幕間 七剣刃【参】


「──性質付与ヴォラーレ──」


 先手必勝、咆哮が落ち着いたところで軍刀サーベルに搭載された魔導機構を起動させる。発した言葉に呼応して青白い光を放ち始める。


 ギルバース帝国が誇る独自技術【魔導機工学】。この技術により、本来魔力が宿ることの無い無機物に魔力を付与する事で、その物の性能を向上させる【物質強化】と、新たな性質を付与する【性質付与】が可能となった。

 私が最も得意とする魔導機工学は、【飛翔ヴォラーレ】の性質を物体に付与し操作すること。その飛翔距離と操作能力は、発動者の素質に比例していく。私はこの力で、七剣刃セブンス・ソード序列二位の座を勝ち取った。


「はっ!──」


 すかさず発光する軍刀をドラゴンに向けて投げる。放たれた軍刀は、投擲された力を無視して空中をしていく。大きく螺旋を描きながら、微動だにしないドラゴンの頭部へと襲いかかる。瞬間、鈍い音が響き渡る。飛翔した軍刀は、ドラゴンの鎧のような鱗に弾かれるが、すぐさま私の手元まで帰還させた。


「……やはりの攻撃では無理ですか」


 切先の欠けた軍刀を再度構えて敵を見据える。直撃を受け止めたドラゴンの頭部には、小さな傷一つ見受けられない。物質強化で刃を強化すればダメージは与えられるかもしれないが、それをする為には、あのドラゴンの懐まで入り込む必要がある。魔導機工学は、同一の物体で複数の魔導機構の発動ができない。


「グオオオオ!──」

「っ?!──」


 たったあれだけでも、怒りを買うには十分だったらしい。ドラゴンが短く吼えると、その足元に黄色い光りの円が現れた。すると地面の一部が浮かび上がり、鋭利な杭のような形に形成されていく。


(魔法か!──)


 ドラゴンの足元の光円が霧散するのと同時に、土製の杭が私に向かって放たれる。


「この程度なら──何っ?!」


 それを横に飛び退いて回避した時だった。着地地点に黄色い光円が現れたかと思うと、まるで見えない何かに押しつぶされているような重圧が全身に襲いかかり、耐えきれず膝をついてしまった。


「ぐ……か、身体が」


 足元にこの黄色い光円がある事で、これもドラゴンの魔法によるものだということは理解できた。どうやら初撃の杭は陽動で、この動き封じが本命の攻撃のようだ。流石は最強の生命体、戦い方を理解している。


(まさかこれ程とは……)


 軍刀を地面に突き刺し杖のようにしながらドラゴンに視線を向ける。その巨体を揺らしながら、鋭い牙がゆっくりと距離を詰めていた。


「く……そ……」


 どうにかこの状況を打開しなければ、あの牙の餌食になるのは避けられない。だが、身動きが取れない以上どうすることも出来ない。


 早くも敗北の色が濃くなってきた時だった。目前まで迫ってきていたドラゴンが、その一対の翼を広げて飛翔した。その直後、赤黒い閃光がドラゴンのもといた場所を通過していく。


「閣下! ご無事ですか!」

「ええ……助かりまし……た」


 一人の兵士が助けに駆け寄ってきた。待機を命じていた兵士達の援護射撃だったらしい。命拾いした事に安堵しながらも、ある事に気が付いた。


(身体が……動く?)


 先程までの重圧はどこかに消え、足元の光円もいつの間にか消えていた。すぐさま立ち上がり、頭上を舞うドラゴンを視界に捉える。


「……」

「……閣下?」


 赤黒い閃光を躱しながら、時折こちらの様子を伺っている。未だドラゴンの狙いは私らしい。また魔法による攻撃が来るかと、視線がぶつかる度に身構えたが、その兆候は見られなかった。


(接地してなければ魔法が使えない……?)


 単純に射程があるのかもしれないが、もしこの仮説が正しければ、戦いようがある。変わらず部の悪い賭けだが、やる価値は十分にある。


「閣下、我々も加勢します。どうかご命令を」

「いいえ、各員は撤退の支援を優先して下さい。それと私の流星船ステラボードをここに、あと……もお願いします。性能を試す良い機会です」

「……了解──」


 納得のいかない表情をしながらも、すぐさま行動に移っていく。そして、すぐさま流星船ステラボードが運ばれて来る。マティス・リール特務技官に改修させた、指揮官用の高機動型だ。そしてその上には、私の通常装備である軍刀サーベル四本と、軍刀より一回り大きな両手剣が載せられていた。その両手剣を手に取り鞘から少し引き抜いてみる。


「これが新機構搭載型……」


 鏡のように自分の顔が映し出された刀身を見つめる。帝都から送られてきた新型の兵装。取り回しの良い軍刀サイズまで機構の縮小ができなかったらしく、両手剣な上にやや重い。私には扱いきれない代物だ。飛ばせば関係ないかもしれないが、ここで試したいのは物質強化による攻撃力だ。その為には空中で肉薄する他ない。できて一撃浴びせるので精一杯かもしれない。


