第二節 漂う疑念
同日 ガレオ大渓谷 東側入口付近
「今から作戦の内容を確認する。各小隊は──」
太陽は落ち、眼前にそびえる岸壁が闇色に染まった深夜。大渓谷内部への出入口付近で、小隊長がこれから行われる任務の概要を語り始める。
これから行われる作戦は二つ。一つは大渓谷内部の警戒任務だ。内部を巡回して、敵対勢力を発見次第無力化する事。二つ目は、渓谷内部に設置された魔導兵器【絶竜障壁】の点検整備。俺に与えられた任務は後者だ。
「これより作戦を開始する。各員の奮闘を祈る」
その静かな号令により、集まっていた兵士達が次々と大渓谷内部へ侵入していく。
「なぁ、ヴァーリ……」
獣の気配が消えた真夜中に、気だるげな声が背中にかかる。振り返れば、そこにはげんなりと肩を落としたマティスの姿があった。
「俺、なんでここに居るんだ……?」
「お前……話聞いてなかったのか……。ほら、行くぞ」
マティスの肩を軽く叩き、先頭を歩いて渓谷内へと足を進め始める。
俺達の任務は、絶竜障壁の点検及び整備。その為には魔導技師の助力が必要だ。故にマティスも招集された訳なのだが、この作戦には気がかりな点があった。
それは人数だ。本来ならば、このような任務は四人編成の小隊で行われる。だが今回はそれを二つに分けている。よって今は俺とフレイアの二人でマティスの護衛も兼ねた行動を取っている。これは明らかに人手不足だ。仮にも今は、王国との戦争中なのだ。極少の人数での行動は危険度が高い。
「なあ、マティス。絶竜障壁って、どのくらいの時間稼働するんもんなんだ?」
募る不安を振り払うように、暗がりの道を進みながら後ろを歩くマティスに声をかける。
「んぁ? そんなもん、俺が知るわけないだろ?」
返ってきた言葉を上手く処理できず、ゆっくりとした歩調が完全に停止してしまった。
「……マティス。今なんて?」
「だから……俺があんな得体の知れない物の事まで知るわけないだろって言ったんだよ」
その彼の返答に、俺は言葉を失っていた。マティスの後ろに付いていたフレイアの表情も、動揺を隠しきれていなかった。魔導機工学の天才、特一級の魔導技師である彼の口から、得体の知れないなんて言葉が出てくるなんて、誰が予想できただろう。
「得体が知れないって……アレも魔導兵器なんじゃないのか?」
溢れ出そうとする疑問が口から飛び出す。マティスは困ったように、癖のついた髪を掻きながら口を開く。
「俺も中身を見たわけじゃないから断言はできない。外装部から見える部分だけで判断するなら、アレも魔導兵器と呼んでもいい。だがやってる事は、従来のそれとは全くの別物だ」
「リール技官……どういう事ですか?」
マティスの言葉に誘われるように、フレイアも俺達の横へと進んできていた。それを横目に流すと、今度は言葉を選ぶ様に、一つ間を置いてから俺達と視線を交わらせる。
「ヴァーリ。前に言ったよな? 魔導機構は、元々魔力を持ち得ない物質、人工物に魔力を供給するものだって」
「……ああ、覚えてるよ」
マティスの酷く落ち着いた声音が、俺の背筋を震わせ始める。
「魔導機構には必ず、魔力を干渉させる物が必要なんだよ。なら、絶竜障壁はどうだ? アレは何に干渉している……?」
マティスはそこで言葉を区切った。俺達に答えを導き出させようとしていた。じっと、俺たちの答えを待っている。
きっと彼の持つ答えは、教えられるのと自分で気が付くのでは見え方が全く違うのだろう。だからこそこんな回りくどい説明をしているのかもしれない。でなければ、間を置かずして自ら暴露しているはずだ。
知識のある彼だからこそ持つ疑念が周囲に漂いはじめ、肌を撫でる夜風の爪を鋭くしていく。
「……竜……!」
「……っ!」
その長い沈黙を破ったのはフレイアだった。静かに広がるその言葉に、心臓の鼓動が跳ね上がる。
「正解だ。アレが干渉しているのはドラゴン……生きている物に効果を発揮している」
言葉が出なかった。言われるまで疑問にすら思わなかった。だが、マティスの抱いている疑問には、おかしな事は一つもない。
「じゃあ……アレは魔導兵器じゃないってことか? ならなんでお前に……」
整備の指示が出されるのか。そう続けようとしたが、言葉が続かずに掠れて消えていった。それを見たマティスが息を一呼吸置いて俺を見据えた。
「だから言ったろ? なんで俺がここに居るんだ? ってよ……」
鋭さを増した夜風が首筋を掻き撫で、背筋を震わせ凍らせる。
マティスが最初に言い放ったあの言葉は、彼がただこの作戦を面倒に思っていただけだと思っていた。だが、マティスはこの作戦に最初から参加できる立場では無かった。だが彼は招集された。絶竜障壁の点検など、はなから彼に出来るはずが無いにも関わらず。俺達と行動させられている。
最初から不可解な内容の作戦だった。無理な編成での作戦遂行。それに加えて、本来なら必要のない人員の投入。それらが俺の思考の中に、一つの疑念の蕾を芽吹かせていた。この作戦には、別の目的が隠れていると──
「だけどまぁ、丁度いい。この機会にその得体の知れない物を拝みに行くとするかな。ヴァーリ、場所は分かるんだよな?」
マティスは大きく背伸びをしながら俺に声をかける。どうやら先へ進むらしい。マティスの楽観的な判断を少しばかり不安に思いながら、自分の懐に手を伸ばす。
「あぁ、小隊長から地図を預かってる。この先にあるはずだ」
マティスに返事をしながら預かった地図を目の前に広げる。そこに描かれた渓谷内部の詳細図の一角に記された印が、絶竜障壁の設置場所らしい。
「この先を下った……少し広くなった場所にあるみたいだな」
目標地点への経路を確認して、進路の先の暗闇を見つめる。
正直なところ不安は拭えない。吹き抜ける風は不快に感じる。拭えない不安が、鼓動を不自然に早めていく。だがその反面、絶竜障壁の正体も気になっている自分自身が存在していた。
「……フレイア」
地図を懐にしまい振り返り、静かに佇む彼女へと視線を送る。手に持つ
「……行こう」
彼女の視線に小さく首を縦に振って答えて前を向く。この先に待つ絶竜障壁を目指して、闇の谷間をかき分けるように進み始める。
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