第三節 愛する者へ
桜華の候 七日目 王都ドラクル
「こんにちは、王妃様。ユリウス皇子」
狩りから戻る頃には太陽も傾き、王都も茜色に包まれ始めていた。朱に染まる王城の敷地に設けられた、ある王族の眠る墓標の前に膝をつく。
【ソフィア・オルバ・ドラヴァニア】
ドラヴァニア王国第二王妃。白肌に緋色の髪を持った優しさを体現しているようなお方だった。王族に連なる血筋でないにも関わらず、五皇竜の一角と契約を果たした私の憧れの女性だ。
そして、此処にはもう一人眠っている。まだ幼い間にこの世を去ったソフィア王妃のご子息だ。
【ユリウス・オルバ・ドラヴァニア】
ドラヴァニア王国第三皇子。『王の血』という特別な力を受け継ぎ、王位継承権第一位だった私の婚約者。
もう十年前になる。ユリウス皇子が病に伏せ、その療養の為に王妃様と滞在していた、人里離れた別荘地で山火事が起こった。山一つ燃やし尽くしたその大火に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまった。
私はこの二人のおかげで、ククルスと契約できたようなものだ。特別才能があった訳でもない南田舎の領主の娘の私が、単に歳が近いという理由で王都へと連れていかれた。もしこの時、皇子と王妃、そして王妃の竜に出会っていなければ、私は此処にはいなかっただろう。
「今日は、双子達と狩りに出たんですよ。咆竜様にもお会いしました。怒られましたけど……」
今日の出来事を二人に話す。生命の危機を感じはしたが、持って帰れば良い土産話だ。街の子供たちなら、目を輝かせながら聞いてくれることだろう。
「あ! それと、この花……お二人の髪の色によく似ていたので──」
帰り際に見つけたあの紅い花を、そっと墓前に添える。二人の緋色の髪は、まるで夕陽そのものを映したように鮮やかだったのを今も鮮明に覚えている。
「今年もどうか、私達に善き竜の加護をお与え下さい──」
両手を組んで額に当てながら瞳を閉じて、豊穣と平穏を彼方へと祈る。厳しい寒さを凌ぎ、雪が溶け花が咲き、実り溢れる季節には必ずこうしてここで祈りを捧げている。
ドラヴァニア王国の興りは遥か昔、強大な力を持った二匹の竜の対立に手を貸したところから始まったとされている。
人を
この二匹の争いを終わらせるべく、人は白い竜に加勢し黒い竜を深い谷の底へと封じる事で平穏を取り戻した。その後、人と竜は大陸を巡り一つの大国を創った。これが人と竜の住まう国、ドラヴァニア王国。
この時、最初に竜へ歩み寄ったのがドラヴァニア王家の祖先と言われているのは、この国の人間なら子供でも知っている有名な昔話。
「また……来ますね──」
目を開ければ、陽も随分と傾いていた。身体にあたる風に身を震わせながら立ち上がり帰路につく。その道中でふと見上げた、闇色に染まる王城は何故かいつもよりも静まり返っているような気がした。
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