


 マティス・リールは技術者であって軍人ではない。ただ従軍しているにすぎない。そんな彼に作戦参加の招集などありえない事だ。となれば、これもあの男の策謀のうちの一つと考えるのが妥当だろう。


「……」

「……閣下?」


 急に黙り込んだ事で兵士が僅かに動揺し始める。だがそれを無視して、私は自身の内側へと思考を深く潜らせる。


 彼等三人に共通するもは何か、大尉が彼等を使う事に何か利益があるのか、この作戦に彼等を投入する意図、大尉の腐り切った性根を擦り合わせる。仮説を立て、検証し、可能性を推測して全てを照らし合わせていく。すると思っていた以上に全てが噛み合った。やはりあの男の思慮は底が知れている。


「飛行部隊を直ちに招集して下さい。中隊長各員は私の所に。時間が惜しい。急いで下さい」

「はっ──直ちに」


 私の言葉に有無を言わさず返事を返し、踵を返して天幕を飛び出していく。


「全く……どこまで行っても敵だらけ、ですか」


 こんな大陸の西の果てで、敵国と相対するだけでも厄介な事だというのに、この上身内にまで牙を向けられる事になるとは想定外だった。彼等にとって目の前の敵ドラヴァニア王国など眼中に無いらしい。敵の敵は味方なんて言葉を聞いたことはあるが、帝国では通用しないらしい。


「……はぁ」


 思わず重たい息が身体から抜け出ていく。自然と落ちる肩に合わせて身体まで重たくなっていく。


 コサルチャク大尉は、間違いなく私の妨害をする為にこの作戦を強行しているに違いない。それこそが、彼がここに来た一番の理由だからだ。


「怒りを通り越して呆れてしまいますね……」


 少尉達三人に招集がかかったのは、単純に私と近しい人間だと思われているからだろう。マティスに関しては間違いではないが、少尉と軍曹に関してはとばっちりに近い。疑われた要因としては、私が特権乱用で少尉にまで昇格させたのが大きいだろう。私としては正当な評価のつもりだが、彼等にはそんなものは見えはしない。

 私が否定した作戦を強行しているのは、私に罪を被せる事ができるからだろう。誰が発案して誰が否定したかなど、そんなものはいくらでも偽装できる。中央に顔の利く大尉なら難なく押し通せるはずだ。


 作戦が失敗したところで表面上は巡回任務だ、なんの支障も痕跡も残らない。成功すれば私の顔に泥を濡れる。おまけにあの三人も爆発に巻き込んで殺してしまえれば大成功とでも考えているに違いない。


「こんなことで、新型の絶竜障壁まで失う訳にはいきませんからね」


 私は立ち上がり、積まれた資料の山に紛れさせていた本を取り出してその表紙をめくる。隙間に隠すようにして差し込まれていた一枚の用紙を取り出した。大渓谷内部の詳細図に、絶竜障壁を配置した場所を記した地図だ。この場所を知っているのは、私と設置した私直属の部下のみだ。無論、大尉たちが知るはずもない。


 大渓谷には全部で三機の絶竜障壁を配備している。従来の物よりも軽量化と小型化に成功した新型だ。流星船ステラボードによる飛行小隊で牽引できるまでになっている。


 まさか初投入されてからこの短期間で改修されるとは思いもしなかったが、おかげでこの防衛線の戦果は上々だ。最終決戦への時間稼ぎの役割も、十二分に果たしている。この新型をここで失うのは、我が軍にとって大きな損失だ。確実に回収しなくてはならない。


「コサルチャク大尉。思い通りに行くとは思わないことですね……」


 あの男が悔しがる様を思い浮かべながら、私も戦闘準備に取り掛かった。

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