帝国編 第一章 魔導帝国

幕間 進まぬ軍議


 桜華おうかの候 三十二日目 帝都バール


 白い煙の充満した一室。縦に長い大きな卓の上に無造作にまかれた紙の群れ。それらを眉間にシワを寄せながら見つめる帝国の重鎮たち。


 彼等は激しく意見をぶつけ合っていた。


「また敗走だと!? 西の奴らは何をしている……もっと兵は回せないのか!!」

「これ以上増やせば、レグリア公国との戦線に影響が出てしまう。この均衡が崩れるのは望ましくない」


 軍服の胸にいくつもの勲章ぶら下げたふくよかな男が怒気を放つ。それに、白髪混じりのやつれた男が答える。


「それよりも軍備の拡充じゃ! 工房へもっと資金を回してくれ!」

「何度言えばわかる! 兵站の確保が先だ! これだから技術者は……」


 やせ細ったメガネの老人に、眼帯をした屈強な将校が呆れたように一蹴する。


「それよりも……いつになったらアズマの国を落とせるのだ! あんな小国、国ごと燃やし尽くしてしまえばよかろう!」

「あ、あそこは未だ手付かずの資源が豊富に埋蔵されている可能性が高いのです。でで、できればそのまま……」

「それにアズマの戦士たちは皆、一騎当千の者達ばかりです。その上、国そのものが天然の要塞、攻略は非常に困難です」


 ふくよかな男の怒声に、萎縮した資産家の男と眼帯の将校が答える。


「であれば、帝都に残っておる七剣刃セブンス・ソードを西へ派遣すれば──」

「馬鹿か貴様っ!? それでは帝都の守りはどうするのだ!」

「西側が敗れれば同じ事じゃろう! その胸の勲章は飾りか!?」


 一触即発のといった空気だが、これが今のこの国の現状だ。大陸一の振興大国であるギルバース帝国はさらなる発展の為の領土拡張を目的とした、近隣諸国との多方面戦線を抱えている。

 他の国を圧倒する軍事力を持っているものの、杜撰ずさんな侵攻計画ばかりな為に、その力を十分に発揮しきれていない。この現状で、もしどこか一つでも崩壊したとするなら、国ごと傾きかねない。それを回避するための軍議も、代わり映えのない光景が数年続いている。


「何故、こんな時に宣戦布告など、このようなもの……王位争いの隠蔽の為に、我らに濡れ衣を着せたに決まっている……」


 眼帯の将校が、ため息混じりに吐き捨てた。


 そして今年に入って、ドラヴァニア王国の唐突な宣戦布告。これに十分に対処できるほどの戦力は、既に帝都には存在していない。このままいけば季節が一巡りする前に、帝都まで侵攻される可能性は高い。


「皆さん、どうか落ち着いて下さい」


 この一言で、部屋中の視線が私に集まる。


「予断を許さない戦況ではありますが、策はあります」


 この場にいる全員を見渡しながら、冷静な口調で投げかける。するとふくよかな男が身を乗り出すように卓の上に肘を乗せる。


「アーサー・オービット……貴様、新参のくせに生意気な態度を取りおって、そもそもだ! 貴様のような優男が七剣刃セブンス・ソードの序列一位だというのが気に入らんのだ! いったいどんな手品を──」

「失礼します」


 男の怒声を、勢いよく開け放たれる扉の音と涼しげな若い女性の声が遮った。その女性は、白煙を切り裂きながら私の横へと到着し敬礼した。


。北方方面亜人族討伐作戦より、先行して帰還いたしました」


 その言葉を聞き、全員が驚きの声をあげる。


「まさか……例の『千人斬りサウザンド』か?! この女が、七剣刃セブンス・ソード、序列二位……」


 サウザンドというのは彼女の戦績からきた通り名だ。眼帯の将校がそれを口にした瞬間。ふくよかな男が立ち上がる。


「ちょっと待て! 北方方面だと? その知らせが届いたのは五日前だ。ここから北方戦線までは馬を昼夜走らせても十日以上はかかる。いったいどうやって……」


 男は理解できないといった表情でこちらを見つめている。だが、今は丁寧に説明するのは億劫だ。一瞥し、横に控える彼女に視線を向ける。


「おかえり、大佐。早速で悪いんだけど、再出撃はいつ頃可能かな?」

「半日もあれば可能です。次の作戦でしょうか?」


 幼さの残る顔、黄金の長髪、まるで人形のような容姿を一つも動かすことなく、彼女は淡々と答える。


「うん。君に西方方面軍総司令官として、ドラヴァニア王国の侵攻を阻止してほしい」

「了解致しました」

「ま、待て! ふざけるのもいい加減にしないか!」


 ふくよかな男の怒声が割り込んでくる。見れば、肩が激しく上下している。相当頭にきているが目に見えて明らかだった。


「大佐如きが方面軍総司令だと? その上こんな小娘に……こんな話聞いたことが無いわ! それに、一体どうやって帰って来たのかと聞いているのだ! 答えろ、アーサー・オービット!」


 矢継ぎ早に怒声が飛んでくる。どうしようもなく納得できないらしい。結局説明するしかないのかと、諦め混じりのため息をもらす。


「では、皇帝陛下直属である、我々七剣刃セブンス・ソードに与えられた特権を行使し、彼女を准将へ一階級特進、正式に西方方面軍総司令官に任命します。そして、なぜ彼女がこんなにも早く帰還が出来たのかといえば……」


 重鎮達は前のめりになりながら、耳を傾けている。その光景は、あまりにも滑稽だった。


「……ですよ」

「新兵器だと……?!」


 ふくよかな男は納得のいかないような表情を浮かべている。どうやら想像出来ていないようだ。


「我々が開発したのは、なにも絶竜障壁だけではありません。優秀な魔導技師達と共に、様々な兵器の開発研究に取り組んでいます」


 魔導機工学まどうきこうがく。これが、私達ギルバース帝国の誇る最大の武器。この技術を用いた兵器の威力は絶大だ。だが、それを持ってしてもドラゴンには遠く及ばない。だが、技術は日々進化する。驚くべき速さで──


「皆さん、どうぞご期待下さい。今後西から届く知らせは、皆さんを酔わせる勝利の美酒となるでしょう」

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