第22話 夜を供に

「いらっしゃい」


 白い兎のキャラクターが入ったエプロン姿の瑠奈がハルを出迎えてくれた。瑠奈が着ているエプロンの下は、いつもの様にポロシャツとジーパンという格好なのだがハルにとっては瑠奈のエプロン姿が新鮮に映った。

「おじゃまします」

 そう言いながら部屋に上がるハルだったが、つい瑠奈の姿に見とれてしまう。

「ど、どうしたのかな?」

 心ココにあらずと言った感じのハルに瑠奈が問いかける。

「い、いや瑠奈のエプロン姿が珍しいかなって」

「あっ僕にコレは似合ってないよね……」

「そんな事無いよ!」

「そ、そう?」

「うん。なんか良いよ」

「なっ、なんだよそれ……」

 瑠奈はハルの言葉に照れながらそう返した。

「もうご飯用意出来るから、ハルはテーブルに座っててよ」

「うん」

 瑠奈に言われるままテーブルに座ったハルは、鞄の中に入っている映画のディスクを見て少し考え込んだ。鞄の中には前々から真貴子先輩に借りていた恋愛映画が三本あった。


 ハルは昨夜電話で瑠奈に映画でも一緒に見に行こうと誘ったのだった。そしたら映画館に出かけるのでは無くて、部屋で一緒に見ようという話になり、土日は寮の食堂が閉鎖だという事から、どうせ夕ご飯は作るから一緒に食べようという事になったのであった。

「おまたせ。今日は肉じゃがだよ」

 瑠奈がテーブルの上に料理を運んで来る。

「あ、おいしそう」

「ハルの好みの味とかよくわかんないから、食べてちゃんと味の感想を言ってくれると助かる」

「うん」

 それはこれからも瑠奈がハルの為に料理をしてくれると言う事なのであろうか。一応恋人同士であるから、当然そういう事なのだろうが、ハルは改めて嬉しいようなこそばゆい様な気持ちになった。

「あっ。でも、ちょっと待って。一緒に食べる前に言っとかなきゃ」

「何さ?」

「これ少し媚薬が入ってるから」

 瑠奈は目をそらして言う。この前、媚薬で失敗した事もあって馬鹿正直にハルに伝えておこうと思ったのだろう。

「そ、そうなの?それって瑠奈も、そういう気持ちだって事だよね……」

「馬鹿!」

「ごめん」

 凹んだハルを見て瑠奈は慌てて言う。

「いいよ。そういう事なんだし……」 

「僕は沢山食べるよ」

「ばか。」


 少し気まずくなりながらも、二人は一緒ににご飯を食べながら、あれこれと、とりとめも無い会話をした。食事が終わり後片付けを手伝いながらハルは瑠奈に、今日は、どの映画から見ようかと言う様な話をした。

「ハルのオススメで良いよ」

「うーん。三本ともそこそこ面白かったよ」

「なんだハルはもう見たんだ」

「うん。一応」

 ハルは、真貴子先輩から貸してもらった映画は全てその日のうちに一人で見尽くしていた。

 ただ自分のベッドにパソコンを持ち込んでヘッドフォンを付けての鑑賞だったので、こうやって普通のテレビで瑠奈と一緒に見るのは、また少し違った感じになるのかも知れないなぁと思った。

