第一節 初戦


 桜華の候 三十四日目 ベルネ丘陵地帯、王国騎士団陣営後方上空



「もう始まってる──」


 盟竜の背から戦場を見下ろす。地面を覆い尽くす赤と黒の人の群れ。その境界、赤と黒の入り乱れている最前線では、土煙が舞い上がっている。


「っ……」


 空の上までは、彼等の戦いの声が届くはずはないのに、すぐ側で聞いているかのような錯覚に陥る。それだけでも、口を覆いたくなってしまう。


「──これが……戦場」


 この戦場に漂うが、途端に胸を苦しくする。防具の上から押しつけるように左手を重ねる。


「フレメリア卿、いかがする?」

「バリアントさん──」


 眼下に向けていた意識を、声の聞こえた方向へと向ける。その先には、赤銅色の棘のような鱗に身を包んだ竜に跨った屈強な竜騎士がいた。

 竜と同じ色の鎧に身を包み、大きな刃のついた槍を持っている。

 北の領地出身、ガレス・バリアント。私に最初に声をかけてきたあの竜騎士だ。


「一度、姫殿下の元へ降りた方が良いのではないか? 戦況の確認なら、空の上よりも殿下の元が確実だと思うが、如何か?──」


 彼が進言と同時に指さしている方向、その先には灼竜様の姿があった。であれば、あの場所が本陣ということだろう。姫殿下もきっとあの場所にいる。私達が正しく動くための指示をして下さるに違いない。


(でも、今じゃない──)


 今度は後方の竜騎士達へと視線を向ける。今、この戦場に辿り着いたのは二十騎の翼竜のみだ。出陣した時の半分以下だ。速度を優先して飛行していた為、竜使い達では追いつくことが出来なかった。そこで、力のある竜騎士のみで先行して今に至っている。


 この二十騎は言ってしまえば、翼竜部隊の精鋭の中の精鋭だ。彼等なら指示がなくても各自の判断で行動が出来るはずだ。


 視線を再び赤銅の竜騎士へと向ける。


「いいえ! 今は正確さよりも速さが必要です! 急いで前線の支援に向かいます」

「承知した──」


 私の返事に納得してくれたのか、すぐさま後に下がり、後方に指示を流しに向かった。それと入れ替わるように、別の竜騎士が接近してくる。


「フレメリア卿! 前方に影あり!──」

「え、前方……っ?!」


 弾かれるように前方へと目を向ける。私たちのいる上空その遥か向こう側には、無数の小さな影が浮いていた。


(鳥……? いや、違う──)


 鳥にしては影が大きい。渡り鳥だとしても、その飛び方は渡り鳥のそれとは掛け離れている。その飛び方が、私の心に波を立て始める。


「フレメリア卿! あれは人です! 人が空を浮いています!──」

「っ?! そんなの──」


 さっきの竜騎士が望遠鏡を覗きながら、声を荒らげて報告してくる。それを受け、私も望遠鏡を取り出して前方の影を視界に入れる。

 遠目からは小さな影だったそれは、黒い服を着た人の姿へと変わっていた。手には銃や剣を持って武装し、足元には板状のに乗っている帝国軍人達だった。


「そんな……」


 敵が空を飛んでいる。この事実が、私から言葉を奪い去り、ただ目の前の影を見つめる事しかできないでいた。

 敵の数は私達よりも多い。おおよそだが倍近い人数差がある。翼竜という私達の優位性も、早々に無くなってしまった。


(どうする……どうする──)


 目の前の敵は恐らく私達には気が付いている。それでも目立った動きは見せていない。こちらの出方を伺っているのだろう。

 相手は帝国軍人だ。戦慣れしているに違いない。下手に動けば返り討ちは必須だ。


「ククルゥ!──」


 独り、目の前の状況に対処する為に思考を巡らせている中、目の前から声がかけられる。私の盟竜ククルスが、振り向き鋭い眼差しを向けてくると同時に、心の中に彼女の感情が流れ込んでくる。


「ククルス……そうだね。私達、独りじゃないもんね……ありがと──」


 どうやら励ましてくれているようだ。その思いに応えるように首筋を撫でると、小さく鳴いて前を見据える。


「バリアントさん! 隊を二つに分けます。片方を率いて地上の援護を!──」


 その声に反応して、赤銅の翼竜が近づいてくる。


「良いのか?」

「はい! 上は私達が請け負います!」


 赤銅の竜騎士は少しばかり思案していたが、すぐさま表情を引き締め向き直る。


「承知した。下は任せてくれ。善き竜の加護があらんことを──」


 それだけ言い残して後方に下がり、半数の竜騎士を連れて高度を下げていく。

 それを見送って正面の敵へと視線を向けると、複数の敵の影も地上へと高度を下げていった。


 敵がどう動くのか不安ではあったが、敵の数は十二騎でこちらは十騎、このくらいならばなんとかなりそうだ。


「全騎、戦闘準備! 隊列を組み直せ!──今こそ竜騎士の力を見せつける時だ! 行くぞ!──」


 槍を掲げ、声を張り上げる。それに応えるように仲間達も声を張り上げる。

 眼前の敵目掛けて速度を上げる。頬を打つ風が強くなるにつれて、胸の鼓動も強くなっていく。これが初戦だと思うと、槍を握る手にも力が入っていく。


 敵の影も次第に大きくなり、人の形へと変わっていく。黒い服を着た帝国軍人、そのそれぞれが銃口をこちらに向けている。


(アレが……敵……っ──)


 正面の敵ともう時期ぶつかり合うという距離で、敵の先頭にいる一騎から赤黒い閃光がいきなり放たれた。

 それとほぼ同時に、息が出来なくなるほどの重圧が全身を襲う。ククルスがその閃光を回避する為に無理やり上昇したためだ。


「ぐ──っ! 何、今のは──?!」


 私達が先程までいた場所には、身体の底に響くような重音を唸らせながら、波打つ赤黒い閃光が伸びていた。その閃光は、後方にいた竜騎士二騎を捉え、一騎は竜の翼を、もう一騎は騎士がその閃光を浴びて、地上へと堕ちていくところだった。


「っ?! ミランダ!──」


 私はすぐさま、近くにいた竜騎士の名を叫ぶ。その声に反応した女竜騎士は、私を見て頷くと別の竜騎士へと視線を向けた。


「おい、そこの二人! 彼等を助ける、ついて来な!──」


 そしてそのまま三騎の竜騎士は墜ちた二騎を助ける為に急降下して行った。


「そんな──っ?!」


 こちらの都合などお構い無しというように、今度は無数の銃声が襲いかかる。いつの間にか上を取られ、鉛玉の雨が降り注いでくる。


「全騎散開! 動きを止めないで!──」


 その合図により、残った五騎の竜騎士達はそれぞれ空を舞い始める。


 圧倒的劣勢の状態で、翼竜騎士団の初陣となる空中戦の幕が切って落とされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る