第19話 二人 石田

「いっ石田。いたのか」

 変な姿勢でひっくり返っていたハルは、姿勢を直しながら頓珍漢な言い訳をして誤魔化そうとした。まさか石田の自慰を覗こうとしていたとも言えない。


「おっ、お前こそ今日は初めて恋人と外泊するんじゃ無かったのかよ。相手の事は聞かなかったけれど、俺は早川にそれとなく頼まれて講義の代弁をしたんだぜ。幸せのお裾分けのつもりか知らないが、お礼の弁当まであったし……」

 石田は照れ隠しか饒舌にまくし立てるように言う。どうやら優香里から事情を聞いた石田は、あの瑠奈の弁当を見てハルが首尾良く事を運んでいると思ったらしい。

「ち、違うよ。あの弁当はそう言う意味じゃ無いよ。単に余っただけのもので……」

「初体験出来そうだっていうので、講義の代弁とかで協力した俺に気を利かして用意したんじゃないのかよ」

「違う違う。第一、今日は出来なかったんだよ」

「できなかったって?もげたのか」

 石田はハルの横に転がっている、もげたちんちんを見て言った。ハルは恥ずかしくなって慌ててそれを拾って後ろに隠した。 


「うっうん」

「それは残念だったな。小塚からハルのが戻ったのは一時的なモノという話は聞いてたが、今日もげるとはついてないな」

「石田。僕を慰めてくれるのは有り難いんだけれど、下半身をそんなにいきり立たせて言われても困るよ……」

「すっ、すまん」

 石田の下半身は、精一杯怒張したハルのものよりも何倍も大きなものように見えた。実際の所はハルのモノとさして大きさは変わらなかったのかも知れないが、初めて間近に見たいきり立った他人の男性器にハルは威圧感を感じた。

ハルは、あんなのを体の中にねじ込まれるという事を考えると、まず「怖い」と言う思いが先に立った。そしてすぐに、さきほど自分が瑠奈に対してそういう事をする直前まで行った事を思い出して、少し自分勝手だなぁと思った。


「それで石田は何してたんだよ」

 ハルは石田を少し苛めて見たくなった。大体、僕が色々とおかしな事を考えなくちゃならないのは、石田が性欲にかまけて一人でいかがわしい事をしていたせいなのだ。

「いや、それは……。というか、ハルの方こそ下半身丸出しで何をしてたんだよ」

 そこでようやくハルは、先ほどベッドの上でパンツも脱ぎ捨てていた事に気がついた。

「おっ、女の子にそう言う事を聞くもんじゃ無いよ!」

 ハルは慌ててシャツの裾を引っ張って少しでも自分の下半身のラインを隠そうとした。そうしながらハルは、ごく自然に自分で自分の事を「女の子」と言ってしまった事に驚いていた。そして性欲が収まり切れていない石田を目の前にして「女の子」であるというのは危険すぎるのではないかと思った。いや、むしろ石田に対しては「女の子」の方が安全なのか?


「もしかしてハル。今日恋人とうまくいかなくて欲求不満なのか」

「うっ、うるさいな!」

 石田に「欲求不満」と指摘されて、ハルは先ほど石田の吐息を聞きながら自分の女性器を弄っていたことが、自慰行為であったことに気がついて赤面した。

「もしハルが良かったら俺が……」

「うわぁー!」

 石田が何かとんでもない事を言いそうになったのを感じでハルは大声を出して言葉を遮った。


「す、すまん。冗談にしてもいうべき事じゃ無いな」 

 正気を取り戻したのか慌てて石田が言いかけた言葉を取り消した。石田の下半身は未だ大きく反り返ったままだった。

ハルは、石田は達する事が出来ず苦しい状態なんだろうなと思った。だから血迷った事を言いそうになりかけるんだ。

「とっ、取り敢えず、僕がむこうを向いているから石田は最後までしてしまえよ。そんな状態のを見せられてては話なんて出来ないよ」

「い、いや」

「あ、やっぱり僕がそばにいちゃマズいよな。すぐに部屋を出て行くから」

「いや、そこにいてくれ」

「えっ?」

 石田の言葉にハルは戸惑いを覚えた。それは僕を見ながらしたいということなのだろうか。


「いてくれるだけでいい。もちろんハルが嫌じゃ無ければだが……」

 そう言って口ごもる石田に、ハルは誇らしさの様なものを感じている自分に気がついた。必死にそれを悟られまいとハルは顔を背けて石田に言った。

「べっ、別に良いけど……」

 ハルは自分で、トンデモ無い事を許してしまったことに気がついて慌てて言葉を続けた。

「そばに居るだけだからね。僕の体に触ったりしたら承知しないよ!」

「わっわかった……」

「今日だけだからね!」

「おっおう」  


 ハルが顔を背けると、早速すぐそばで石田が激しく自分のものを慰めているのがわかる。これって僕の事を思いながらしているって事で間違い無いってことか。もうその結論からは逃げられないことを悟って、ハルはこれからどうなってしまうのか不安になった。

 その不安を紛らわせるかの様に自然とハルの右手は自身の下半身に伸びていった。石田の動きを横に感じながら気づかれぬ様に自分の敏感な部分を探り、自分を慰める感覚を追い求めようとした。その時、石田がせつなそうな声を上げた。

「ハルっ」

「なっ名前を呼ぶなよ!」

 我に返ったハルが思わず石田の方を振り向いた瞬間、ハルの顔に何かが降ってきたのを感じた。びっくりするほど熱かったそれが、石田のものであることにハルはすぐには気がつかなかった。

「す、すまん」

 石田のその言葉にハルは、自分は男性の精をかけられたのだと知った。自分のほっぺたに掛かった白い液体を手でぬぐうと、男性の匂いが余計に広がりハルは本当に石田のものをかけられたのだなと感じた。その直後に、汚された屈辱感とも最後まで見届けた達成感とも知れぬ得体の知れない感情がハルを襲った。


「馬鹿馬鹿馬鹿石田の馬鹿!酷いよ」

 ハルは自分の心の中にわき上がってきた感情を否定するかの様に大声で叫んだ。

「わ、わるかったよ」

「でていけ!今日は帰って来るな!」

 ハルの剣幕に気圧され、石田はズボンとパンツを片手に転がるようにして部屋から追い出された。


「石田の馬鹿」

ウエットティッシュで石田に汚された顔を拭きながらハルは一人で呟いた。換気のために部屋の窓を開けたハルは、石田に対してやるせない気持ちが募るのを感じていた。

 僕が体に触れることを許さないって言ったのに、石田の奴はそれよりも酷い事をした。なんて酷い奴だ。

 形だけでも判らない様に気を遣ってくれるそぶりを見せてくれるのなら独りで慰める分は大目にみてやってもいいのに、僕をすぐそばにおいて自分でするってどういう神経なんだ。だいたい最後に僕の名前を呼ぶなんて、そんなことされたらどうしても意識しちゃうじゃ無いか。


 ハルは不思議と嫌な気持ちになっていないのに気がついた。もしかして瑠奈もこんな気持ちになったのかな。ハルはキスをして後ろから瑠奈に抱きついて体をまさぐった自分を石田と重ね合わせてみた。もしかして僕は石田に体を許す気になる一歩手前だったっていうことか。まさかそんな。そう考えてしまったハルは、途端に息苦しくなり心臓の鼓動が激しく脈打つのを感じた。と、その時ドアをノックする音が聞こえてハルは飛び上がった。


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