第七節 愛すべき人のために
「王妃様……」
空が淡く朱色に染まり始める中、二人の墓前に膝をつく。生暖かい風が首を舐めるようにすり抜け、私の不安を煽っていく。
もうじき争いが起こる。二人の命を奪った私達の、王国の
「ユリウス様……」
でも、私は不安で仕方がない。
渓谷越えの機動部隊の中核はシルヴィア皇女だ。その
「私は……どうすれば、良かったんでしょうか……」
この国を守る為とはいえ、自らの意思で武器を手にする事に、納得出来ない自分がいた。
私もこの国が好きだ。あの二人が愛した国が好きだ。私も護りたい。あの二人ならきっとそうする。
でも──
もっと別の方法があるんじゃないかと、誰も血を流さずに済む方法が、あの場で言うべきではなかったのかと、出口の無い迷路をさまよっている自分が問い掛けてくる。
結局のところ、私は怖いのだ。自分の手を血で染めることも、誰かを紅く染めることも──
「ここに居たのか──」
「……姫殿下……」
振り返ればそこには、皇女が立っていた。ユリウス皇子と血の繋がった姉、第一皇女シルヴィア・オルバ・ドラヴァニア。
風に撫でられる艶やかな赤紫の髪、曇りのない空色の瞳を備えた美しい容姿、剣のように鋭く、気品と勇ましさを感じさせる振る舞いからは王族としての誇りを感じさせる。民からの信頼も厚く、老若男女問わず人気のある皇女だ。
「先程は、申し訳ありませんでした。私の身勝手な行いで、私を
立ち上がり、深々と頭を下げる。
きっと、機転を利かせてくれたのだ。私があの場にいられるように、ユリウス様の婚約者であった事はあの場にいた人間なら知っていてもおかしくはない。ならば、その姉である皇女の側近ということにしておけば、あの場は丸く収まる。無論、分不相応な事には変わりは無い。
「頭を上げなさい、ソニア。お前を私の守護騎士にする事は、前々から考えていた事だ」
「え──」
その言葉に惹かれるように顔を上げた。その先には、鋭さなど微塵も感じない、優しく微笑む皇女の姿があった。
「こんな事になっていなければ、ちゃんとした受勲式をしてやりたかったのだがな……」
そう言いながら、申し訳ないような表情でうっすらと笑う。
「そんな、もったいないお言葉です……」
真っ直ぐに向けられる空色は、私には眩しく写ってしまう。せっかく上げた顔も、下へ下へと下がってしまう。
「あぁ、そうだな。本当にもったいない」
「え?」
再び顔を上げれば、今度は怪しい笑みを浮かべていた。良からぬ事でも考えていそうな表情、こんな顔をする皇女は初めて見る。
「こんなにも美しくうら若い乙女が、そのような顔をしていては折角の美人が台無しだぞ?」
「で、殿下……?」
悪びれた表情はそのまま、だがどこか楽しげにも見える皇女は、わざとらしく腰に手を当てて目を細めた。
「南は美人が多い。お前のその銀色の髪も、翡翠の瞳も……一目見れば、男は放ってはおかんだろうな」
「殿下? いったい何の話をなさっているのです……?」
「ソニア──」
皇女は真剣な眼差しを私に向けた。今までの楽しげな雰囲気はどこかに消え去っていた。
「今もこうして、ユーリの事を想ってくれているのは、姉としてとても嬉しい。だがな、ソニア。私は、お前自身の幸せも考えて欲しいと、そうも思っている」
「姫殿下……」
真剣で、どこか寂しげなその声は、私の心を優しく包み込んでいく。暖かな感情が声を通して伝わってくる。
私は、恵まれている。
私に夢をくれた人達がいる。それは、ただひたすら田舎で生涯を終えると思っていた私に、煌めく未来をくれた。
私を案じてくれる人がいる。今目の前に、私の心配をしてくれている人がいる。国と、国民を導く役目を負った人が、私個人を見つめてくれている。
私は、幸せ者だ──
「姫殿下。お心遣い感謝致します。ですが──」
一度言葉を切る。深呼吸して、真っ直ぐに皇女を見つめる。
「ですが私の未来は、竜と契約した時に決まっています。例えユリウス様が居られなくとも、私の想いは変わりません。愛すべきこの国のために、私は槍を捧げます」
「……そうか」
皇女は息を吐いて、緋色に染まった空を仰いだ。
「私は、良い
皇女は心を落ち着けるように、ゆっくりと息を吐いて空色の瞳を私に向ける。
「では、我が
「はい。殿下のご期待に、見事答えてご覧に入れましょう」
皇女は目を見開いていたが、直ぐに凛々しい顔立ちに変わり、小さく笑みを浮かべながら踵を返した。
「では東で待っているぞ。フレメリア卿──」
翌日、皇女は日の出と共に東の空へと舞い上がっていった。
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