第24話 寮生裁判1

「えーっと。本来は寮の集会場を使ってやるのが普通なんだけれども、今回は性別の問題があったり参考人で女性の方を呼んでいるので、女人禁制の寮から外れて、学校側からこの教室を借りて寮生裁判を行うものです」

 寮生裁判が開催されたその日。まず最初に足立さんが、集まった寮生やその他の学生達に宣言した。この模擬裁判は一般に公開される形になっていた。学内の人気が高い瑠奈とハルが関係するという事もあって、かなりの野次馬の学生が集まっている。


 浴場での騒動があってから、三日目だった。その人のウチにハルと瑠奈は引き裂かれて別々の部屋で半ば軟禁状態に追いやられた。

 瑠奈には寮を出で自分の借りているマンションの部屋に戻るという選択肢もあったのだが、ハルが寮内の一室に押し込まれる事を知ると自分も同じ境遇になる事を選んだ。

「じゃ早川教授。初めてもいいですか?」

「ええ。ぞうぞ」

 教壇の中央の机に座らされた早川教授が、答えた。階段になっている大教室の教壇は大きなスペーがあり、教壇が取り外されていて一つの舞台のようになっていた。右手には検察側として足立さん達、左側には被告としてハルと瑠奈がパイプ椅子に並んで座らされている。その横に弁護人として小塚もいた。

 中央の早川教授は裁判長というよりも、議事進行の承認を行うだけで、基本的に学生達のやり過ぎが無いように見守る立場なのだという。自治委員長の足立さんが進行役をしつつ、検察役となって告発する形で、階段教室の前の方の座席に陣取っている五人の自治委員が陪審員となって処分を決定することになる。

 この一連の模擬裁判のプロセスは、学生主体の自治を確保するとともに、全ての寮生に公開することで陪審員の偏った判断を抑制する目的があった。


「では状況教の説明をします。櫻井ハル君は女性で在る事を隠して男子寮に入寮し生活をしていた。その恋人である塩見瑠奈さんはユニセクシャルと偽って入寮し、櫻井ハル君と同室になることを要求した。この事は寮の風紀を著しく乱す行為で、二人とも退寮が相当だと考えます」

 検察役の足立さんが罪状を述べる。たまらず瑠奈が割って入る。

「まって、風紀を乱したのは僕が来たからなんだから、ハルの退寮はおかしいよ」

「塩見君。発言は求められたときにするように」

 瑠奈は早川教授にたしなめられた。

「すいません」

「では弁護人は何か言う事はありますか?」

 弁護人役の小塚が立った。

「えーっと。まず。我が寮は男子寮でありますから、仮に塩見さんが男性であったのなら、そのまま入寮できるわけで、わざわざ入寮の際に問題になるであろうユニセクシャルという性別を主張して入寮しようとする意味は在りません。実際、入寮時に関して性別の問題から入寮がすんなりとはみとめられなかった事実があります。

 これらの事から、塩見さんの性別変化は本人からの申告の通り入寮後、自分の体調の変化に気がついたと考えるのが合理的で妥当でしょう。検察側が言う様な「性別を偽った」という事実は無く、入寮後の生理作用による変化ですから罪に問えるものではありません」

 小塚の主張に足立さんが切り口を変えて追求してくる。

「いや。ユニセクシャルとしての入寮こそが真の目的で、まず塩見君が性別が変わるユニセクシャルとしての入寮を認めさせる実績を作る事で、性別が変わったと主張する櫻井ハル君の退寮を阻止するのが目的なのではないのですか?」

「そんな事無いよ!」

「瑠奈様は黙ってて。今、その話を聞いていきますから。

 では、弁護人側から参考人を呼んでも良いですか?」

「どうぞ」


 最初の証人として優香里が立った。

「早川優香里さん。塩見瑠奈さんと櫻井ハル君との関係からご説明下さい」

「えーっと二人とも同じ学科のクラスメイトで日頃から親しくさせて貰っています」

「最近、塩見さんの体調や雰囲気の変化について何か気がついた事はありますか?」

「えーっと。最近、瑠奈は女の子ぽくなった気がしています。結構、学内でも話題になっていると思いますが」

「塩見さんはユニセクシャルですよね。当然性別が変化する前提で「女の子ぽくなった」という事ですか?」

「はい。瑠奈はこれから女の子になっていくだろうなと。私はそう思っていました。そう言う話を本人とした事もありますし」

「つまり男性化する事は、友人として予想出来なかったという事ですね」

「はい。本人も戸惑っていると思います」

「有り難う御座います。

 塩見さん。貴方は自分自身の男性化は予想していましたか?」

「いいえ。突然のことで、びっくりして戸惑っています」

「つまり塩見さんの男性化は、本人にとっても周囲の人間にとっては予想外だった。たとえ性が変化するとして、もそれは女性へだと考えていたわけです。

 仮に検察側が言う様に、櫻井君の女性化を寮に認めさせようとすると、ユニセクシャルからの女性化を見せた方が効果的ですよね。塩見さんは女性化を十分に期待出来る立場にあった。実際、女性化する予測はありましたか?」

「はい」

「しかし男性化しているわけです。これは突発的だったと考えるのが妥当です。

 寮の風紀を乱す件に関しても、この突発的な出来事が偶々浴場というところで発覚したことで、引き起こしたモノと考えると、塩見さん櫻井君の個人に責任を負わせるべきではないと考えます」


