第23話 瑠奈来る

 その日の朝。寮の玄関がやたらとざわついていた。玄関で一団となっている寮生達の先頭には仁王立ちをしている寮の自治委員長の足立さんがいる。


「えーっと。コレはどういう事なのかな?」

「どうもこうも無いです。入寮を希望します」

「いや、しかし君ねぇ」

 足立さんが、困った様な表情を浮かべる。

「そこの貼り紙にも『寮生募集中 即日入居可』って書いてあるじゃないですか!」

 玄関先の押し問答の中に、学校から帰ってきてたハルが顔を出した。

「皆、何の話をしてるの?」

「あっ、ハル!」

「瑠奈!どうしたのこんな所で?」

「僕もこの寮に住むことにしたんだよ」

 瑠奈がハルに向かって言う。瑠奈は大きな旅行鞄に、リュックサックまで背負っている。

「いや。だからウチは代々『女人禁制』を守ってきた男子寮なんだから入寮は認められないよ」

「僕は女じゃ無いですよ!」

 瑠奈は足立さんに向かって喰って掛かった。

「まぁそりゃ君はユニセクシャルだそうだから『女人禁制』ってのには該当しないんだろうが……」

「男子のみって規定も無いんでしょう?」

「うっ、まぁ確かに。しかし物見遊山でこられても困る」

「体験入寮だけでもお願いします。受講している講義で、現代社会における性差の実体験レポートを作りたいんです」

 瑠奈は課題のレポートを無理矢理理由付けに使った。

 ユニセクシャルという性別が社会に認知されるようになってから未だ日が浅い。古くからある寮の規定は『女人禁制』としてあって、昔はそれで十分に「男子のみ」という意味合いが保てていたのだが現代の魔法社会において、そういった古い決まり事は社会的問題として認識される事も多く、講義のレポートになると言われるともっともな話のように思えて、足立さんは強く否定できなくなった。


「そしたら瑠奈様の入寮を断る理由が無いな」

 小塚が声を上げる。瑠奈のファンクラブの会員の小塚は、単純に瑠奈様が近くで見られる機会が増えるのを歓迎しているらしい。

「いや、しかし寮の風紀の問題がな。体験入寮させるにしても、一人にさせて不祥事とかが起これば不味い。今だって皆浮き足だっているんだから」

 確かに寮生達は、美人の瑠奈の登場で些かざわついているのが感じ取れる。

「だったら、僕はハルと同室でお願いします。友達と一緒なら安全でしょう?」

「えっ?」

 ハルが驚いた声を上げる。周囲の寮生からの視線が痛い。

「ま、まぁハル君は草食系だし、適任と言えば適任なんだが、それでもやはり……」

 足立さんの言葉に小塚が意味深な言葉を付け足す。

「ハルも嫌じゃ無いだろう?」

「まっ。まぁそうだね」

 実際、瑠奈が別の寮生と一緒の部屋で生活すると言うのはハルには考えられなかった。

「今のハルだったら『間違い』はおこり得ないぜ。なぁ石田よ」

「あっ、ああ。ハルなら大丈夫だ」

 足立さんにそう言う二人とも、今のハルは男性器が無くなっている事を知っている。

 ハルは内心「酷いなぁ」と思いながらも、もし瑠奈が寮で生活をする様な事になると、自分が守らなくてはならないという思いが募った。


「じゃ、お世話になります」

 瑠奈はそう言って強引に寮に上がり込んだ。

 瑠奈に割り当てられた部屋に、小塚や石田も手伝ってハルの荷物を運んで来る。

 もっとも瑠奈の体験期間中の生活だというので、部屋に運び入れたハルの荷物は当座に入り用なものだけで、ハルの生活基盤の大半は石田とのルームにおいておく事にした。

「ハル。この映画とか面白そうだよな。貸してくれよ」

 手伝いの駄賃のつもりか、小塚はハルの荷物の中から映画のディスクを見つけて貸してくれとねだった。

「いや、それサークルの真貴子先輩から借りている奴なんで又貸しは出来ないよ」

 映画のディスクとなると普通は喜んで貸し出すハルなのだが、そのディスは特別とばかりに小塚に断りを入れる。

「駄目なのか?」

 小塚はいつもと違うハルの態度に怪訝な顔をして、其処に瑠奈も加わる。

「真貴子先輩って映画サークルの?」

「うん。そうだけど」

「てか、これ。この前僕たちが見た映画だよね」

 ハルは冷たい視線を向けられているのに気がついた。瑠奈はどことなくハルが真貴子先輩を特別視しているのを感じ取っている気がする。ハルは慌ててディスクをとりあげて、小塚に押しつける様にした。

