第17話 二人 媚薬


「お茶飲む?」

「うっ、うん」


 よく分からないまま、午後の講義をさぼって瑠奈の部屋に引っ張り込まれたハルは、絨毯の上に腰を下ろしガラステーブルについたものの所在なさげにしていた。

「コタツしまったんだ」

「うん。この所、暑かったからね」

 台所でお茶の用意をしている瑠奈が応える。

「そっか」


「おまたせ。ハルはハーブティーでも良かったよね?」

「うん」

 瑠奈は一瞬、ハルの為に買っておいた珈琲を入れようかと考えたのだが、興奮させるようなものはマズいと思い直して、精神を落ち着かせる効果のあるカモミールティーにした。

「えっと」

「あのっ」

 お互いが発した言葉が重なり、その後に沈黙になった。

「なあにハル?」

 耐えきれず瑠奈が譲る形でハルに聞いてきた。

「えっと。さっきは一体何だったの?ほら優香里との話さ」

「こっ答えなくちゃ駄目かな?」

「いや、嫌なら良いんだけれど……」

 瑠奈が言いにくそうにしていたのでハルはその話はそれ以上は追求しなかった。しかしハルには、もう一つ気になる話があった。


「それと……」

「それと?」

「あの、僕が「片思いじゃ無い」って言うのは……」

「うっうん。僕の気持ちは「そういうこと」だから」

「そっか。「そういうこと」か。良かったぁ」

 ハルはそう言って一息ついた様だ。そんなハルの様子を見ながらも、瑠奈は今のハルは媚薬を大量に摂取しているから、何時強引に押し倒されてもおかしくないのかも知れないと重い自然に体に力が入る。

 そんな瑠奈の気持ちを知らないハルは呑気な様子でお茶を啜っている。普段とさして変わらぬハルの様子を見て瑠奈は少し安心をした。どうやらハルには耐性があったのか媚薬は優香里に脅された程は効いていないみたいだ。もしかすると、さっきのハルが気持ちを確認してきてくれたのが媚薬の効果だったのだろうか。だったらちょうど良い感じだなと瑠奈は思った。

暫くすると、ハルはおもむろに立ち上がった。瑠奈の体にに緊張が走る。

「ごめん瑠奈。トイレ借りてもいい?」

「いいけど」

「じゃ借りるね」

 のんびりとした口調でそう言って歩き出したかと思うと、ハルは足を滑らして鼻血を出しながら後ろ向きにひっくり返った。大量の鼻血が綺麗な放物線を描く。瑠奈は慌ててハルに駆け寄った。

「だっ大丈夫ハル?」

「うっうん」

 幸い意識はあるようで、倒れたままの姿勢でハルは手で顔をぬぐった。


「鼻血が出た」

 ハルはべっとりと手についた自分の血を見ながら人ごとのように言う。

「血が止まるまでじっとしときなよ」

 そう言って瑠奈は、倒れたハルの後ろに回って、そっとハルの頭を持ち上げて自分の膝で挟むようにした。

「こうして持ち上げてる方が、止まりやすいよ」

「ごめん瑠奈。鼻血で部屋を汚しちゃった」

「それは別に良いんだけど」

 入れすぎた媚薬の影響なのだろうか?瑠奈はハルが大量の鼻血を出して倒れたことが心配だった。もし容態が悪いようならば、救急車を呼ぶべきかも知れないと考えていた。

「瑠奈ぁ」

「何?」

 ハルをのぞき込む形で瑠奈は返事をする。

「好き」

「えっ」


「好きだ」

「うっうん。知ってる」

「僕は瑠奈の事が大好きだ」

「僕もハルの事、好きだよ」 

 ハルの様子がいつもと違うのは媚薬のせいだろう。適当に相手をしながら瑠奈は手を伸ばして机の上にあったウエットティッシュを取って、膝の上のハルの顔をぬぐってやった。

「僕、瑠奈のこと抱きしめたい」

「はいはい。それは鼻血がおさまってからね」

 瑠奈は、そう言ってハルの言葉を受け流したつもりだったが、口に出してしまった後で抱きしめられるだけでは話が済みそうに無い事に気が付いた。


「もう、鼻血は止まってるよね」

 ハルのその言葉に瑠奈の体がこわばる。

「だっ抱きしめるだけだよね?」

「瑠奈は嫌なの?」

 ハルが心配そうな声を上げる。

「嫌じゃないけど」

「じゃいいの?」

 体を起こしたハルが、体勢を変えて今度は瑠奈に覆い被さる形で詰め寄ってくる。


「怖いよ。ハル」

「ごめん」

 そう言ってしゅんとするハルを瑠奈はいとおしく感じた。

「ハル。まずはキスをしようよ」

「いいの?」

「うん」

 そう言って瑠奈は目を閉じた。とがらした唇にハルの唇の感触を感じ、瑠奈はハルの唇に押されるままにゆっくりと倒れるような形になった。少し血の匂いがして生々しい感覚を覚えたがそれは別に不快では無かった。


