第四節 付き人と共に
「ヴァーリ様!──」
背中越しに、聞き慣れた声で再度名を呼ばれ振り返る。その先には、小気味よく靴底を鳴らし、ふわりと黒髪をなびかせながらこちらに近寄る女性軍人の姿があった。その手には小さな封筒が握られていた。
「フレイア! 帰ってたのか」
「はい、先程……ですが──」
俺の目の前までたどり着くと、彼女はその場で片膝をついて、深く腰を曲げてしまった。
「申し訳ありません。任務とはいえ、ヴァーリ様のお側を離れた挙句、危険な目にまで……貴方をお守りすると、お母様と……」
「大丈夫、この通り無事だから気にしないでくれ」
「……ですが」
「いいから」
彼女の言葉を途中で遮り、ゆっくりと立ち上がらせる。その表情からは、悔しさが滲み出ているのが分かる。
フレイア・リーゲン。母専属の使用人であったが、今は俺の側にいる。肩口で切りそろえられた黒い髪と藤色の瞳、女性としては高めの背丈と品のある立ち居振る舞い、そして軍では珍しい女性の軍人ということもあり、多くの視線を集めている。
そんな彼女の使命は、その命を賭して俺を護ることだ。
「ヴァーリ様、昨夜の件の事を詳しく聞かせていただいても?」
未だ表情の険しいフレイアがようやく口を開いた。その声音からは緊迫した色は既に抜けており、冷静さは取り戻しているらしい。
「ああ。分かった──」
昨夜の一個分隊での夜間偵察。その最中で不運にも遭遇した竜との戦闘になり、俺以外は全員戦死したという事。順を追って、思い出しながら説明する。
「それで……相手の
「手強い
その言葉を聞いたフレイアは小さくため息をこぼし、哀しそうな目で俺を見ていた。
「ヴァーリ様。何度も申し上げておりますが、貴方に何かあれば……私は、貴方のお母様に合わせる顔がありません。ですので、どうか──」
「……」
この先の言葉は、もう何度も聞かされた。自分の命を優先しろと、彼女はいつも哀しそうな目をしながら俺に言ってくる。
俺の戦い方に、彼女は納得していない。彼女からしてみれば、守らなければならない対象が、自ら危険な行為をしているのだから納得出来ないのは無理もない。
だがそれでも──
「なあ、お二人さん──」
二人して黙り込んでいたところに、マティスから声が掛けられた。視線を送れば、どこか不思議そうに俺達を見比べていた。
「まあ、今までも何度か思ってたんだけど……なんでお前達二人は、ドラゴンの事を
マティスのその質問は、単純に、なんの意図もない純粋な疑問であることは、彼の表情を見れば分かる。だがその問いに、俺は思わず息を飲んだ。
帝国の人達は、彼等のことを
今までも気をつけてはいた。だがそれでも、気が付かないところで気が抜けていたのかもしれない。彼は何度か、と言っていた。どうにも彼の緊張感の無い振る舞いに当てられていたのかもしれない。
「あ、えーと……」
思いがけない事に動揺してしまい、うまく言葉が出てこなくない。適当な返答をしてしまえば、彼の疑問をより深くしてしまうかもしれない。
答えを探すように視線をさまよわせていると、隣にいたフレイアが一歩前に出る。
「今ではドラゴンと呼ばれるのが主流となってますが、古い文献には竜と書かれています。私もヴァーリ様も、ここに来る前からドラゴンには興味がありましたので、そのせいでしょう」
「ほぉ、ドラゴンに興味あったのかヴァーリ……まさか呪われてたりとかしないよな? お前の運の悪さってそのせいなんじゃ……」
フレイアの説明に一応は納得してくれた様子を見せるマティスが、俺に視線を向けてくる。ただの冗談のつもりで言っているのだろうが、もし呪われているのだとすれば、正直洒落にならない問題だ。
だが、そこまで場違いな表現でもないのかもしれない。
「まさか……ただの偶然だろ。それよりフレイア、ずっとその手に持ってるその封筒って──」
これ以上、この話でつつかれるのは少し居心地が悪い。話の話題をそらすために、フレイアが持っている封筒を指差した。
「ああ、すっかり忘れていました。ヴァーリ様の次の配属だそうです。ご確認を──」
そう言って、手にしていた封筒を渡してくる。中身の感触も薄く、軽い。恐らく簡易書類の類だろう。開封して便箋を取り出す。
「どれどれ……っと、いよいよヴァーリも前線配備か──」
いつの間にか横から覗き込まれて、中身の結果を見たマティスは優しく俺の肩を叩く。
「なりふり構っていられないってことか……」
俺の事を煙たがっているはずの上の連中も、どうやらあとが無いらしい。死神呼ばわりして遠ざけておきながら、ここへ来て駒として使い捨てるつもりらしい。
俺の所属した隊は、ことごとく竜と遭遇して全滅していた。それ故に、俺は壊し屋と呼ばれる反面、死神とも呼ばれている。今までに二回、昨夜も含めれば三回目となるたった一人での帰還が、俺を死神と呼ばせている所以だ。そして四度目の配属先は、いつ死ぬかも分からない矢の雨と咆哮の渦巻く最前線だ。
「全く、上層部は何を考えて──」
フレイアが不満を漏らそうとしていた時、激しく叩かれる鐘の音が響き渡る。敵が防衛戦を越えて侵入してきたことを知らせる合図だ。
「ヴァーリ様……」
彼女は心配そうに俺を見つめる。今までとは状況が違う。次は無いかもしれない。だがそれでも──
「フレイア、付いて来てくれるか?──」
「無論です。何処まででも──」
俺の言葉にフレイアはすぐさま答える。その藤色の瞳から不安の色はかき消え、燃えるように揺らめいていた。
「帰ってこいよ。ヴァーリ」
工房の扉に手を掛けようとした時、後ろからマティスから声がかけられた。いつものような口調ではなく、その表情からも緊張感が伝わってくる。
「あぁ……行ってくる──」
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