「判ったよ小塚。貸してあげるけど条件がある」

「な、何だよ?」

 急変したハルの態度に小塚が驚く。

「ちょっと小塚の部屋に行って来るよ」

 ハルは小塚を連れて部屋を出ると、直ぐに立ち替わるようにハルの布団を抱えた石田がやって来た。


 布団をベッドの上に置いた石田は他に誰もいないのを確認して瑠奈に問いかける。

「しかし塩見よ。お前本気なのか?」

「何が?」

「体験入寮か何か知らないが、物見遊山ならやめといた方が良いぜ」

「違うよ。僕は真剣だよ」

 石田は瑠奈が何かを決心しているのを感じ取った。

「だからハルのルームメイトの座は僕に譲ってよ」

「は?」

「これから卒業するまで僕はハルと一緒に生活する」

「なっなんだよ、それは?」

 どうやら瑠奈はこのまま、ずっと居座るつもりでいるらしい。

「石田君にはハルは渡さないって事だよ」

 そう言って瑠奈はそっぽを向いた。瑠奈の主張に石田はただ混乱し何かを言いかけようとしたが途中で止めた。

 これ以上、塩見の言い分に関わっていたら、まるで塩見とハルの事をを取り合っているみたいに見られてしまう気がした。とにかく何も言わずに石田はこの場を離れるべきだと思った。 

 そこに、漫画本が詰まったダンボールを抱えたハルが帰って来た。

「あっ石田。布団を運んでくれたんだね。有り難う」

 ハルが持って居る漫画は、真貴子先輩の映画と交換で小塚から借りてきたものだった。未だ読んでないという漫画本も混じっているらしく、ハルはそれを担保にしたのだ。

「おっおう。じゃ俺はもう出て行くから」

 部屋に入ってきたハルに、早くこの場を離れたかった石田は言う。

「えっ、もう帰っちゃうの?」

「おう。またなハル」

 そう言って石田はそそくさと部屋を後にした。


 瑠奈と二人っきりになったハルは荷物を置いて、瑠奈を床に座らせて問いただした。

「瑠奈。いきなり寮生になるなんて、一体どういうことなのか説明してよ」

「ゴメン。僕はハルを守らなくちゃって思ったんだ」

「なんだよそれ。大体何から僕を守ろうっていうのさ?」

「そりゃ石田君とか……」

「へ?」

「だって、この前の話……」

 この前ハルは、以前石田に汚された話をしたのだった。瑠奈はそのことを気にしていたらしい。

「あれは媚薬で石田がああなっただけだから。瑠奈が心配することなんて何も無いから!」

「でも、やっぱり心配だよ 。だって僕たちまだそういう所まで行ってないもん……」

 瑠奈はハルとの性的な関係が未だ結べていない事を気にしている様だった。

「ば馬鹿。瑠奈が心配するような事なんてなにも無いんだよ」

 ハルはそう言ったものの。もし自分がこのまま男性器が戻らなかったらどうしようかとか考えてしまう。

 瑠奈との関係はどうなるんだろうか。考えると不安になるのだが、僕は瑠奈を愛するだけだとハルは自分に言い聞かせた。おもむろに立ち上がったハルは部屋のドアに鍵を掛けた。

