王国編 第二章 初陣
幕間 懐かしい気配
桜華の候 三十四日目 ベルネ丘陵地帯、王国騎士団本陣
「再度伝令を走らせろ! 竜騎士達を先頭に敵陣形に穴を開け、そこから徐々に突き崩す。無為な突進はしないようにな!」
「仰せのままに!──」
指示を受けとった複数の兵士達が小型地竜に跨り前線へと走って行く。それと入れ替わるように別の伝令兵が私のもとまで駆け寄ってくる。
「報告いたします! 先陣を走る竜騎士により、敵防御陣の突破に成功。しかし本陣への進軍は難航しており、負傷者が多数出ております!」
「うむ……やはり決め手に欠けるか──」
所々で爆煙の立ち上る戦場へと目を向ける。地平の先では無数の兵士達が入り乱れての決死の戦いが繰り広げられていることだろう。
開戦以降、あの妙な塔は見受けられない。あの三基で打止めだったということだろう。そのお陰で、緩やかながらも攻勢に出られている。
全戦力の半数以上を占めている歩兵部隊は、戦い方もろくに知らない農民達がほとんどだ。その歩兵達の前に出て、盾となり時に矛をとなっているのが各領地の平穏を保っている竜騎士達。彼等の活躍により、順調に大渓谷へと近づくことができているが、こちらの被害も少なくない。
「ん? なんだ……赤い狼煙……?」
東に向けていた視界の右隅で、赤い煙が立ち上り始めた。不気味に揺らめきながら空へと登る赤煙は、嫌な予感を徐々に大きくさせていく。
目を逸らすことが出来ないまま、じっと見つめ続けていると、敵陣後方から雨のように赤黒い魔弾が降り注ぎ始め、爆発音が次第に大きくなっていく。
「な?! くそ──誰か、地竜を持ってきてくれ!」
それだけ言い放ち、近くに置いていた槍に手をかける。
『落ち着け、シルヴィアよ──』
手にかけた瞬間、重たくのしかかるような声が頭の中に響き渡る。それと同時に後ろに控えていた紅い竜がその大きな頭を寄せてきていた。
「しかし、アグニクスよ。このままでは……」
『今出たとしても、何も変わりはせん。儂もお前も、未だ万全の身ではないのだ』
彼の言う通り、私達の魔力は未だ完全には戻っていない。彼、灼竜皇アグニクスが消費する魔力量は他の竜達とは比べものにならない。一日二日、羽根を休めた程度では全快しない。
「しかし……」
紅き竜が私を諭すように語りかけてくる。周囲に控えている他の兵士達には、彼が唸っているようにしか聞こえていないだろう。
高い魔力を持つ人と竜が契約して、初めて可能となる竜との対話。この対話は、盟竜となった竜とだけ行うことができ、他のものは聞こえない。昔は多くの人と竜が互いに言葉を交わしていたが、今となっては王族と五皇竜のみとなってしまった。
だがその中で、歴代の国王の中で『王の血』と呼ばれる特別な力を宿した者は、全ての竜との対話ができ、この国を善き道へ導くと言い伝えられている。
だが、それを担うはずだった
「皇女殿下! 援軍です!」
「っ! 来てくれたか──」
その声に弾かれるように振り向き、西の空を仰ぐ。視線の先には雄々しく羽ばたく翼竜達の姿があった。その先頭を翔ぶ四翼の竜の姿を見た途端、心の中に渦巻いていた焦燥は消え失せ、安堵が広がり始めた。
『シルヴィアよ……』
「ん? どうしたアグニクス。彼女が来たなら、私が出る必要もないのは──」
『懐かしい気配を感じる──』
そう伝えてきた灼竜は、魔弾の豪雨のあった自軍右翼側を向くように、重たい首を持ち上げた。
「懐かしい?……」
灼竜の視線を追うように、地平の先へと視線を向ける。
彼をはじめとする五皇竜はみな長命だ。それ故にその体躯は他の竜と比べて遥かに大きく聡明で、その身に宿す力は別格だ。そんな彼の表す懐かしいが、一体どのようなものなのかは分からない。だがそれは、私の中に妙な感情を植え付けていた。
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