第25話 寮生裁判2


「弁護人側が提出している主張では、櫻井君が呪いによって一時的に女性になったという事だが、本当に呪いであるという根拠が希薄だ。風紀を乱す為に男性になりすまして入寮した可能性は否定できないのでは無いか?」

 足立が指摘する。足立は適当な所での落とし所を探していた。変にウヤムヤにしてハル君や瑠奈君が後で人から後ろ指を指されないようにするためにも、何らかのペナルティーを科せられる形にしておくべきだと思っていた。だが小塚は完全無罪を目指していた。

「櫻井君が入寮から一年以上男性だったというのは、多くの寮生が証言できます。入寮から一年以上してから風紀を乱す為に女性の体にもどるという検察側の主張は、全く合理性がありません」

「では、弁護側が言う呪いの根拠というのはあるのか?」

「参考人として『映像文化研究会』の土門真貴子さんをお願いします」

 小塚は新たな参考人を要求した。真貴子先輩が参考人として来る話を聞いていなかったハルは驚いた。

「はい土門です」

「土門さんは櫻井ハル君とどういったご関係ですか?」

「ハル君はサークルの後輩ですよ」

「何か特別な感情を抱いているとかは?」

 小塚が踏み込んだ質問をするので、聞いているハルがドギマギした。もし小塚が僕に同じような質問をしたら僕は人前で、いや瑠奈がいる前でどう答えれば良いのだろうか。

「ハル君は可愛い後輩ですよ」

「もう少し詳しく聞きましょう。恋愛感情は無いと言えますか?」

 その質問を川教授が手を上げて遮った。

「小塚君。ちょっと個人のプライバシーに立ち入りすぎてやしないか?土門君。答えたくない話は答えなくても構わないからね」

「いえ。大丈夫ですよ。私の嗜好からお話しすると、私は同性愛者ですから男性のハル君をそのままでは恋愛対象としては見ることが出来ません」


 毅然とした態度で言い放った真貴子先輩の言葉に、傍聴人がざわついた。何よりも驚いたのはハルで、呼吸が浅くなり自分でも心臓が早く脈打つのが判る。

 ふと隣にいた瑠奈が手を伸ばしてハルの手を握った。瑠奈は何も言わなかった。ハルは瑠奈に支えられている自分を感じた。

「えっと。先ほどの言葉を確認させて下さい「そのままでは」恋愛対象にはならないという言い方をされましたが、それはどういう 意味ですか?」

「そのままの意味ですよ」

「では、何かをすると恋愛対処になると言う事ですか?」

「ハル君は可愛いですしね。人として好きですよ」

 ハルはふと瑠奈が不安そうな表情を浮かべているのに気がついた。今のハルは女性である。真貴子先輩の恋愛対象となっているのでは無いのか。そんな思いが瑠奈の頭の中をよぎっていた。そんな瑠奈の様子を感じ取ったハルは瑠奈の手を強く握り返した。

「具体的に追求しましょう。貴方はハル君に女性化する呪いを掛けたのでは無いのですか?」

「何を根拠にそんな事を言うのですか?」

「根拠はこれです」

 小塚は小芋のような物体が入った試料採取用のガラス瓶をポケットから取り出し高らかに掲げて見せた。


「小塚君それなんだい?」

 足立さんが尋ねる。

「これは今朝もげた私のちんちんですよ」

 きゃーという叫び声とともに、優香里を始め傍聴席にいた女性陣が一斉に顔を背ける。

「小塚君。それをしまいなさい」

 慌てて早川教授が小塚をたしなめる。

「すいません。粗末なモノをお見せしました」

 小塚が頭を掻く。

「えっと。つまりそれはどういうこと?」

 足立が小塚に聞く。

「実は私の今朝の状態というのは櫻井君に起こった出来事と全く同一なのです。櫻井君と同様私も在る呪いによって男性器がとれて、体が女性化していっているわけです」

「誰が一体そんな呪いを?」

「土門さん。それは貴方の魔法ですよね?」

「何を根拠に言っているの?」

「実は、昨日ハルが貴方から借りたという一枚の映画のディスクを少し再生して見たんですよ。そして今朝この体調変化です。今、ディスクの方を解析していますが、データ化された魔道書が映像のオープニングの再生と同時に発動する仕組みになっているのではないですか?映画のオープニングを見ることで、本来の性別を変えてしまう魔法が発動するように貴方が仕組んだのでは無いのですか?」

