第14話 ハル 呪いの研究

「俺が思うに、もしかするとハルの呪いは魔道書なんかを使った魔法トラップによるものなのかも知れないぜ」

 古ぼけた第二学食で水っぽいカレーを頬張りながら小塚がハルに言った。ハルは、自分に掛かった呪いの事を色々と調べて貰っている小塚に、昼食をたかられている形になっていた。


「どういう事?」

「しかしココのカレーはサラサラだよな。どうせハルにおごって貰うのならば、カツカレーにしとけば良かった」

「話をはぐらかさないでよ」

 ハルは小塚に文句を言った。

「ごめんごめん。呪いと言っも生体の構造を不自然無く作り替えているわけだから、普通に術式を書いてそんな高度事をやらせようとしたら、とんでもなく大がかりな魔方陣とかになるはずなんだよ」

 基本的に高度な魔法の運用というのは、数多くの小さな魔法の影響を複雑に組み合わせることで術式を構成することになる。魔力だけでは無く膨大な知識を基に様々な魔方陣を組んでいくことになり、術が高度であればあるほどその規模は大きくなる傾向がある。

 ハルの男性の部分を奪い取った魔法は、モノを浮かしたり、切り取ったり、潰したりするような単純な魔法では無く、体の仕組みを作り替えるという非常に高度なものであった。確かにコレを魔方陣で組んでやろうとすると、大規模な魔方陣の中心にハルを据える必要がありそうだ。


「本当に男性器を無くすような魔道書があるのかは判らないけれどな。しかし魔方陣を使っていたとすると、よほど上手く隠蔽しないと魔力の動きとか気がつくハズだろう?」

 魔方陣は魔道書とは違い、解放された空間に展開されるので、そこから発生する魔力の気配を消すことは中々難しいと言う特徴が有った。

「そりゃ僕だって魔法使いの端くれだから、大きな魔方陣の中に自分が入り込んだりしたら気がつくと思う」

 小塚は鼻で笑った。

「魔法使いの端くれって、ハルは実践魔法の演習とかでも、歴代記録を塗り替えるような、ずば抜けた成績じゃないかよ。飛び級でこの学校に入ってきているしさ。魔法使いとしてのエリート教育を受けて来てるんじゃ無いのか?」

「えー。飛び級は関係無いよ。僕は魔法免許の限定を解除するには飛び級が早いって教わってたから、限定免許を取ったらこの学校を受験しようって自然に考えてただけだし」

「でも、家族が魔法関係者だろう?小さいときから英才教育とか有ったんじゃ無いの?」

「確かに母親は魔女だけどさぁ。うちは魔法教育とか、そんなの無かったなぁ。魔法使いになりなさいとも言われたこと無いし」

「でも小さい頃から魔法使いにはなりたいと思ってたんだよな」

「母親の仕事がそうだったからね。なにより面白そうだったから。それで、特に何をしてたってわけじゃないんだけれど」

「ふーん。変わってるよな。まぁハルは最初見たときから特別っていうか自然な感じはしてたけど」

 そう言う小塚は嫉妬というより羨望に近いまなざしでハルを眺めた。


「でも本当に魔道書なのかな。魔道書を持った人と対峙した覚えは無いんだけれど」

「何も魔道書が本の形だとは限らないぜ。鏡だったりカメラに組み込まれていたりしてさ。動画や音声データってこともありうる」

「でも魔道書は何らかのアクションで、発動させなきゃならないよね?」

「それは色々と設定が出来るぜ。お前が瑠奈様にキスするのを魔道書が検知するとか。あるいは、瑠奈様とそれ以上の事をしたのを読み取って発動するとか」

「なっなんでそんな話になるんだよ」

 瑠奈とどうこうするという話にハルは焦って言った。


「だって、恋愛感情って言うのは呪いの基本だぜ?当然恋愛に関する事柄がキーになる設定があってもおかしくは無い。というかハル。お前やっぱり既に瑠奈様と……」

「いや、いや。そんなのは無い。からかわれておでこにキスされただけだ」

「うーん。呪いというのは、関係する人間の思いの強さも効果に影響するわけだから、挨拶程度のキスを検知して魔法を発動させる条件設定にするのは、少し弱いんだよなぁ」

「そりゃそうだよ」

「でも「恋は盲目」とよく言うからな。冷静な判断が出来なくなって、呪いの発動として些細な事を条件設定を置いてしまうって事もありうる。例えば「握手する」とか「会話した」とか」

「そんな。僕みたいな被害者が他にもいるかもしれないって事?無茶苦茶だよ」

「可能性としての話だよ。嫉妬を元にした呪いっていうのは、他人の目から見ると実に不合理なものだからな」

「不合理じゃ済まされないよ」


「まぁ、ハルとしては今の状況は不合理で不条理だもんな。実はそんなハル君に一つ朗報があります」

 小塚は自信ありげな表情をしている。

「もしかして呪いを解く手がかりか何か見つかったの?」

「いや、それはまだだけれども、貰ったハルの片方の金玉をいじくりまわしているうちに、別口のアプローチを思いついたんだ」

 自分の睾丸が小塚にいじくり回されているのは、少々引っかかるが、何か進展があるというのは喜ぶべき事かもしれないとハルは思った。

「どんなアプローチなの?」

「まぁ話を聞け。お前は未だ自分のモノは持ってるよな」

「うん。捨てるなんて出来ないよ。この前のガラス瓶に入れたまま寮の部屋に大切に保管している」

「よし。これから呪いの効力をずらしてハルの股間の再構築を試みよう」

「どういうこと?」


「本来あるべき形にしようって話さ。今は、あるべき所にあるべきものが無く、有るべきで無い所にあるべきで無いものがあると言う状態だよな。世の『理』から言えば今の状態が異常だろう?だから、ちょっと呪いの力を加えることで『理』の復元力を利用し元にもどすっていう寸法だ」

