第二節 壊し屋


 桜華の候 三十四日目 ベルネ丘陵地帯、西方方面軍駐屯地


「マティス。居るか?──」


 扉を開けるのと同時に目当ての人物の名前を呼ぶ。散らかった部屋を中へ中へと入っていくにつれ、部屋中に漂う機械油の匂いが鼻にまとわりついてくる。


「ん……? なんだ、ヴァーリか……今度は何壊したんだ? 剣か? 盾か?」


 ガラクタの山のの奥で横たわっていた小さな身体が起き上がる。寝癖のついた茶色い髪を無造作にかきあげながら、この魔導工房の主、マティス・リールが立ち上がる。


「……両方だよ」


 そう言って、昨夜使っていた円盾バックラー軍刀サーベルを差し出した。どちらも形は保っているが、盾はヒビ割れ、鞘は中身の刃ごと一部が砕けていた。


「こいつは……また派手にやってくれたじゃないか……」


 マティスはその二つを受け取ると、近くの作業台へと向かっていく。


「えーとコアは……粉々かよ……劣化具合もいつもより酷い……」


 一人呟きながら、作業場を小さな背中が忙しなく動いていた。こうなった彼にはもう誰の言葉も届かない。目の前の玩具に夢中になる姿は、大きな子供そのものだった。

 流れるように、一切の迷いのなく動いていた小さな背中がピタリと止まり、こちらへ振り返る。


「流石は悪名高いヴァーリだな。修復は不可能だ。てことで……ちょっと待ってな」


 それだけ言い残し、広い工房のさらに奥へと潜っていく。


「それにしても──」


 手持ち無沙汰になり、周囲を見渡す。周囲の壁には一面に、様々な武具がかけられている。きらびやかな細工のされた槍、身の丈程の長さの銃、巨大な盾。その全てに必ず、宝石のような球体が埋め込まれていた。これ程の数の武具、そのどれもが彼の作ったものだ。だが使い手が見つからず、こうして鑑賞用となっているらしい。


「すまん、待たせたな」


 しばらくして、闇の奥から、楕円型の盾と軍刀を抱えて帰ってきた。


「悪いヴァーリ。バックラーは無かった! 丁度いいから、この試作品使ってくれ」

「試作品って……おっとっ!」


 マティスから手渡された楕円盾カイトシールドは、見た目に反して軽かった。以前から使っていた円盾バックラーよりも大きいのに同程度の重量しか感じられない。


「……軽いだろ?」


 こちらの思っていることなんてお見通しだと言うような、不敵な笑みを浮かべてこちらに視線を向けていた。


「素材と基本構造も全て見直してある。軽くなった分、装甲は落ちてるから常に強化しておく必要があるけどな」

って、そんなもの俺が使ったら……」

「まぁまぁ、いいから使ってみなって、ほらほら──」


 俺の言葉を遮り、鏡の前まで背中を押される。


「壊れても知らねえぞ……物質強化スクード!」


 観念して、左腕に装備して起動させる。楕円盾カイトシールドを包み込むようにして青白い光が発光する。いつも通りなら、しばらくすれば盾の急速な劣化で亀裂が入り始めるはずだ。防御に使えば尚更それは早まってくる。


 ──のヴァーリ──


 それが、俺の二つある異名のうちの一つ。魔道機構を搭載した兵器を使うと、瞬く間に壊してしまう。原因は、俺の持つ魔力が異質なものであるらしく魔導機構が耐えられないらしい。そんな俺に目をつけたマティスは、俺を自分の兵器開発の実験体として使う為、このような最前線まで付いてきている。


「おーい。ヴァーリ?」

「何だよ、もうすぐ壊れるから黙って……っておい?!──」


 振り向けば、マティスが高く掲げた鉄鎚ハンマーを俺目掛けて振り下ろしていた。その鉄塊を、反射的に盾で防ぐ。部屋中に鈍い音が響き渡っていく。


「何やってるんだよお前! 気付いてなかったら今頃──」

「よーし! これくらいなら耐えられそうだな。あとは対ドラゴン戦でどこまでできるかだけど……」


 俺の抗議はものともせず、マティスは手にしていた鉄槌はすぐさま投げ捨て、盾を凝視しながらブツブツと呟いていた。その視線の先にある楕円盾カイトシールドは、無傷のまま俺の左腕で淡く発光している。

 いつもなら粉々になっていてもおかしくはない。むしろなっていないとおかしいほどだ。今目の前で起きている事が信じられず、口から言葉が出てこない。


「俺が誰だか忘れてるだろ、お前。俺はマティス。特一級魔導技師エンチャンターマティス・リール。国宝級超天才マティス様だぞ。ほら思い出せ」


 そう言いながら、左腕の盾の状態を小槌で叩きながら音の差異が無いかを入念に確かめている。


「そうだな……お前が常識の通じない超変人だってこと、うっかり忘れてたよ」


 この言葉には返事は返ってこない。もう目の前の盾にご執心だ。


 彼が天才魔導技師エンチャンターである事は間違いない。マティスの台頭により、軍の兵器開発は十年早まったと言われたほど、その腕は本物だ。だがそれと同時に、彼は変人だ。一般の常識が脳から欠落している。そのせいで帝都の研究機関から締め出されたなんて噂も流れている。


「それにしても……どうやって動いてるんだこれ……」


 呟きながら、未だに青白い光を帯びる盾を眺める。この魔導兵器に関して俺の知っていることは、音声起動ができることくらいだ。俺自身の魔導機工学の知識は浅い。詳しい事は知らないまま使っている。


「ん? 何だ? ようやく興味が湧いてきたのか? そうだなそうなんだな!──」


 盾を凝視していたマティスの視線がこちらに向けられる。輝くように煌めく灰色の瞳が、俺をとらえて次第に近くなってくる。


「ち、近い近い──」

「よし分かった教えてやろう知恵浅き者よ。特別講義だ! 心して聞くがいい──」


 顔をしかめる俺にはもう興味はなく、踊るように俺から離れながら手近な作業台の上に腰掛ける。マティスは俺の方を向くように態勢を整えて大げさに両手を広げてみせる。


「ヴァーリ・クライスベル曹長。今から君に、魔導機工学の真髄を教えてやろう」

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