第一節 月下の死神
桜華の候 三十三日目 ベルネ丘陵地帯
鋭い刃の斬撃が、頭上から襲いかかる。
「くそっ──」
疲労の溜まった身体に鞭を打ち、横に飛び退き回避する。だが、着地した直後、側面から鋭くしなる尾が、鞭のように空を裂きながら迫ってくる。
「っ?! ぐっ──」
これを咄嗟に、左手に装備した
「……くっ……何っ?!」
突如、無警戒だった脚を払われて身体が宙に浮く。そこへ再び鞭のような尾が襲いかかる。盾で防ぐが、空中から地面に叩きつけられる。
間髪入れずに、三度目の銀閃が降りそそぐ。身体を捻り、地面を転がりながら回避して体勢を立て直す。
「はぁ……はぁ……はぁ」
月に照らされうっすらと輝く十字の穂先と板金の鎧。十字の長槍を持った騎士が、竜に跨りこちらを見下ろしている。大地を捉える強靭な四肢、全身を包む紅い竜鱗、鋭い牙を剥き出した口からは時折火の粉がチラついている。射殺すような鋭い双眸で俺の動きを観察しながら、しなやかに伸びた長い尾で周囲を取り囲んでいる。
完全に
周囲に漂う焼け焦げた匂いに顔をしかめながら、
圧倒的な劣勢。数的不利に加えて、上を抑えられている。防御に専念しなければ、瞬く間に屍となるだろう。
「……解せんな」
竜に跨った騎士が、見おろしながら吐き捨てる。
騎乗している竜はさほど大きくない。せいぜい目線は馬と同じだ。だが、騎士はその手に槍しか持っていない。鞍はあっても
(──これが竜騎士の力か)
「なぜその剣を抜かない。抜かなくとも我らに勝てると思っているのか?」
やや怒気の込められた声が放たれる。俺の右手には、鞘のついたままの
「……」
「答える気は無い、か……ならば、これで終わりにしてやろう!」
その言葉を合図に、騎竜の顔の前に紅く輝く円陣が現れる。俺を含めた総勢十名の一個分隊を瞬く間に壊滅させた魔法を、今まさに放とうとしている。
「……っ!」
迷わず大地を蹴り、竜に向かって突撃する。撃たれれば終わる。回避はほぼ不可能だ。できるとすれば、放たれる前に懐に入るしか方法は無い。紅い円陣が徐々に光を増していく。
「焼き尽くせ!──」
円陣が一際強く輝きを放ち、真紅の炎弾を作り出した。竜が口を開き、こちらに向けてくる。
「──
短く叫びながら円盾を前に突き出す。発した声に反応する様に青白い光を帯びていく。その直後、炎弾が放たれて盾と衝突し爆炎を撒き散らした。
腕ごと吹き飛ばされたかと思うほどの衝撃に絶えながら、爆煙の中を突き進む。
「……何?!」
煙を抜けると、竜の懐まで数歩という距離だった。仕留めたと思っていた相手が生きていた事に驚くような声が耳に届く。
「──
檄を飛ばすように叫び、突撃速度を上げる。懐に飛び込み竜の脚を払う。
「……なんだと?!」
「はあああ!──」
体制の崩れた竜から滑り落ちそうになる騎士の後頭部目掛けて、発光している鞘ごと
「シャアアアア!」
「──っ!」
息を整える暇もなく、起き上がった竜の鋭牙が、眼前まで迫っていた。だが、その牙は俺を喰いちぎることはなく寸前で止まり、徐々に後退していく。
「シュルルル」
竜は、先程までの攻撃的な気配から一変し、牙を収めて脚を折り、頭を垂らしていた。動く気配の無い竜騎士を避け、竜に近づく。
「悪かったな。お前の友達殴ちまって」
そう言いながら、頭を撫でるように触れる。それでも、竜は動くことはない。
「早くここから離れた方がいい。もうすぐ援軍が来る」
「シュルル」
竜は静かに鳴いて立ち上がる。その背中に、倒れた竜騎士を担がせる。竜は一度だけ振り返るが、すぐさま西の闇へと姿を消していった。
姿が闇に溶け込むまでその影を見送っていると、持っている盾と軍刀から硝子が割れたような破砕音が聞こえてくる。
「……やれやれ。またか」
深々とため息を漏らしていると、軽快に地面を鳴らす音が近づいてくる。
「くそ、遅かったか。おい! 誰か生存者は!──」
振り返ると、馬に乗った味方の兵が辺りを見回していた。俺の姿は見えていないらしい。
「ここに居ます」
「っ?! お前は……」
俺の声に反応して、ゆっくりと蹄の音とともに近づいてくる兵が俺を一瞥した。
「またお前だけか……死神──」
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