 不意にハルの唇が離れた。自然と瑠奈はハルの唇の感覚を追い求めるようにあごを動かしていることに気が付いた。はしたない事かも知れないが、どうやら自分が思っていた以上にハルの事を求めているようだ。もう少しキスをしておきたいと瑠奈が思っている所に、ハルは角度を変えてもう一度唇を合わせてきた。

 ハルの舌先が恐る恐る瑠奈の中に入る。瑠奈はそれを迎入れて、今度は自分から大胆に舌を絡ませていった。

 慣れない感覚にしばし二人は夢中になった。限界を感じた瑠奈がハルの肩を軽く押して二人は離れて、互いに深い息をついた。そこでようやく二人は呼吸をするのも忘れていたことに気がついた。


「ハル。激しすぎるよ」

 呼吸を整えながら瑠奈が言った。

「瑠奈の方こそ」

「さっきの僕のキスの仕方って変じゃなかった?」

「わかんないよ。僕、初めてだったし」

「そっか。ハルはファーストキスだったんだ」

「瑠奈はどうなんだよ」

「へへ。それは内緒」

「なんだよそれ」

「でも、ちゃんとしたのは初めてだよ」

 ちゃんとして無いのはあったという事なのだろうか。瑠奈のその言葉は、ハルの独占欲を刺激した。


「瑠奈、もう一回したい」

「いいけど、ベッドに行ってからにしようよ」

 瑠奈は自分でも驚くほど大胆になっている事に気が付いた。

 と同時にベッドの上でハルをがっかりさせてしまわないか不安になる。

 先に体を起こしたハルが、瑠奈の手を引っ張って体を起こした。立ち上がった瑠奈がハルの手を引いてベッドの方へ足を踏み出した瞬間、ハルが後ろから瑠奈を抱きしめた。

「こらっ。駄目だってハル」

 体をこわばらせた瑠奈が言う。 

「我慢出来なくなったんだよ」

 ベッドまでのほんの二、三歩が我慢出来ないってよっぽどだと思いつつ、瑠奈は学校でハルがこんな状態にならなくて本当に良かったと思った。


「わかった。わかったから、ちょっと落ち着こう。一旦離れてよ」

「嫌だ。瑠奈を抱きしめていたいんだよ」

 ハルはそう言って器用に瑠奈のジーパンのベルトを外してボタンに手を掛けたかと思うと、左手を瑠奈のシャツの中に手を入れてきた。こそばゆい様なハルの手の感覚に瑠奈は体をよじろうとする。

 それを逃がすまいと押しつけてくるハルの体の堅い感触に、改めて瑠奈はハルは男性なのだなと思った。そうしているうちにハルの右手が瑠奈のジーパンの中に滑り込んで、指先が下着の中に伸びる。

「やめて。駄目だって」

 その言葉にハルの手の動きが止まる。


「嫌なの?」

「ごめん。嫌じゃ無いんだけど、怖いんだ」

「大丈夫だよ」

 再びゆっくりと動き出したハルの右手は瑠奈の下着の中を探った。臍の下の若草の様な感触を確かめながら、ハルの指先はその下にあるわずかにへこみの気配があるだけの平坦な肌に触れた。

 それはまだ男性でも女性でも無いユニセクシャルの瑠奈の体だった。


「ごめん。無いでしょう?僕はまだ女の子の体になってないんだ。がっかりさせてごめん」

 瑠奈はうつむいてそうハルに告げた。

「瑠奈の馬鹿。怒るよ」

「えっ?」

 ハルは瑠奈の体を回転させるようにして向き合うと、瑠奈とおでこ同士を押しつける様にして言った。

「がっかりするわけないじゃないか。僕は瑠奈の体だから愛おしいんだよ。有るとか無いとかとは違うんだよ」

「ハル……。痴漢みたいに僕のお尻を触りながらそんなこと言っても説得力無い……」

 ハルの右手は、瑠奈のジーパン中に滑り込ませて下着の上から小さく丸い臀部の膨らみを確かめる様に触っていた。

「ぼっ僕は、瑠奈のお尻が好きなんだよ」

 慌てて言い訳するハルのことを瑠奈は可愛らしいと思った。

「知ってる」

「えっ?」

 驚くハルの手をふりほどいた瑠奈は振り返り背中をハルに押しつけた。瑠奈を後ろから抱きしめる形でハルの手が伸びる。瑠奈はハルに抱かれながら腰の辺りにハルの堅いものを感じた。悪戯心もあって瑠奈はわざと腰を押しつけてみた。呼応するようにハルの腰が少し動いた。

「だって、最近のハルは隙あらば見てたでしょう?僕のお尻」

「気づいてたの?」

「なんとなくね。ハルの視線は気になってた」

「ごめん。嫌じゃなかった?」

「馬鹿。嫌だったらこんなことさせてないよ」

「そっか」

 瑠奈は、今日のハルは媚薬で暴走気味だけれど、やっぱりハルはハルなんだなと思った。何だか少し安心できて、瑠奈はこわばらせていた全身の力を抜き、体をすっかりハルに身をゆだねるようにした。


