第八節 東へ



 桜華の候 二十日目 王都ドラクル


「うわぁ……」


 まだ朝日も登らぬ早朝の竜の庭。目の前には、今まで見たことのない数の翼竜が整列していた。鋭い牙の生えた竜、とぐろを巻くほどに尾の長い竜、身の丈以上に長い一対の翼を持った竜、そして、その傍らに控える竜騎士と竜使いたち。


 まさしく壮観──


 だが彼らの表情は硬かった。不安の色が、手に取るように分かる。無理もない。作物や家畜を守る為に、害獣達と戦うことはあっても、人と戦うなんてことは、誰も経験のないことなのだから。


 もう時期日が昇る。それと同時に出陣する事になっている。だが、このままでは向こうに着いてもきっと何もできないままだ。シルヴィア皇女に任された以上、私には彼らを導く責任がある。


「……私は!」


 兵士達に届くように声を張り上げる。ざわついていた庭は一気に静まり返り、身のすくむほどの視線が突き刺さる。


「私は……怖いです。この槍で、誰かを貫くのかと思うと……震えが止まりません。怖くて怖くて堪らない」


 想像しただけで槍を持つ手が震えてくる。それを押し込めるように、自分の腕を抱きしめる。


「だけどそれ以上に……この国の誰かが傷付くのは、大切な人が居なくなるのは耐えられない」


 きっと、皇女は戦っている。国境警備の衛兵や、東の領地の騎士達とともに。王族としての誇りをかけて、槍を振るっているはずだ。


「だから、私は戦います! もう……誰も失いたくないから!」


 私に期待を寄せてくれた人が、背中を預けてくれた人が東の空の向こうで私を待っている。今すぐにでも飛び立ちたい。だが、私一人の力なんてたかが知れている。あの人が、あの人達が護ろうとしていたものは、私一人の力では到底足りはしない。


「どうかお願いします! 大切な人を守る為に、愛すべきこの国を護る為に、私に……力を貸して下さい!」


 思いの全てを吐き出し、頭を下げる。


 私には何も無い。権力ちからも、実力ちからも。偶然と幸運だけでここに立っているようなものだ。だから、私にはこうすることしかできない。


 周囲を包み込む静寂。ちっぽけな人間の頼みでは、これが限界だ。


「わ、われ……、いにしえの盟約に従い、汝と契りを交わすものなり!」

「……え」


 遠くから声が聞こえた。うわずりながら放たれたその声は、隊列の後方にいた若い使の青年だった。彼の放ったその言葉は、竜と盟約を交わす時に使う契約のうただ。


「汝が我を認め、その身その生命を預けるならば、我が身に宿る奔流を、汝の糧とし与えよう」


 今度は別の、女の竜騎士が詩の続きを歌い上げる。


「汝が力は我と共に、が魂は汝と共に、この身に写る誓いの印を、の契りの証とせん」


 渋い声音の竜使いが続きを歌う。だが、一文を変えていた。そして、再度私に視線が集まる。


「みんな……」


 この詩の意味することは一つ。私達は共にあるということ。どんな時であっても、私達は共に歩み続ける。その生命が尽きるその日まで──

 最後の詩を、みんなが待っている。私の言葉を、促している。


 顔を上げる。こみ上げる感情を抑え、声が震えぬように気持ちを落ち着かせる。息を吸い、声を張り上げる。


「今ここに! 我らの盟約は成された! 今より我らは一心同体、如何なる苦難も共にしよう──」


 最後に深く息を吸い、身の丈以上に伸びた突撃槍を、力の限り振り上げる。


「死がわかつまで!──」


 最後の言葉のあと、竜と騎士達が雄叫びを共鳴させる。天高く響かせ、国中に届くせるように強く、高らかに吼える。


 身体の震えが止まらない。心の底から熱くなってくる。想いは、ここにいる皆が同じだった。


「さぁ、参りましょう。フレメリア卿」

「……はい!」


 最前列にいた屈強な竜騎士が私に出陣を促した。明らかに私よりも力のある竜騎士だ。側に控える竜の勇ましさは、他と比べ物にならない。


「全員騎乗! 急ぎ殿下の元へと向かうぞ! 目指すは渓谷の向こう側、クライスベル平原!」


 声を張り上げながら、ククルスの背に跨る。周囲を翡翠の輝きが舞い踊る。


「……出陣!──」


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