「いいよ。どうせ途中までしか見ないかも知れないし」

「えっ?」

「あっ。いや、まぁ……。夜も遅いし。途中で眠くなっちゃうかもしれないし」

「そっ、そうだね。つまらなかったら途中で寝ても良いんだし」

 と、そこまで言ってハルと瑠奈は、お互いが当然の様に二人で一夜を過ごす事を前提として考えているのに気がついた。

 ふと時計を見ると未だ九時前だった。気まずくなった二人は、結局何も言えなくなった。沈黙に耐えきれなくなった瑠奈が言う。


「僕、飲み物用意するから、ハルは映画セットしててよ。お任せするから」

 ハルが映画を選んでデッキにセットしていると飲み物を運んできた瑠奈が思い出したように言う。

「そうだ。タオルケット要る?」

「タオルケット?」

「おうち映画はねぇ。暗い部屋でタオルケットを被って見るの」

「はは。なんか良さそうだね」

「タオルケット一枚しかないけど一緒に被る?」

「う、うん」

 結局ハルが適当に選んだ映画を二人は一枚のタオルケットに包まれて並んで見る事になった。二人がテレビの前に座りタオルケットをかぶると自然と肩を寄せ合う形になる。

「明かり消そうか」

「そ、そうだね」

 瑠奈がリモコンで照明の明かりを落とすと、部屋の中の明かりは画面が漏れる青白い光だけとなった。


 ハルは最初から映画なんて見てはいられなかった。気づかれないように横にいる映画に見入っている瑠奈の横顔を盗み見た。映画の画面の明かりの加減か端正な瑠奈の顔立ちがより一層引き立っている様に見えて、長いまつげにどきりとする。ハルは慌てて映画を見ようとするのだが、自分の心臓の鼓動でそれどころでは無く画面から目をそらして気持ちを落ち着かせようとする。


 ハルはもう一度、瑠奈を盗み見ようとした。するとハルの方を見る瑠奈と視線が合う。

「あっ」

 目が合う気まずさと同時に、二人とも相手も同じようにこちらを気にしてくれていたんだというので、少し安堵する。

「映画見ないの?」

「別に良いよ」

 ハルはそう言って顔を近づけた。瑠奈は目を閉じてハルの唇を待つ。軽い口づけだった。

「今日は 最後までするの?」

 瑠奈がハルに問いかける。

「最後って?」

「馬鹿。僕には判らないよ」

 恥ずかしそうに言う。瑠奈はユニセクシャルだった。男性のあるいは女性の性的な絶頂感というものを未だ体験した事が無いのだろう。

「ハルはどうしたいの?」

 瑠奈は少し不安そうに言うので、ハルは瑠奈の肩を抱いた。

「抱きしめたい。キスしたい。触りたい。触られたい。舐めたい。あと舐められたい。それと……」 

「も、もういいから」

 瑠奈は身をよじってハルから少し離れるようにして立ちがあるとハルに手を伸ばして言った。

「ベッドの方に行こうよ」


 二人はベッドに腰を下ろしたと同時に唇を寄せて抱き合う形になった。瑠奈はハルに被さるように抱かれる事に安堵している自分に気がついた。

 この前は、ただ男性の堅いハルの体に圧倒されていたのだけれど、今日は包み込まれる事に柔らかい優しさを感じている。

「服脱ごうか」

「うん」

 二人が上半身裸になったところで、瑠奈が申し訳なさそうに言う。

「ごめん。僕、未だ胸とか出て無いんだ」

「そんなの関係無いよ」

「でも、こういう時って男の人は胸を揉んだりするのを楽しみにしているんでしょう?」

 何処で知った知識か知らないが、思わずハルは苦笑した。

「瑠奈はバカだなぁ」

 そのまま身をよじる形で押し倒された瑠奈は、自分の胸に優しくキスをするハルを感じた。

「やだ。舌を動かさないでよ」

 初めての感覚に瑠奈は思わず身をよじった。

「嫌なの?」

「……よくわかんない」

 自分の感覚が恥ずかしくなって誤魔化した瑠奈は、さっきバカにされた仕返しをしてやろうと思ってハルに言う。

「ハルの方はどうなってるんだよ?」

「何が?」

「下半身の方」

 瑠奈はそう言ってハルの股間を触りに行った。ほんの軽い冗談だったのだが、明らかに膨れた堅い感触がズボンの上からも判って、想像以上の現実を知った瑠奈は慌てて手を引っ込める。

「すっ凄いね」

 僕との事を考えてハルの下半身がいつもと違う状態になったのだと思うと、瑠奈の顔はミルミルうちに赤くなっていく。

「そうかな?」

「ハルの見てみたいな」

 性的に未だどっちつかずの自分だが、そんな僕にハルが欲情してくれたのは嬉しい。瑠奈は、その証拠を実際に見て確かめたかった。

「えッ?」

「恥ずかしいの?」

 一瞬たじろいだハルに、瑠奈はそう聞いた。ハルからすると、直ぐにでもお互いの体を貪り合うようになりたいという思いがある。よくよく考えたら恥ずかしがっている場合では無いとハルは思った。