「ハルさぁ」

「なに?」

 ハルに包まれるような形になった瑠奈が意を決して口を開いた。

「冷蔵庫に無塩バターがあるんだ」

「えっ?料理でもするの?」

「馬鹿。雑誌で読んだことがあるんだけれど、溶かして使ったらハルのが入ると思うんだ」

「それって潤滑剤ってこと?」

「今の僕にはそっちしかないから……」

「お尻を?本当に良いの?」

 ハルも瑠奈もそう言う愛し方の方法がある事は知っていたが、実際に自分達が行うということになると戸惑いもあった。


「うまくできるかどうかわかんないけど、ハルが嫌じゃなかったら試してもいいよ」

「嫌じゃ無いよ。でも今日の瑠奈、無理してない?」

「してないよ」

 瑠奈は、万が一ハルとこういうことになった時の事を妄想しながら無塩バターを買い物篭の中に入れた事を思い出した。その時からハルを受け入れる期待と覚悟があったことに気が付いた。

「ハルは僕が女の子になるまで待てるの?」

「まっ、待てないよ」

「僕だって待てないんだよ」

 瑠奈は自分の欲求というものを初めて明確に自覚した。それは多分男性のハルとは感覚が少し違うのだろうけれども、それでもお互いに求め合っていると言う部分では同じなのだろうと思えた。


「じゃ冷蔵庫のバター取ってベッドに行こう」

「まって。先に体を洗わせてよ」

「う、うん」

 ハルの腕から離れた瑠奈は、ふらふらとした足取りで浴室の方へ行った。途中で着替えを用意していない事に気が付いたが、今日はそれで良いんだと思って顔が熱くなった。


 一人残されたハルは、瑠奈が浴びるシャワーの音を聞きにながら、急に心配になってきた。男性である自分は刺激して貰えば最初から絶頂に至る事が出来るだろうけれど、瑠奈を満足させることはできるのだろうか。よく最初は痛いだけだったという話を聞く。

 特に瑠奈が女性の体になる前に、後ろを使ってしようというのだから、ただ不快な思いをさせてしまうだけにはならないだろうか。

 そういった不安はある一方で、膨張しいる下半身でこれから瑠奈につながると考えると胸が締め付けられるほどの興奮を覚えているのも確かで、ハルは瑠奈の中に入れたいという欲求は抑え切れそうにないものであるのは自覚できていた。

 ハルは覚悟を決めた。瑠奈が一旦その気になってくれた以上は、もう引き返さない。多少強引になろうとも、とにかく思いを遂げようと思った。

 覚悟を決めたハルは、自分のパンツの中に手を突っ込んで、これから使う事になる自分のモノを確認してみようとした。衛生面とか考えるとやはりゴムは付けた方が良いのだろうか。バターを使うとして、どうやって溶かすんだろうか。ハルは、そんな事を考えながら自分のパンツの中に手を入れると、そこにはいつもとは違う奇妙な感触があった。何か自分のモノでは無い別の物体が入っている様な感覚。


 驚いたハルは慌ててズボンを下ろし自分のパンツを下げた。パンツと一緒に自分のモノが一緒にこぼれた。


「もげた」


 ハルは取り乱した。一体これは何の呪いだ。

 確かに小塚の話では、ハルのちんちんが元に戻るのは一時的なものだという話であったが、何も今じゃなくても良いだろうと思った。何故せめてあと数時間保ってくれないのだ。

 いや行為をしている最中にもげなかっただけ、まだ救われているのか。混乱したハルの頭の中で様々な思いが駆け巡る。

 気が動転していたハルは、膨張したままの状態でもげた自分のちんちんを慌てて股間に押しつけてくっつけようとした。

「あれ?濡れている?」

 ハルは自分の股間に濡れた異物が当たる様な意外な感触を感じた。

 気が付かないうちに小便をもらしてしまったのかと焦ったハルは、転がっていたウエットティッシュをとって慌てて自分の股を拭こうとした。

 ウエットティッシュを手に取ったハルは、もしかして股間の湿りは小水ではない別のモノであるかも知れない事に気が付き、恐る恐る自分の股間に触れてみた。そこには紛れもない割れ目があり少し湿っていた。僕は女性器を小水とは別のモノで濡らしている。僕は女の子として興奮してしまっているのだ。そのことがハルにとってはショックで、慌ててその湿りをぬぐった。

 ハルは、未だ女性器が無い事を気にしている瑠奈がいる一方で、それが自分の方に出来てしまっていることに気がつき、罪悪感のようなものを感じた。


 ハルは自身の下半身を覆い隠す様に手早くズボンを履いて、自分の荷物をまとめながら浴室の瑠奈に叫んだ。

「ごめん瑠奈!」

 ちんちんがもげてしまった状態では折角、体を許してくれる気になっている瑠奈をどうにも出来ない。なにより自分の女性器を見られるのは恥ずかしいし、女の子の体になろうとしている瑠奈を傷つけてしまいそうだと思った。


「えっ?何か言った?」

 浴室の中にいた瑠奈はシャワーを止めて聞き返す。

「ゴメンよ!僕が悪いんだ」


 靴を履き荷物を抱えて部屋を出て行こうとするハルは大きな声で瑠奈にそう応えた後、逃げるようにドアを閉めて駆けだした。

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