王国編 第三章 ガレオ大渓谷攻略戦

第一節 夕暮れと憂い


 煌華こうかの侯 五十二日目 ドーラ森林西部 王国騎士団駐留拠点



「っ!? けほっけほっ──ミランダ、今なんて言ったの?」


 夕暮れ時、進軍中の王国軍が仮拠点を設けているその一角で、仲間と共に焚火を囲んでいた中、思わぬ言葉を掛けられて、思わず噎せ返ってしまった。


「あはは、ゴメンよ。でも、知らないのは本人だけだよ、きっと。翡翠のさん」


 私と共に早めの夕食をとっていた女竜騎士【ミランダ・へカート】は、茶化しながら私の背中を優しく撫でる。


「……。声が大きいってば」

「はいはい。悪かったよ」


 ミランダは悪びれる様子もなく、自分の食事を再開する。彼女の手には大ぶりの干し肉が握られている。それを豪快に食いちぎり咀嚼していく。


「ファシル! 残りはアンタにやるよ、そらよっ!」


 焚火を囲む私達二人を囲む様に、互いの盟竜が身体を休めるために横たわっている。彼女の盟竜、とぐろを巻くほどに長い尾をもった翼竜【ファシル】は、名を呼ばれるともに長い首を持ち上げて乱暴に投げ渡された干し肉を空中で捕まえる。


 ミランダはそれを優しい眼差しで見届けて淡く微笑んでいた。


「変わらないね、ミランダは」

「ん? そうかい?」


 私に視線を戻してとぼけるように首を傾げる彼女は、私と同じフレメリア領出身の竜騎士だ。私よりも歳は上で私の兄達と仲が良かった。幼い頃は姉貴分のような存在だった。


「乱暴な所とか特にね。それでよく結婚できたよね、初めて聞いた時はビックリしたよ」


 そして幼い娘を持つ母親でもある。普段は巨獣防衛を主とする領内の警備が仕事だが、王国の危機にいち早く駆けつけてくれた。


「あはは、アタシもビックリだよ。それに引き換え、アンタは変わったよね、ホント……」


 ミランダは豪快に笑うと、今度は昔を懐かしむように目を細めた。


「兄貴達の後ろをついて回ってたアンタが、今ではシルヴィア殿下の守護騎士ガーディアンなんだから、大出世じゃないか! 兄貴達も鼻が高いだろうさ」


 ミランダは嬉しそうに語り終えると、私の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。


「ん? なんか嬉しくなさそうだね?」

「え……」


 今度は我が子を案じる母親のような表情を私に向けていた。昔から変わっていないと思っていたが、こんな表情は初めて見た気がする。


「……もちろん嬉しい。嬉しくないわけがないの……でもね、時々考えるんだ。本当に私で良かったのかなって……」


 私は、王家に仕える守護騎士ガーディアン。それは竜騎士にとって最高の名誉だ。嬉しくないはずがない。加えて、国内随一の人気を誇るシルヴィア殿下の守護騎士なのだ。これ以上の栄誉などありはしない。だがらこそ、考えてしまう。本当に私でよかったのかと。


 私は弱い。この戦争の中でいくらかは腕が上がったかもしれないが、それと同時に分かったことがある。私は未だ、盟竜であるククルスの力を使いこなせていない。それ以前に、私はククルスの本来持つ実力を妨げてしまっていた。私は彼女ククルスにとってでしかないという事だった。完全に互いの実力が噛み合っていないのだ。そんな中途半端な竜騎士に、守護騎士なんて務まるのかと、考えてしまうことが増えてしまった。


「私より強い人なんて沢山……痛っ!」


 スープの残った器を膝に乗せて俯きながら独り言のように呟いていると、いきなり背中を叩かれ無理やり背筋を伸ばされた。何をするのかと視線を送れば、少し呆れたような表情で首を横に振っていた。


「バカだねぇ……。殿下が、たかが腕っ節だけで自分の守護騎士を選ぶわけないじゃないか。それはアンタが一番分かってるだろう?」


 力強く、それでいて優しく諭すように語りかけてくるミランダ。彼女の言い分は理解出来る。だが、それで自分自身が納得出来るかは別の話だ。


「でも……」

「でもじゃない! ほら、ちゃんと胸を張りな。でないと、アンタのが泣いちまうよ?」

「え……?」


 ミランダの視線に釣られるように背後を見る。そこには不安げな眼差しを私に向けるククルスの姿があった。いくら実力が噛み合っていないといっても、互いの感情の変化は感じ取ることが出来る。私の抱える不安が、彼女にも伝わってしまったのだ。


「自分の盟竜にあんな顔させちまううちは、まだまだ半人前だね」

「うん……そうだね……」


 ミランダは茶化すような軽い口振りでそう言ったが、それを受け流すほどの心の余裕はなく。心の真ん中に見事に突き刺さる。次第に喉の奥がみるみると重たくなり、目の奥が熱を帯びてくる。


「お、おいソニア? ちょっとした冗談──」

「あまり、私の義妹いもうとをいじめないでもらいたいな」


 どこからともなく、凛とした美しく澄んだ声が聞こえてきた。ほどなくしてその声の主は、ククルスの背後から姿を見せた。ドラヴァニア王国第一皇女シルヴィア・オルバ・ドラヴァニア。私の護るべき主。


「殿下!? いえ、これは……そ、そのようなつもりでは」

「分かっている。冗談だよ、へカート卿」


 皇女はククルスの頭を撫でながら、慌てるミランダを穏やかな口調で諭して私に視線を向ける。


「少し話がある。ソニア、付いてきなさい」

「っ!……はい! 直ちに──」


 有無を言わさせない口調で言い終えると、そのまま歩き始めてククルスの影に消えていってしまった。慌てて立ち上がり急いでその後を追う。


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