「どうしたの?」

「瑠奈。一緒に寮に住む事になった以上言っておくけれど、寮の部屋の中ではそう言う事はしにくくなるからね」

 ハルは瑠奈に、周囲の目がある寮内では性的な事が出来ないという事を言った。

「う、うん。わかっている」

「そういう事を寮の中に持ち込むのは駄目なんだからね」

 ハルが瑠奈に近づく。

「駄目なんだよね」

 そう言いながらも瑠奈は目を閉じてハルを待った。

「キスとか、いけない事なんだから」

 唇を合わせると二人はお互いに抱き合って、そのまま倒れ込んだ。


「ハル。あのね」

「何?」

「この前から少し気になっていたんだけれど……」

「どうしたのさ?」

「ハルって胸あるよね」

「えっ?」

「だって柔らかいし揉めるよ」

 そう言って瑠奈はハルの服の中に手を入れて、その胸の膨らみをもんだ。 

「や、やめろよぅ」

 ハルは思わず身をよじった。

「ごめん。嫌だった?」

「別に瑠奈に触られて嫌な感じはしないんだけれど……」

 ハルは口ごもった。今まで考えたくはなかったのだけれど、もしかすると僕の体は着々と女性化しているという事なのだろうか?そう考えると不安になった。

 そういえばここ何日か、ふと胸の先端が服の布に擦れて痛い事があるのを感じていた。このまま体の方が女性になってしまったとすると、下半身を取り戻すだけで本当に元に戻るのか不安になる。


 突然ドアを叩く音がした。

「おいハル!瑠奈様!いるのか?」

 小塚の声に慌てて二人は離れる。落ち着いた頃合いでハルは鍵を開けて小塚を中に入れた。

「何してたんだ?」

「いや鍵のチェックさ。瑠奈にとっては重要だから」

「ふうん。まさか二人して昼間からいかがわしい事はして無いよな」

「そ、そんな分けないだろう」

 ハルは焦りながら小塚に言い返す。

「まぁいい。瑠奈様。お風呂の準備が整いましたので、どうぞお使い下さい」

「えっ。もうそんな時間?」

 時間は未だ四時過ぎだった。

「いや、他の寮生と一緒にお風呂に入れるわけにはいきませんから、瑠奈様は一番風呂でお願いします」

「ふーん。じゃハル一緒に行こう」

「馬鹿。一緒に入れるわけないだろう!」

 ハルは顔を真っ赤にして言った。ただでさえ瑠奈と同室になったと言うので、他の寮生から嫉妬の目線を感じている。ここで一緒に風呂に入ったとなると、ただでは済まないかも知れない。

「違うよ!僕がお風呂に入っている間はハルが見張っててよ。ハルが入っている間は僕が見張ってるから」

 そういえば、この所学校のシャワーばかりでハルは寮の風呂に浸かっていない事に気がついた。

「そっか。見張りはいるよね」

「じゃ俺も見張りに協力するよ」

 小塚が言う。

「今、寮生の皆は、浮き足立ってるからな。変な具合に羽目を外すかもしれないから要注意だぜ」

 小塚は真剣な顔をして二人にそう言った。


 風呂は何故か最初にハルが入ることになった。風呂の入り口には瑠奈が、風呂場が面している中庭の方には小塚が見張りに立つことになった。

 ハルは体を洗って久しぶりに大きな湯船に浸かった。ふと胸が浮くような感覚を感じて焦る。ハルは慌てて自分の胸の膨らみを確かめた。さっき瑠奈に揉まれてた時に感じたのだが僕の胸は確実に成長している。

 ハルは自分の体が女性になっていくことに恐怖を感じた。そして、もしかすると、こういう体の変化は実は瑠奈が望んでいた事なのかもしれないなと思った。

 とにかくこれからは人前では、胸を隠さなきゃならない。どうやれば良いのだろうかハルには見当がつかなかった。良い案があるかどうかは判らないけれど、瑠奈に相談してみようかなと思った。

 ハルは本当の意味で気を許して相談出来る存在として、今の自分には瑠奈がいる事が心強く思った。いくら親友と言っても石田や小塚だとやはり恥ずかしくて言えない部分がある。でも、瑠奈にならば自分の恥ずかしい部分も言えそうだし、瑠奈にしても人に言えない様な部分を自分に打ち明けて欲しいと思った。