 そう言ってカレーを食べ終わった小塚は、学食のトレイを脇にやって空いたテーブルのスペースに魔方陣が書かれた羊皮紙を広げ、その上に貴石を置いた。

「これは?」

「呪術演習の時間を利用して作ったんだよ。もう呪いを発動させている状態だから、後はハルがこれに手を置いて、力を受け取れば良い。あるべき所にあるべきものが戻るはずだ」

「ここでやれるの?」

「まぁ、やってみろよ」

 小塚に促されるまま、ハルは魔方陣の上の貴石に手を置いた。

「感覚的には鉄板の凹んだ所を後ろから叩いて元に戻す感じかな」


 その小塚の言葉が終わらないうちに、ハルの腰の辺りに鈍器で何度も叩かれる様な感覚が襲ってきた。

「うっ」

 今までに感じたことが無いその感覚に、ハルは思わず椅子から飛び上がった。その様子を見みた小塚は笑いながら言う。

「トイレで確認してこいよ」

 そう言うわれてトイレに立ったハルは、そこでパンツの中に自分のモノが存在している事を確認した。あらためて自分のものを見ると随分懐かしい気がする。

「凄いよ小塚。成功だよ!」

 帰って来たハルは喜びながら小塚に報告する。

「しかし完璧に呪いを封じ込めるものでは無いからな。戻ったのは一時的で、時間が経てば呪いの魔力に押し切られてまたすぐ消えるはずだ」

「えっ、それは困るよ」

「この方法は無理矢理『理』に力を加えている状態だから長く持たすことは出来ないんだよ。またハルの体に負担がかかるものだから、何回もできるものでもないしな。根本的に解決するのには、やはり呪いを解除しないとだめだ。しかし一時的とはいえ自分のものが戻ってくるのは嬉しいだろう」

「そりゃ、まぁ……」

「よし。じゃこの呪法のお代はどうしようか」

「えっ代金取るつもりなの?」

「当たり前だ。でもまぁ今回のは課題のついでで作った奴だから安くしとくよ」

「安くしとくって、これっていずれ消えちゃうんだよね。効力はどれくらい持つものなの?」

「わからん。かけられている呪いの力と『理』の復元力の兼ね合いもあるからな。でも金玉一つだっても、やれる事は出来るんだから手早く済ませてしまえば問題は無いはずだぜ」


「済ませるって何を?っていうか、僕の睾丸って一つになっちやってるの?」

 ハルは慌てて自分のズボンの中に手を入れて確かめようとする。それを小塚が制する。

「まてまて。ここで確かめようとするなよ」

「でも一つって」

「もう俺が片方貰っているんだから、仕方が無いだろう」

「片方無くなっているなんて酷いよ」

 ハルはそう言って小塚に抗議する。

「心配しなくとも、ちゃんと呪いが解けたら元に戻るんだから。この呪法は、あくまでもそれまでの継ぎなんだから」

 泣きそうなハルの顔を見て、小塚は頭を掻きながらそう説明する。元々小塚にはハルをいじめる気はさらさら無かった。


「本当?」

「ああ多分大丈夫。それと、今の片方欠けている状態が気に入らないんなら、取りあえず今回のお代はこのカレーで勘弁しといてやるよ」

 小塚は、お代にしても元が演習の時間を利用して作った呪法だし、成功するかどうか判らなかったものだから、値段をふっかけるつもりは無く、最初から昼飯ぐらいでも良いかという思いもあった。


「あ、ありがとう」

 思いかげず、あっさりと小塚の方が折れたのでハルは少々戸惑いつつも礼を言った。

「さぁ、そしたら寮の部屋にでも行って一人になってこいよ。ハルも溜まってるんだろう?」

「溜まってるって何が?」

「する時には、ちゃんと部屋に鍵かけとくんだぞ」

 そこまで言われてハルはようやくそれが自慰行為のことである事に気が付いた。

「たっ溜まってなんかいないよ!」

「まぁ、照れるな照れるな」

 小塚はハルをからかっていた。呪法の代金を安くしたのだから、これぐらいは良いだろう。ひとしきりハルで遊んだ小塚は、そろそろ学食を出で午後の講義に行かなくてはならない時間になっていることに気が付いた。


「じゃ俺、講義があるからもう行かなくちゃならん」

「うん。わかった」

「あとなハル」 

 荷物をまとめていた小塚が、あらたまった口調でハルにいう。

「何?」

 ハルが不思議そうに小塚を見る。

「言い忘れてたが、石田には気を付けといた方が良いかもしれん」

「なんだよそれ」

「石田が意識して無くても、想いって言うは気が付かないうちに理性の水面下で募るものさ。いつか思いもかけない形で表面にあらわれてしまう事があるかもしれない」

「何が言いたいんだよ?」

「色々気を付けろってことさ」

 そう言い残して学食を後にした小塚は、今日の自分は少々お節介が過ぎたかも知れないと思った。

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