 小塚の主張に足立さんが即座に反論する。

「しかしたとえ男性化が、櫻井君の立場をサポートする面で女性化よりも劣るとしても、一定の効果が期待出来る以上、利用価値があるわけですから、入寮前に男性化して、それを利用しようとした考えるのを否定する事にはなりません」

 足立さんはさらに切り返す。

「視点を変えましょう。塩見さんはユニセクシャルで女性化する可能性も十分持っていた。 塩見さん。仮に入寮中に女性化してしまったらどうするつもりでした?」

「そ、それは隠すしか無いなと……」

「女性化したのが周囲に知られると不味い状況になるのが判っていたのですね」

「はい」

「自分が寮の生活中において、女性化あるいは男性化するのを周囲に見せる事で寮の意識が変わると思いましたか?」

「いいえ。そんな事出来るとは思ってません。どうやったら人の意識が変わるのかなんて見当も付きませんし……」

「有り難う御座います。次に石田君の話を伺いたいのですが」

「どうぞ」

「石田君。少し質問します。貴方は櫻井君が女性化したのを知っていましたね」

「女性になったのかどうかの確定は出来なかったけれど、朝に男性器が取れた事は知っています」

「それは公にしたのですか?」

「いいえ。限られた人間しか知りません」

「何故、公にしなかったんですか?」

「一つはハルの下半身の問題で在る事。単純に恥ずかしいだろうという考えです。またもし男性器が取れて女性器が出来ていた場合、退寮という事になりかねないと考えました」

「どうしてですか?」

「ご存じの通り男子寮には『女人禁制』の重い仕来りがあります。ですから、今日のこの集まりも寮では無くてこんな所でやっているわけです」

「その『女人禁制』の掟は、強い力を持ったものなのですか?例えば、それまで寮生として生活し仲間として認められていた櫻井君を、いきなり排除しても守らなくてはならない位の強い力を持った掟なのですか?」

「はい。そう思います」

「例えば現実に合わせて『女人禁制』の掟の方を変更しようと働きかける方法も在ると思うのですが、それはしなかったのですね」

「はい。『女人禁制』の掟は、自分達がどうこうして変えられるモノだとは思えませんでした」

「それは寮生の一般的な考えですか?」

「そうだと思います」

「足立さん。あなたを寮生の一人としてお話を聞きたいのですか」

 小塚は検察役の足立に参考人として出てくる事を要求した。

「判りました。寮生の足立です。寮生の立場から発言します」

「足立さんは『女人禁制』の掟は重いものだと考えておられますか?」

「はい」

「軽々しく変更出来ないモノだとお考えですか?」

「掟というモノは守って受け継いでいくことに意味があると思いますが、それでも、、この世の中には絶対というものは無いと思います。当然、掟と言っても時代とともに変わないといけないものもあると思います。『女人禁制』もその一つだと思います」

「少し角度を変えましょう。体験入寮中の一つの出来事で『女人禁制』と言うのは覆りますか?あるいは変化しますか?」

「それは状況に寄りますよ。今回風呂場の覗きをやらかした寮生を出してしまっています。ハル君と瑠奈君は公には問題にしないと言ってくれていますが、この事で今後は、ユニセクシャルの学生の男子寮への入寮は厳しくなるでしょう」

「不祥事があれば厳しくなるのは当然だと思いますが、では逆にどのような事があれば、その入寮などの条件が緩和されますか?」

「さぁ。思いつきません」

「傍聴席の中には寮生の方も多くいらっしゃると思います。どなたか、どのような事で条件が緩和されるか思いつく人はいらっしゃいますでしょうか」

 小塚は学生達にそう呼びかけたが声は上がらなかった。小塚は言葉を続ける。

「緩和の方向に向かうというのは、たとえば実績を積み重ねるっていう事があるかもしれません。また差別だとかなんだとか外部からの指摘を受けて色々緩和する事もあるでしょう。内外の署名運動や、寮生の自治委員選挙の時に争点としてルールの変更が上がられるモノもあるかも知れません。

 でも、それは体験入寮中の学生がどうこう出来る話ではありません。つまり塩見さんがユニセクシャルと偽ることで検察側の言う様なメリットは発生しないのです。塩見さんの性別の変化は、突発的に起こった出来事であった事を否定できる根拠にもなりえません」


「しかし塩見君は、女性化した櫻井君と恋人同士であって、その関係を寮内に持ち込もうとした点は問題視されるべきでは無いのか」

「寮の規約では不純同性交遊が禁止されているわけで、性別の違う交遊は、むしろ寮生が積極的に応援してきた歴史がありますよ」

 たしかに寮生が彼女を作る事に関して、仲間である寮生達があらゆる面でサポートに回る事も珍しくは無かった。

 小塚の指摘に足立が切り返す。

「そりゃ、今まで『女人禁制』の寮内には男子学生しかいなかったワケだから、そういう事は想定できるはずがない」

「では、塩見さんと櫻井君に責任を取らせる根拠が十分ではないという事ですね」

 足立は頭を掻いた。別に私怨があって追求しているわけではないのだが、二人のせいで寮内の風紀がみだれた事は確かである。どこに落としどころを作るかは難しいところだが、何らかのけじめを作らなくてはならないと思っていた。

 どこか軽いところで、落としどころはないものだろうか?

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