「わかった。下も脱ごうか」

「うん」


 二人は寝転んだままの状態でもぞもぞとズボンを脱いでパンツを下ろした。

「ハル。僕の太ももになんか当たってるみたい……」

「それ僕の。ごめん」

「謝ること無いよ。別に嫌じゃ無いし」

「そう?」

 瑠奈は不思議な感覚だった。瑠奈に押しつけられているハルの体の一部は、汚いものという気もする一方で、嫌う様なモノでは無くて寧ろ愛すべきモノの様な気もする。

「ハル。ちゃんと見せてよ」

 瑠奈はそう言ってハルの体を起こして、薄明かりの中、そそり立っているハルのモノを見た。座って腰が引けている姿勢のせいか、こじんまりとして見えて、不思議と怖いと言う感じはしなく寧ろ愛おしいような気がした。

「触ってもいい?」

「うん」

 瑠奈は恐る恐る手を伸ばした。確か聞くところによると触られたり舐められたりすると、男の子は気持ちいいんだよな。でも、いきなり「舐めたい」って言ったらハルは引くかな……。瑠奈はそんな事を考えながらハルのものに手を伸ばした。

「どうしたらいいかな?」

 ハルが舐めて欲しいって言ったら舐めてあげよう。さっきハルは僕の胸を舐めたんだから、それぐらい良いだろう。瑠奈はハルの言葉に、行為が進んでいく切っ掛けの期待の様なものを抱いていた。

「握って」

「えッ?」

「嫌じゃ無ければ瑠奈の手で握るようにして欲しい」

「別に嫌じゃないよ。こういう感じ?」

「うん」

 瑠奈はハルに言われた通りにハルのものを握ってみた。


 瑠奈は、やっぱりこういう行為は自分の知らない事だらけだと思った。ハルは男の子だから、きっとエッチな本とかそう言うので色々知っているんだろうなぁと思った。しかし、そういうハルが求めているものを今の自分の体で出来るのだろうか瑠奈は少し不安になった。

「ゆっくり動かして」

「こう?」

 ハルの言葉に瑠奈は勝手が分からず男性器を握りしめたまま左右に振ってみた。すると「パコ」っという今までに聞いたことが無い様な音がして、瑠奈の手が不意に自由になる。


「えっ?えっ?」

 瑠奈の手の中には、ハルの体の一部だったモノが切り離された状態で在った。

「おちんちん取れたぁー」

 ハルが叫ぶ。事態がさっぱりわからない瑠奈は慌ててハルに聞き返す。

「えっ、おちんちんって取れるモノなの?」

「取れないよぅ!」

 ハルは泣き出した。どうして僕は、いつも良いところでこうなってしまうのだ。

「ごめん。ハル痛かったの?僕が変に力いれたから?救急車呼ぼうか」

「そうじゃないよ。そうじゃないんだ」

 ハルは泣きじゃくっている。瑠奈は唯々ハルの事が心配になった。

「大丈夫ハル?」

「ごめんね瑠奈。驚いたよね」

「いや。確かに驚いたけど。何がどうなってるの?」

「……僕、女の子になっちゃったみたいなんだ……」

「えっ、それってどういう事?ハルもユニセクシャルだったの?」

「そうじゃないよ。呪いでおちんちんが取れちゃったんだよ……」


 ハルは、このところハルの身に起きたことを瑠奈に一部始終包み隠さず説明した。石田には悪いと思ったが、媚薬を入りの弁当を食べた日のことも瑠奈に話した。もう瑠奈には隠し事をしておきたくなかったのだ。


「ごめん瑠奈」

「いいよ。ハルが謝ることじゃない」

「でも、瑠奈の思いに答えられないのが情けなくて」

「馬鹿。ハルがそんな事気にして如何するんだよ」

 実際、相手の肉体の要求に応えることが出来ないかも知れないと不安になっていたのは瑠奈も同じなのである。

瑠奈は生まれた時から、男でも女でも無いと言うことに色々と折り合いを付けて生きていく事を学んできたのに、ハルの場合は突然男性を失うという境遇に陥ってしまったのだ。

 不安や戸惑いは計り知れないモノだろうし、それを解ってあげられる人間というのは、自分しかいないのではないかと瑠奈は思った。

「ハル。キスしよう」

「でも……」

「いいんだよ。僕はハルが好きなんだから」


 瑠奈とハルはその日で一番長いキスをした。

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