幕間 暗躍

 煌華こうかの侯 五十五日目 ドーラ森林東部 帝国軍野営地


「たかが特務の分際で、この私に刃向かうなど……」


 マティス・リールの天幕を後にしたあと、自身に宛てがわれた天幕へと戻り、据えられた椅子へと身体を投げるように腰を下ろす。怒りが行動に現れてしまうほど、彼等の振る舞いは目に余る。このままで到底終われるはずはない。


「このまま終わると思わないことですよ……マティス・リール。そして……」


 思い返すのも嫌になる中で、あの天幕にいたもう一人の人物へ焦点を当てる。あの不気味な髪色の男。


「ヴァーリ・クライスベル……」


 クライスベル平原領主の養子である男。魔導兵器をろくに扱えない不出来な兵士。仲間を犠牲し生き残る黒い死神。西方軍司令官ルナリス・ボナパルトの腰巾着お気に入りである男だ。


 そしてその正体は、ドラヴァニア王国のスパイであるという噂が広まっている。証拠こそ無いものの、この噂の確度はかなり高い。となれば、この男に目を掛けている司令官も、共犯である可能性は十分にある。


「手篭めにしたか……あるいは逆か……」


 だが、そんな事はどうでもいい。重要なのは、奴等が売国奴であるかどうか、それだけだ。


 懐にしのばせていた小さな鈴を取り出して鳴らす。その小さな音色に呼ばれて、天幕に一人の兵士が音もなく入ってくる。


の作戦を実行に移せ」

「大尉……よろしいのですか? 准将閣下からは却下されたはずですが」

「構わん。あの女とてスパイの可能性があるのだ。その指示を鵜呑みに出来るわけなかろう」


 大渓谷内部の大規模な爆破作戦。大量の爆弾を投入して王国軍の進軍を妨害する作戦を立案したが、あの女に一蹴されてしまった。これ以上無いほど合理的な手段であるにもかかわらずだ。全くもって理解に苦しむ。


「……あの成り上がりの女狐め。今に見ておれよ」


 ルナリス・ボナパルト。帝国軍皇帝直轄の独立部隊七剣刃セブンス・ソードの序列二位。千人斬りサウザンド、無敗の女王とまで呼ばれる軍内屈指の実力者だ。だがその実態は、一度は没落したボナパルト家の人間なのだ。またいつ暴走して味方に牙を向くか分からない。その牙が、に向けられる前に、始末しておくのが最も理想とする形だ。


「何か良い手は無いものか……ん?」


 どうすれば、あの女の息の根を止められるか、あるいはそれに等しい痛手を与えられるか、そう思いながら頭をめぐらせていく中で、ある妙案が浮かび上がる。そのあまりにも巧妙な作戦に、思わず口の端が緩んでしまうのが自分でも分かってしまう。


「……大尉?」

「フフフフフ……。よし、この作戦、にも手伝って貰おうではないか」


 これであの女に一泡吹かせる事が出来る。そう思うだけで、口から笑い声が漏れ出し、留まることなく天幕の中に響き渡った。

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