「ハル。入っても良い?」

 突然、風呂場の扉が開いてタオル一枚で正面を隠しただけの瑠奈が入って来た。

「なっ、なな。駄目だよ瑠奈!」

「しっ。小塚君にバレる」

 ハルは慌てて声をひそめて言う。

「駄目だよ。こんなところでエッチな事とか出来ないから」

「ば、馬鹿。何言ってるんだよ」

 瑠奈は即座にハルの言葉を否定した。

「でも、不味いよ」

「いや、ちょっとハルに確認して貰いたい事があるんだ」

「何を?」

「僕の股間なんだけど」

 恥ずかしそうに瑠奈が言う。

「……その。僕の体に今までなかっのが出来てきたみたい何だよ」

 瑠奈はそう言って浴槽に浸かっているハルの正面に立ちタオルを上げた。ハルの目の前で瑠奈の股間が顕になる。

「ハル。確認してよ。これ何だと思う?」

 瑠奈が股間を隠していたタオルをのけると、其処には小さな突起と膨らみがあった。


「おちんちんかな?」

「男の子の?でも、この前のハルのとは随分違うよ?」

「いやアレは、そういう事をしようとした時だから。子供の時はこんな感じだよ」

「だったら、これから僕は男の子になるの?」

 瑠奈は明らかに戸惑っている様子だ。

「いや、コレがおちんちんかどうかはまだ判らないよ。オシッコとか出た?」

「それはまだ」 

「ユニセクシャルの人の性の分化っていうのは、何か特別なモノがあるのかも知れないし」

「ハルが女の子になるんだったら、別に僕は男の子になっても良いかな」

 瑠奈は呟くように言った。そして慌てててその言葉を否定した。

「ごめん。ハルの呪いが解けなくてもいような事を言って」

「き、気にしないでよ。僕だって瑠奈のだったら、受け入れられるとし思うし」

 ハルは自然と「受け入れる」という言葉を言ってしまった。目の前の瑠奈のおちんちんを意識してしまっているのだろうか。ふと瑠奈の股間を見ると、小さいながら突起物がみるみるうちに可愛らしく膨らんで立ち上がる。

「な、なんか大きくなった」

 瑠奈が慌てて股間を押さえようとする。

「大丈夫だよ。それが自然な事だから」


 そこまで言って、ハルは自然というのは、瑠奈が自分対して性的な興奮を覚えてつがいたいという欲求を持ったと言う事に気がついて、思わず恥ずかしさの余りハルは浴槽のお湯の中に顔を埋めた。

「ガシャン」

 突然、浴場のガラス戸が倒れて、わらわらと寮生が倒れ込んできた。

「の、覗きか!」

 浴槽から飛び出したハルは、瑠奈を背中に隠して大声を上げた。

 覗こうとしてガラス度の隙間に大人数が群がっていた所をバランスを崩して雪崩をおこしたようだ。数は十人はいる様だ。

「恥を知れよ!」

 ハルが威嚇するように叫ぶ。

「おい!どうした?」

「覗きに来た連中がいるんだ!」

 庭の方から小塚が叫ぶ。すぐ近くに小塚がいる事にハルは安堵した。

「瑠奈様は大丈夫か?」

「僕は大丈夫!」

 ハルの後ろにいる瑠奈が返事をする。

「直ぐ行くから待ってろよ」

 ほど無くして石田と小塚が、足立さんをつれて浴場に駆けつけた。浴槽を覗いていた十人の寮生をタイルの上に正座させて石田が怒鳴る。

「お前ら。これは犯罪だぞ。判ってるのか」

「そうだぞ!」

 浴槽で仁王立ちしているハルも同調する。

「おい。ハルお前はまず胸を隠せ」

「えっ?あっ」

 慌ててハルは瑠奈が入っている浴槽の中に漬かった。

「えっと、まぁこいつ等のことは、後で厳しく処分するとして……」

 足立さんが頭を掻きながら続ける。

「ハル君。君は女の子だったのかい?」

「いえ、コレは……」

「で、瑠奈君が男の子だったと……」

 諸々の事情を聞いた足立さんは懸命に整理をしようとする。

「今日初めて気がついたんです」

「一度、俺と小塚から説明しようか?」

 石田が助け船を出そうとする。

「君たちは最初から事情を知っていたのか?」

「すまん。足立さん」

 小塚は足立さんに頭を下げた。


「ちょっと色々事情を整理しないと駄目みたいだな。今後どうするのかは、直ぐに決めかねる事態だと思う。今後の事もあるので一度、寮長の早川教授を呼んで寮生の自治裁判をする事にしよう。申し開きとか事情の説明はその時にすれば良いから」

 足立さんはハル達にそう言った。その言葉に瑠奈とハルはお互いに不安そうな顔を見合わせた。

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