「閣下! がこちらに向かってきます」


 兵士の声に弾かれるように空を仰ぐ。援護射撃を躱していたドラゴンが、真っ直ぐこちらに向かって急降下していた。


「再度通達! 撤退の支援を優先、ドラゴンには手を出さないように!」

「閣下っ!」


 急いで両手剣を流星船に固定して、四本の軍刀は帯ごと腰に巻き付けて流星船に飛び乗った。するとすぐさま音を立てて船の動力機構が起動し、ふわりとした浮遊感が伝わってくる。再度空を見上げる。急降下してくるドラゴンは翼を折りたたみ降下速度を上げてきていた。それを確認しギリギリまで引きつけてから、船に魔力を供給して地面を滑るように発進する。


 あの速度であれば、速度を落としきれずに地面に直撃すると予測したが、ドラゴンがそんな間抜けな生物なわけがない。今度は翼を大きく広げて速度ではなく角度を変えて地面への直撃を回避し、私の後ろを追撃してきた。


「なるほど、良い翼をお持ちのようですね。ではこれはどうでしょうか!」


 背後の脅威に目を向けながら、船の速度と高度を一気に上げていく。それに続くように、翼を大きく羽ばたかせ、砂を巻き上げながら追いかけて来る。


「まずは、二本! 性質付与ヴォラーレ!──」


 ついてくるのを確認して、腰の軍刀を二本引き抜き、ドラゴンに向かって投擲する。二本の軍刀は、両側面から弧を描くように襲いかかる。対するドラゴンは避ける素振りは見せず、軍刀の接触に合わせて翼を折りたたみ巨体を回転させながら難なく軍刀を弾き飛ばし、さらに距離を詰めてくる。


(やはりこれでは動じませんか)


「グオオオ!!──」

「おっと──」


 軍刀の制御に意識を向けたため、船の速度が落ちていた。そこをすかさずドラゴンが、その強靭な顎で捕らえようと突進してくる。それを、風になびく落ち葉のようにゆるりと躱す。すり抜ける風圧に押し負け少し態勢を崩すが、すぐさま立て直して飛ばしていた二本の軍刀を両手に帰還させる。


 上下が入れ替わり、互いにその場で浮遊しながら対峙する。曇天を背負いながら、鋭い眼光が私を睨む。


「もしかして、私が憎いのですか? ですが今のあなたが、本来在るべき姿でしょう?」


 私の声に反応するように、怒気のこもった激しい咆哮が私に向かって浴びせられる。


 世界最強の生命体であるドラゴンを駆るドラヴァニア王国。どんな手段を用いてドラゴン達を使役しているのかは不明だが、乗り手という名のが外れたこの状況は、彼等ドラゴンにとっては救いなのではないのかと思っていたが、この反応はどうやら違うらしい。


「不思議なものですね」


 絶対強者のドラゴンが、たった一人のか弱い人間の指示に従い、死を悼み、怒りをあらわにしている。言葉が交わせるわけでもないにもかかわらず、信頼関係を築くことができている。私には、私達帝国には理解できない、想像できない光景だ。


「ならあなたも、彼の元へと送ってあげましょう──性質付与ヴォラーレ──」


 両手に構えた軍刀に青白い光が宿る。そして、それを両手から解放してすぐ側で浮遊させ、帯刀していた残りの二本に手を掛け一気に引き抜いたその直後、上空で滞空していたドラゴンが一気に急降下を開始した。


「──性質付与ヴォラーレ──」


 迫るドラゴンを見据えながら、さらに魔導機構を起動させる。計四本の軍刀に【飛翔】の性質を付与させて空に放つ。この四本の軍刀を精確に操作しようとするなら、流星船ステラボードは浮かせるだけで精一杯だ。この攻撃が防がれれば、私は間違いなく殺される。


「踊れ──」


 掛け声とともに、四本の軍刀がそれぞれ別の軌道を描きながら、迫るドラゴンに斬りかかっていく。


(動きはだいたい把握しました)


 迫りくる茨のドラゴンは翼を有してはいるものの、空中での機動力は想定以下だった。その大きな巨体での飛翔を可能としているのは、強靭な肉体と正確に風を捕まえる一対の大翼、正確にはその翼膜だ。この翼膜をしなやかになびかせながら風を捕らえ、その巨体を浮かせている様子だった。さすがにこの翼膜までは頑丈にする事はできないはずだ。勝機があるとすれば、ここ以外ない。


 再び空中で、二本の軍刀がドラゴンの翼に向かって飛翔する。ドラゴンは再度翼を折って弾き返そうとするが直前で軍刀の軌道を逸らす。これにより、降下してくるドラゴンの軌道が少しだけ変化した。それを修正しようと、折っていた翼を大きくひろげた。


