第五節 最前線

 桜華の候 三十四日目 ベルネ丘陵地帯、第一次防衛線左翼



「これ以上中に入れるな! 重機甲隊前進!──」


 現場指揮官の声が、銃声と咆哮の合間を縫って耳に届いてくる。それに応じて全身甲冑に大盾を持った兵士達が、隊列を組んで前線をあげようとしていた。


「あんなの無謀すぎる。竜相手にあれじゃあ──」


 ただの動く的にしかならない。そう思ったいた矢先、分厚い人の壁を一匹の竜がいとも容易く打ち砕いた。


 背中と頭部に分厚い竜鱗をいくつも重ねた甲鱗を持った四足の甲竜こうりゅうが、壁を打ち砕いたあとも暴れ回っている。その背中には乗り手はおらず、真っ赤に染まっていた。


「くそっ──銃兵構え! ドラゴンの動きを止めろ! 撃てぇ!──」


 すぐさま甲竜を銃兵達が取り囲み、鉛玉を浴びせ続けるが、竜の怒りを煽るだけで、彼の暴走は止まらない。


 左翼は既に戦列の維持も出来ていない状況だった。竜たちの突破力は抑えることができず、重機甲隊での防御陣はあっけなく突破され、空いた穴から敵歩兵が雪崩込むように押し寄せていた。


「このままじゃ──っ?!」


 戦場をなす術なく見回していた俺に、一人の兵士が真っ直ぐ突進してきていた。両手で槍を握りしめているが、そのぎこちなく固い動きから素人であるのがはっきりと分かる。


「やあぁぁぁぁぁ!──」


 刺突槍スピアを振り上げながら間合いを詰め、眼前で振り下ろしてくる。それを盾で受け止めるが、伝わってくるのは単純な槍の重さだけ、振り回しただけの単純な重さ、攻撃と呼ぶのもはばかられる一撃だった。


「な──まだ子供じゃないか!?」

「うるさい! 子供の何が悪い! 王国のために……俺だって!」


 目の前に現れた兵士の顔は若干の幼さが残っていた。十五は過ぎているとは思うが、二十と見るにはまだ若い、少年兵だった。


「武器を捨てろ! こんなところ……子供が来るところじゃ──」

「うるさいうるさい! 俺は自分で志願したんだ! お前らみたいな悪人ども……俺が倒してやる! だあぁぁ!──」


 自分を鼓舞するように叫びながら、引いた槍を引き絞り刺突を繰り出してくる。


「……くそ」


 点の攻撃を躱しながら懐へ飛び込む。帯刀していた軍刀サーベルを無理やり腰から外して、柄頭をみぞおちへと叩き込む。少年はくの字に曲がり、力なくその場に倒れ伏せる。


「くそ──」


 倒れた少年を見下ろしながら、吐き捨てる。


 ドラヴァニア王国の戦力の六割は歩兵部隊、その殆どは戦いも知らないような素人の寄せ集めだというのが、数度の戦闘によって明らかになった。俺達を苦しめているのは残り四割の竜騎兵達だ。


 竜騎兵たちの、その突破力は留まるところを知らない。人の数ではるかに勝る帝国軍だけでは太刀打ちできないのが実情だ。だが、幸いな事に彼等は歩兵達の進軍に合わせながら緩やかに攻め込んできているため、その破竹の突破力を活かしきれていない。

 だか、その竜騎兵への対処が十分にできないところに雪崩込まれては、素人といっても俺達を混乱させるには十分な役割を果たしていた。


「退避! 退避せよー!」

「っ?!──」


 後方から叫ぶような号令が耳に届いて振り返る。その先には背中に機材を背負った連絡技師が何かをこちら側に投げた直後だった。

 投げられたそれを視線で追う。それは敵味方交じる前線よりも手前で落ち、赤い煙を立ち上らせ始めた。


「な!? 制圧砲撃をするのか!?──」


 立ち上る赤煙は、後方に配置されている魔導砲からの集中砲火の的になる煙だ。程なくして魔弾の雨が降り注ぐ手順になっている。


 その煙を見た兵士達は、我先に後退していく。後方から銃での援護を受けながら、戦線は徐々に赤煙の場所まで下がって行く。


「くそ──」


 出遅れたことにより未だ前線に取り残されているが、まだかろうじて間に合うはずだ。急ぎ後退しようとするが、一歩踏み出した途端に次の足が出なくなってしまった。


(この子は……)


 足下で倒れる少年兵を見下ろしてしまう。このままここに倒れていては、魔弾の餌食なのは確実だ。だが避難なんてさせている時間はない。もとより俺達はなのだ。陣地まで送り届けることも、連れ帰ることも出来ない。


「グモォォォ!──」

「っな──」


 咆哮を聞いて我に返る。銃弾を浴びせられていた甲竜が、こちらに向かって突進してきていた。地面を叩きながらその勢いをさらに強めながら、距離を一気に詰めてくる。

 それとほぼ同時に、魔弾の雨が降り始めた。爆音で地面を抉りながら、その雨は次第に勢いを増していく。


「しま──」


 目の前には迫る竜、同時に周囲には魔弾の豪雨。完全に逃げ場を失った。焦る心を落ち着かせるまもなく、魔弾よりも早く甲竜がすぐ目の前まで迫っていた。


 甲竜はその頭部に備えた甲鱗で突進をするのかと思いきや、前足を上げ俺達に覆いかぶさった。押しつぶされるのかとも思ったが、覆い被さるだけでそれ以上動くことはなかった。


「な……お前、何を──」


 窮屈な姿勢のまま、甲竜の腹に手を触れる。




 ──生きて──




 激しく弾雨が降り注ぎ、爆音と衝撃が耳と肌を打ち続ける中で、頭の中に微かに響くような声が聞こえたような気がした。


 その直後、一際激しい衝撃に襲われて、視界が歪み頭の中が真っ白になった。



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