「もういいわ。小塚君。その通りよ」

 証拠を突きつけられた真貴子先輩は自分の行いを認めた。

「でも、どうしてそんな事を?」

 足立さんが真貴子先輩に尋ねる。

「それはハル君を愛そうと思ったからよ。ハル君なら女性同士となったとしても私の事を愛してくれると思ったのよ。それを確かめたかった……」

「悲しい人……」

 瑠奈の口からそんな言葉が漏れた。瑠奈から見た真貴子先輩は、女性だから愛せるだとか、男性だから愛せないだとか、そんな価値観に縛られて本当に人の方を見ることを出来ないでいる人の様に思えた。

「あなたはユニセクシャルだから、簡単にそういう事が言えるのよ」

 真貴子先輩が瑠奈の方に向かって静かに言う。確かにユニセクシャルの自分は、男性だろうが女性だろうか好きになった人の性別に合わせることができる。

 真貴子先輩からすればズルイ存在なのかもしれない。しかしハルは男性を失って女性になっても、一生懸命になって女性でも男性でも無い自分を愛そうとしてくれた様な気がする。

「僕は最初にハルに出会えて良かったよ」

 瑠奈は握られているハルの手のぬくもりを感じながらハルに聞こえないように呟いた。


「えっと、これは一体どうなるんだ?」

 事態の急展開に足立さんが戸惑いながら言う。それに答える形で小塚が話をまとめる。

「塩見さんの性別を偽って入寮したとか不純同性交遊とかの嫌疑は晴れて、櫻井君の女性化もコレは仕組まれたモノで、櫻井君は被害者なのだから『女人禁制』とか風紀を乱しただとかを理由にした退寮処分とかは無しということで。責任は土門さんにありますから」

「ま、まぁそうなるか」

 元より足立さんはハル達を同行するというよりは、何らかの騒動の決着をつけたかっただけであった。小塚は更に言葉を続ける。

「基本的に寮の外の話でもあるので、後は学校側の倫理委員会に話を任せるべきだと思います」

 小塚の言い分に納得した足立さんは、暫く陪審員役の他の自治委員と話し込んでいたが、ひつとの結論に達した様で、法廷に対して宣言をする。


「では、櫻井君。塩見君。両名とも全ての嫌疑について検察側から訴えを取り下げます。嫌疑が無くなったので二人とも当然無罪です。

 あと、倫理問題が発生しそうな土門さんの魔法使用に関しては直ちに学校当局に通報します。

 ではコレにて閉廷とします。学生諸氏の皆様ご協力ありがとう御座いました」

 そう言って一礼をすると自然と学生達の間に拍手が生まれた。

「あのう。真貴子先輩は、これからどうなるんですか?」

 ハルが教壇から降りようとする早川教授に恐る恐る尋ねた。

「まぁ、今回の魔法は倫理的に問題がありそうなので、緊急に審問会を開いて、その後、学内の倫理委員会に処分をゆだねることになるだろうね。最悪は魔法免許の取り消しや放校処分になるかも知れない」

「そんな……別に人は傷つけていないじゃ無いですか」

「ハル君。魔法で人の運命を変えてしまうというのは大変な事なんだよ」

 早川教授はハルを諭すように言った。ほどなく学校の職員が現れて、真貴子先輩をどうするのか足立さん達と話あっている様だった。

「ハル。もう行こうか」

 裁判が終わり三々五々に教壇から裁判の参加者が降りていく中、瑠奈がハルの手を引っ張って言う。

「うん」

 ふと、何処かへ連れて行かれる途中の、真貴子先輩とハルの目線とが合った。真貴子先輩は、訴えかける様にハルに言った。

「もし、違った形で出会えてたら、私達って上手くいけたのかな?」

「いいえ。駄目だったと思います」

 ハルは目線を伏して答えた。それは一つの感情との決別だった。瑠奈はずっとハルが手を握ってくれているのを感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る