(ここ!──)


 ドラゴンが軌道の修正に手間取っている隙に、右手を振り上げて一直線に振り下ろす。その直後、二本の青い稲妻がドラゴンの翼に直撃する。その予期せぬ攻撃に、ドラゴンの悲鳴にも似た咆哮が響く。その大翼を激しく揺らしながらその動きを空中で留めた。恐らく、何をされたのか理解出来ていないのだろう。


「その判断は、誤りです」


 振り下ろした右手を再び持ち上げる。慌ただしく翼を振るうドラゴンをその掌に乗せるように狙いを定める。


「喰い荒らせ──」


 掌の上のドラゴンを握り潰すように拳を握りしめ号令を鳴らす。その合図を受けた四本の刃が、蒼い閃光鋭牙となって、ドラゴンの翼膜を喰い破る様に斬り刻む。


 ドラゴンの悲鳴が、灰色の空に木霊する。その勇猛な姿からは想像もできない、痛みに悶え、苦しみが滲み出るような弱々しい鳴き声。やがて、その巨体を空中に維持出来なくなり、地上へ引きずり込まれるように墜ちていく。その姿は、世界最強からはほど遠い、ただの大きな蜥蜴の化物だ。


「哀れなものですね。人間の言いなりにならなければ、こんな事にはならなかったでしょうに……」


 墜ちるドラゴンを見下ろしながら、流星船ステラボードに固定させていた両手剣に手を伸ばし、その刀身を眼前に晒す。


「──物質強化スパーダ!──」


 両手でしっかりと握りしめ、魔導機構を起動する。新型機構を搭載させた両手剣は、従来のそれとは違う赤い光が、刀身を包み激しく輝き始めた。明らかに違うその輝きは、圧倒的な威圧感を放っていた。


「これは……」


 本能で感じた。これはな力だと。人の手に余るもの、本来なら到達し得ない、あるいは踏み入れてはいけない領域。背筋が凍るような悪寒が、全身を飲み込むように巡っていく。


(ですがこれなら……)


 悪寒を振り払うように一閃、その切先を墜ちるドラゴンへと向ける。


(殺れる──)


 赤刃煌めく両手剣を腰に引き寄せ、ドラゴン目掛けて急降下する。みるみると大きくなるその巨体の主は、真っ直ぐ私を睨みつけていた。


「あなた達の時代は終わりです! 歴史の闇に消えなさい!」


 瞬く間にその距離を縮めて間合いに入り、伸びる首目掛けて輝く刃を振り下ろす。


 鋼よりも強固なその竜鱗は容易く砕かれ、肉を引き裂き、その先の骨すらも、紅蓮の閃光が両断する。分かたれた頭部は、鮮血と共に空を舞い、泣き叫びながら地上へと消えていく。


「はぁ……はぁ……はぁ」


 息を整えながら両手に持った剣を見つめる。赤い輝きは失せ、ただの重たい両手剣と化したそれを持ち上げようとした瞬間、その刀身に亀裂が入り中ほどから切先までが見事に砕け散っていった。


「……それほどの力、という事ですか」


 ドラゴンの鎧のような鱗に打ち負けたわけではない。魔導機構の発動に伴う物質の劣化によるものだ。これが示すものはただ一つ。この新機構は危険すぎるという事だ。



 グオオオオォォォォォォ!!!──


「っ!──」


 空が震えた。大気を揺らすその衝撃のような咆哮が全身を瞬時に凍らせる。その咆哮の主が誰なのかは、考えるまでもなかった。敵軍後方、その最後尾に鎮座していた一際巨大な紅いドラゴンだ。大地を覆い隠すようにその翼を広げ今にも飛び立とうとしていた。


「閣下。撤退準備完了致しました。全軍直ちに大渓谷へ後退可能です」


 不意にかけられた声に驚きながらも振り返る。流星船に乗った直下の部下数名が待機していた。ふと地上を見下ろす。真下に映し出されたのは統率された黒の軍勢ではなく、濁った絵具のような群れが、流れるように東へ進んでいた。


「……潮時ですね」


 撤退までの時間は十分に稼ぐことができた。あとは地の利を活かして大渓谷に防衛網を構築すれば、平原に戦力を集中させる時間もこちらの思うがままにできる。


 一つ息を吐き、部下達に向き直る。


「全軍、直ちにガレオ大渓谷まで撤退。速度優先です。重たい荷物は捨てさせて下さい」

「は──」


 命令を受け、部下達はすぐさま飛び立っていく。それを見送り、再度紅い巨竜へと向き直ると、今まさに地上から飛び立っていく所だった。先程倒したドラゴンの何倍もの大きさであるにも関わらず空中へと飛翔していくその姿は、見るものが見れば美しいと賞賛しているかもしれない。だが私は、その姿を見て頬を緩ませていた。


「この戦争……私の勝ちです」


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