王国編 第一章 竜の住まう国

第一節 竜を駆る者


 桜華おうかの候 七日目 王都ドラクル


「はぁ……はぁ」


 まだ朝靄あさもやに包まれた、寒さの残る早朝。背には弓、腰に短剣を携えてある場所へと早足に向かう。

 寒さの厳しい季節も終わり、も動き始める頃だ。きっと双子はお腹を空かせているに違いない。


 次第に高鳴る鼓動とともに、駆ける速度も増していく。


「……よっと!」


 霧の中から現れた木の柵を軽やかに飛び越え【竜の庭】へと足を踏み入れる。この先は広い平原となっているのだが、未だに晴れない霧のためにその全貌を見ることは出来ない。


「すぅ──はぁ」


 息を整えながら、彼女達を待つ。


 そう、探しに行く必要は無い。視界が閉ざされていても、彼女なら私を探し出せる。同様に私自身も、近くに来れば彼女の存在を感知できる。


「……きた」


 その後しばらくして、目の前の霧をかき分けながら一匹の竜が舞い降りる。


「久しぶり! ククルス」


 久しぶりの再会に喜び両の手を広げると、ククルスは鼻を鳴らしながら頭をすり寄せてくる。それを胸で優しく受け止め、抱きしめる。


 しなやかな灰色の竜鱗、二対四翼の細身の翼。首から尾の先、四足の脚の先まで流れるような曲線美を持つ肢体。そして宝石のように煌めく翡翠の瞳。


 私の盟竜、風竜ククルス──


 七年前に私が契約を果たした翼竜。未だ竜としては若い彼女だが、その振る舞いからは知性を感じさせる。年月を重ねれば、きっと偉大な竜達と肩を並べる程に成長するだろうと期待されている。私の自慢の親友だ。


 王国の民は十五歳になると、竜と契約することが許される。だが、国民全員が竜と契約できるわけではない。

 その身に多くの魔力を宿し、その魔力を操る素質を持っていなくてはならない。仮に契約できたとしても、魔力を操る術を知らなければ、竜に魔力を吸われ過ぎて生命を落としてしまうことになるからだ。

 竜と契約を結ぶことができれば、古くより伝わる盟約に基づき生涯を共にする盟竜めいりゅうとなる。


 そして契約で何よりも重要なのは、竜に認められることだ。


「ククルスはいつも暖かいね。ねぇ、チビ達は一緒じゃないの? あ──」


 その言葉を待っていたかのように、ククルスの背後から彼女をひと回りほど小さくした大きさの仔竜が二匹駆け寄って来る。


「しばらく見ないうちに、チビ達は大きくなったね」


 仔竜とはいっても、既に大人の馬よりも大きい。じゃれついてくる二匹と戯れながら、仔竜の大きさを確かめる。まだ少しばかり小さいが、これくらいならば背中に人を乗せても心配はないだろう。


 種類はもちろんのこと個体差もあるが、竜の成長は早熟だ。ある程度の大きさまでは一年とかからない。その後は長い年月をかけて、力と知性を伸ばしていく。

 この二匹は冬眠前の葉華ようかの候、その半ば辺りで産まれた。ここ数年見られなかった産卵に加えて、時期外れでその上双子という貴重な二匹の世話は、私を含めた王国近衛隊が請け負い大切に育てている。


「それじゃあ約束通り、この子達と狩りに行ってくるからね」

「クルルゥ──」


 ククルスはひと鳴きしたあと、私の全身を嗅ぎ回っている。


「大丈夫よ。どこも悪くないから! 心配しなくても、ちゃんと帰ってくるよ」


 彼女から、私達を気遣うような案じているような感情が流れてくる。まるで子供を心配する母親のようなそれは、私の心を穏やかにしてくれる。


「ジルー、テト。騎乗具着けるからこっちおいで」


 手招きをしながら二匹を誘導する。この二匹は一見すれば親のククルスとほぼ同じなのだが、ジルーは、頭の後ろに角のように突起した箇所が二つがあり、テトは顎の付け根部分から体毛のような毛が生えている。


「じゃあ行ってきます! 姫様が来たらお願いね」


 その声に答えるように、ククルスは四枚の翼を広げる。まるで、任せろと言うようにその凛々しい姿で見送ってくれた。



 ✱✱✱


「……よし、終わったよ。ってこらジルー、遊ばないの! テト、それは噛んじゃダメよ」


 翼の邪魔にならないようにくらを掛けて、たずなを口元から回す。着せている時は大人しかったので心配ないかと思ったが、やはり初めて見るものは珍しいようだ。ジルーは鞍を振り落とそうと飛び跳ね、テトは轡を甘噛みしている。


 契約していればこのような器具はあまり必要ない。だが、契約していなければ乗れないというわけでもない。互いの訓練次第だが、ある程度の騎乗は可能となる。


「ほら、誰が乗るか分からないんだから今のうちに慣れ──えっ?! テト、今どうやって外したの?!」


 未契約でも騎乗ができる者は使と、そして私達契約者はと呼ばれている。

 熟練の竜使いならば、どんな竜でも乗りこなすらしい。一方で私達竜騎士は、器具を必要としないほど意思疎通の取れた連携が出来るが、それが出来るのは盟竜となった竜とだけだ。


 この子達はまだ契約できるかも分からない。もしかすると現れないかもしれない。そんな時の為に、準備しておくに越したことは無い。立派な竜になるための英才教育と言えるかもしれないが、目の前の光景を見ると、前途は多難に満ちていそうだ。


「もう〜……はい! それじゃあ出発! ジルーはしっかり付いて来てね」


 テトの轡を素早く取り付け、外されないようにそのまま背中に飛び乗る。二匹も悟ったのか、陽の光でも浴びるかのように翼を大きく広げている。そのまま動かず、徐々に静寂が増していく。


 風竜の翼は他の種に比べると細身の竜が多く、とても枚数が多くても自在に飛翔するには心もとない。だが、彼等は──


「そろそろかな……」


 二匹の八枚の翼が、次第に翡翠の光を帯び始めた。そして一瞬だけ、一際強く輝くと光は霧散した。その直後、二匹は翼を羽ばたかせ軽やかに宙へと舞い上がった。


 彼等は風竜──風を操る竜──大空を舞う風だけではなく、自身の魔力を使った風系統の魔法を駆使し、天空を支配している。もし空中戦になるものならば、風竜に勝てるものはいない。


「うん! 二人ともいい感じ!」


 予想以上に軽やかな飛翔に驚きながらも、嬉しさの方が勝り声音にもそれが表れていた。仔竜達にもそれが伝わったのだろう。嬉しそうに鳴いている。


「よーし、じゃあコッチに──って違う違う?! 逆だよテト! あぁジルー! 離れちゃダメだってばー!」


 私は竜騎士であって使ではない。何故ククルスが私の心配をしていたのか、ようやく理解できた気がした。

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