第四節 宣誓
桜華の候 十日目 王都ドラクル
「今年の宣誓式も賑やかですね〜」
ひしめく人の群れを見回しながら呟く。毎年恒例、豊穣と平穏を祈る国王陛下の宣誓式だ。新しい季節の始まりを祝う意味も含まれているため、城下街はお祭りのような賑わいを見せている。
この式典が終われば、王族も城下の祭りへと足を運ぶことになっている。その為、王家の人間を一目観ようと国中から人が集まり、未だ式が始まる時間ではないにもかかわらず、王城へと繋がる道は人で塞がり、私たちのいる城前のこの広間も人で溢れていた。
「ほら、真面目にしないかソニア。俺達が浮かれていては格好が悪い」
「はい。申し訳ありません」
緩んでいた気を引き締め、姿勢を正す。近衛の正装に身を包み、儀礼用の突撃槍を携えて広間から一段上がった壇上にある来賓席の後方に控えている。
「うおー! 竜だー!」
「すごーい! おっきー!」
直立して式典の装飾の一部になろうとしていた矢先、無邪気な声が聞こえてくる。その声の主を探していると、壇上に手をかけて頭をちょこんと出していた二人の子供がよじ登り、こちらに駆け寄ってくる。
お目当ては、私たちの後ろに控えているククルスだ。輝きを放つ小さな瞳が、ククルスを見つめている。
「た、隊長……?」
ちらりと盗み見るようにして隣に立つ壮年の男子、バーレット近衛隊長に指示を仰ぐ。眉間にシワを寄せていたがほどなくしてため息をつく。
「仕方ない。まだ少し時間はある、相手をしてやれソニア」
「はい! 了解であります!」
子供たちと目線を合わせるようにしゃがみこむ。竜たちに向けられていた視線は私に集中する。
「ねぇねぇ! この竜はなんて名前なの!」
「おねえちゃんは! りゅうつかいなの?」
二人から矢継ぎ早に投げかけられる質問に少し慌てながらも、興奮気味な子供たちを落ち着かせながら答えていく。
「この子の名前は、ククルスって言うの。それでね、私は竜使いじゃなくて、竜騎士なのよ。この子は私の盟竜で──」
「すごーい! 竜騎士様なの?! じゃあ貴族様だ!」
私の言葉の途中で、さらに瞳の輝きが増す。落ち着かせるどころか、返って元気にさせてしまった。
「あっちのおじさんも、りゅうきしさまなの??」
「お……おじ?!」
一人の子供が隊長を指差す。見た目は若々しく見える隊長も少々面食らっているようだ。早々言われることのない言葉ではある。隊長の反応がついつい面白くて、頬が少し緩んでしまう。
「そうだよ〜。私よりもずーと凄い竜騎士のおじさんなんだよ!」
「えぇ〜みえなーい!」
「ぐ……」
私たち竜騎士は、竜との契約により年齢よりも見た目は若い。恐らく竜の長命な生命力の源となる魔力が影響していると考えられている。その為、竜騎士で構成されている近衛隊や、王族の人間は、歳不相応な若さの外見を持ち合わせている。
「ククルルゥ──」
子供たちの隊長への追及が始まる前に、ククルスが頭を近づけて助け舟を出してきた。一瞬の間に、子供たちの興味は、隊長からククルスへと移り変わる。だが、間近に迫る本物の竜の顔に興奮を通り越して、緊張しているようだ。固まったように動かなくなってしまう。思っていたよりも怖かったのかもしれない。
ククルスの頭を優しく撫でて見せながら、子供たちへと声をかける。
「大丈夫だよ。この子は優しいから。ほら、触ってみて──」
そう言いながら一人の子供の手を取って、鼻の頭まで導いていく。それに続いて、もう一人も手を伸ばした。
「うわー! ツルツルしてるー!」
「あったかーい!」
さっきまでの緊張が嘘であったかのように解れ、感触を楽しむように撫でている。ククルスは目を閉じて、人形のようにじっとしている。流石は母親なだけはある。子供の相手ならお手の物だ。
ククルスの首を撫でていると、服の裾を引っ張られる。
「ねぇお姉ちゃん! 皇竜様はいつ見れるの?」
「皇竜様を見に来たの? お祭りは今年が初めて?」
「うん! 去年は見れたって父さんが言ってたから連れてきてもらったんだ!」
子供は元気よく答えて、私の答えを待っている。たが、こればかりは私にもわからない。
この宣誓式では、国王陛下の宣誓の合図とともに五皇竜の一角、陛下の盟竜である紫竜皇アルバルクが姿を見せてくれていた。だが、四年前から姿を見せることはなかった。陛下もお歳を召している。自身の魔力も減少しているのだろう。そんな中で、去年は灼竜様が姿を現した。だが今年も来てくれるとは限らない。
「心配はいらないだろう。シルヴィア姫殿下がなんとかしてくれるはずだ。だからいい子にして待っていなさい──」
バーレット隊長がそう言いながらしゃがみこんで、子供たちの頭を優しく撫でる。その視線は子供達から壇上の向こう側へと向けられた。その視線の先には、慌てふためく若い夫婦の姿があった。
あの夫婦を見る限り、恐らくこの子達は迷子だったのだろう。必死に探して、ようやく見つけたと思えば、とんでもない所にいるのだ。どうして良いのか分からなくなっているのだろう。
「あ、父さん!」
「ママだー!」
そのまま子供たちは、夫婦のもとへと駆け出していった。
「灼竜様、来てくださいますかね?」
「さぁな。シルヴィア様次第だな……ほら、時間だぞ──」
そう言った隊長は城の方を見ている。その先には各地の領主、その後ろからは、煌びやかな装飾を施した白亜の礼装を身にまとった皇子達が続いていた。
だがその中に、国王の姿は見当たらなかった。
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