<5> 金曜日


 アンディエルは月の政令都市だ。遠雷は中央駅に降り立つ。ここには来たのは二度目だ。

 彼が目指すのは中央市役所で、モノレールに乗り換えて五駅先だ。町の上を走る車両の窓から、彼はアンディエルの町並みを見下ろす。ブリアルドスと同じように緑豊かな景色だが、この町の特徴は上水道が整備されていることで、通りに沿って細い水の流れがあちこちに続いている。午後の日差しにそれは輝いて見えた。

 市役所は有機工法の指導もしていて、最新式の建物だ。遠雷が前に見たときよりも少し成長している気がした。一度訪れた翡翠の生家も賞を獲ったことがあるらしく(おじさんの道楽だ、と翡翠は苦笑していた)立派だったが、アンディエル中央市役所はそれとは全然材質が違っていた。半透明の壁材の内側に、樹木の太い根が細かい網目のように絡まっているのが見える。建物全体が樹木を組み合わせて作られ、それらは未だに成長を続けている。組み合わせる材質や養分で変化させるのだ。直線のほとんどない建築物。周囲の建物や樹木ともよく合っていた。月の町はどこでも建物同士が引き立て合って町並みを作る。陽が沈み明かりが灯ると、また大きく町並みの印象が変わる。ブリアルドスで遠雷はそれを知っていた。

 彼はそうやって一年ぶりの市役所の姿を束の間眺めてから、入り口の扉を抜けた。地面に埋め込まれた半球型の大型端末は一階の中央に据えられている。それを囲むように仕切られたモニタが並んでいる。遠雷は空いているモニタのひとつの前に立って、ガイド画面に触れた。ここから登録されている公開情報に誰でもアクセスできる。

 主に事業の宣伝や技術交換希望の場として提供されているサービスだが、自分の情報を登録しておけば人探しにも使える。遠雷は一年前、コノンからブリアルドスに移る前にここに寄って自分の情報を登録しておいた。アクセスがあれば自分の携帯端末に報せが来る。わずかだが今までに何件かアクセス情報が転送されてきた。けれどそのどれも遠雷の求めているものとは違っていた。登録料を払えばわざわざここまで出向かなくても、月のどこにいてもアンディエル市役所の端末にアクセスすることができる。けれど遠雷はその必要を感じなかったし、登録した時はその登録料も惜しかった。まだ月の通貨の流れをよくわかっていなかった頃だ。

 けれどあの時思い切って登録したとしても、結果は同じだったろう。

 遠雷は一年前に登録した情報を呼び出してアクセス履歴を確認する。メッセージもつけてある。もしこれを見ていればすぐに気づくはずだ。でもやはり求めているものはなかった。気づいて無視している可能性もあるが、そうでないとも感じていた。

 自分の端末に報せが来た時からわかっていた。本当はこの場に来なくても、自分の望んでいる相手からのアクセスがないことも。

 それにも慣れてしまった。

 遠雷は小さく肩で息を吐く。ウィンドウを閉じて操作を終了した。アンディエルに来た目的はこれだけだ。かといってなにかのついでに立ち寄る気にはどうしてもなれなかった。

 端末から離れて入り口に向かう。ふと目に付いて冊子置き場からアンディエルの地図を引き抜いた。眺めながら外へ出る。ここから繁華街へ移動するつもりだった。付近に宿を予約してある。今日はこのまま一泊して、明日の午前中に翡翠や同僚からの頼まれ物や、ブリアルドスでは見かけない食材を物色して帰ろうと思っていた。

 通りを歩きながら遠雷はふと、自分の意識がすでにブリアルドスの生活に向いていることに気づく。だからと言って、なんの感情も湧かなかった。

 慣れてしまった。あれほど望んでいたのに。


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