第10話 夜遊び 帰宅

「ハルお前、一体何してんだ?」

 瑠奈の家からこっそり寮に帰ってきたハルは、玄関先で風呂上がりの小塚に捕まった。


「いや、ちょっと出かけてて。今帰って来たところ」

「出かけてたって何処へさ?」

「えっと、同じ学科の塩見さんの家に……」

「おいハル。ハルの学科の塩見さんって塩見瑠奈様の事か?」

 突然、小塚が色めき立つ。

「ま、まぁそうだけれど、小塚は瑠奈のこと知ってるの?」

 戸惑いながらもハルは小塚に聞いた。

「知ってる何も『麗しの瑠奈様を愛でる会』の会員だよ俺は。しかしどうしてハルみたいなちんちくりんが瑠奈様みたいな美人の家にお邪魔してんだよ」

「いや、そんなこと言われても…………」

「まさかお前。瑠奈様の事を「自分の恋人だ」とか、大それた事を言い出すんじゃないだろうな」

 小塚は身構えて言う。

「こっ、恋人とかじゃないし」

 小塚に瑠奈のことを「恋人」と言われてハルは慌てて否定した。

「おい。「とか」って何だ?」

「たっ、ただの友達って事だよ……」

 ハルが小塚にしどろもどろになって答える。しかし友達っておでこにキスしたりするんだろうか。一瞬、ハルは夜中布団の中に入って眠りに入る前に、石田におでこをキスされるのを想像してしまった。


「おう。ハル帰って来ていたのか」

 そこにやって来た石田が声を上げる。

「いっ、石田!」

 ハルは自分の顔が一気に赤くなってしまうのを感じた。石田とは夕方喧嘩別れていて、ただでさえ顔を合わせにくいのに、顔を赤らめている所を見られるなんて恥ずかしすぎる。ハルは思わず顔を背けた。

「なっ、なんだよハル?」

 石田が怪訝な顔をした。そこに小塚が話しかける。

「おい石田聞けよ。ハルの奴、今日は瑠奈様の家に遊びに行ってたんだぜ」

「ああ。今日は友達の家に泊まるとか行ってたが、そいつの家か」

 憮然として石田が言う。石田は「友達の家に泊まる」と言ったハルの言葉を覚えていたようだ。その言葉を小塚が捉えた。

「おいハル。泊まるって何だよ。さっきと話が違ってくるじゃ無いか。瑠奈様とは、もうそう言う仲になっているとでも言うのか!?」

 小塚は取り乱していた。ハルは正直な所小塚の事はどうでも良かったが、心の中で石田に勘違いされるのは嫌だなという思いがわき上がっていた。

「いやいや。瑠奈ん家には、優香里も一緒に行ってたし……」

「優香里って、早川優香里さんのことか!」

 ハルの言葉に再び小塚が叫ぶ。

「そ、そうだけど」

「俺、優香里さんのファンクラブの会長だよ。俺は呪術学科なのに、勢い余って関係の無い早川教授の占星術のゼミまで受講する始末だ」

「小塚。お前何者だよ」

 石田が呆れたように小塚に言った。

「俺は、可愛い子が好きなんだよ!」

 何故か小塚は力強く宣言をする。


 石田はそんな小塚を放っておいて、ふと思い出したようにハルに尋ねた。

「しかし早川の家って門限とか厳しそうだから、途中で帰ったんじゃないか?」

 石田は優香里のことも見知っていた。確かに石田の言うとおり、酔いつぶれた優香里は父親の早川教授に抱きかかえられる形で途中で帰ったのだった。

「まぁ、そうだけど……」

 ハルが呟くように答える。

「という事はハル。お前、やっぱり瑠奈様と二人っきりで一晩供にするつもりだったのかよ」

 ハルの言葉に小塚が食いつく。

「いやいや。それは無い。僕は瑠奈に突き飛ばされて玄関先でへたり込んでいる間に、ドアを閉められて鍵まで掛けられたし」

 石田と小塚の動きが止まる。顔を見合わせた二人だったが、小塚が恐る恐るハルに聞く。

「ハル。お前は一体何をしたんだ」

「いや、したんじゃ無くて僕はされた方だよ」

「だから何をだ?」

「えっ、お休みのキス だけど……」


 ハルは、咄嗟に「キス」と言ってしまった。ハルの口から出た言葉に場の空気がざわつき、その様子見たハルは「しまった」と思った。慌ててフォローをするつもりで更に言葉を続ける。

「キスされたって言っても、おでこだよ。おでこ」

「おいおいおい。ハルは瑠奈様から『おでこキス』を受けたというのか!」

「ま、まぁそうだけど」

 興奮する小塚に圧倒されつつも、ハルは事実を認めるしか無かった。


「で。それでお前は、そのまま何もしないで帰ってきたのか?」

 石田が呆れたように言う。

「そ、そうだけど」

「そりゃハルよ。突き飛ばされて鍵を掛けられても文句は言えないわな。たとえハルの下半身があんな状態だって言っても色々やりようは在っただろうに」

「えっえっ?どういう事?」 

「これだからお子様ショタ童貞は」

 小塚がやるせない思いを叩きつけるようにして言った。

「悪かったよ童貞で」

 第一今の僕は「無い」のだから、そこはどうしようもない所だろうとハルは思った。


「悪いと思ったのなら、恥をかかせた瑠奈様に謝れ。『瑠奈様を愛でる会』の会員達に謝れ。当然俺にも謝れ」

「嫌だよ。小塚にだけは謝りたくない」

「なんだと!」

「まぁまぁ。ハルが無事に帰ってこれたって事で良いじゃ無いか。小塚だってハルが未遂で終わった方が良かったんだろう」

 石田が小塚に言う。

「そりゃまぁ、そういう考えもあるな。今のハルならどうやったって間違いは起こるはずもないし……」 


 ハルは石田の言葉が自分の事を助けに入ってくれたんだと思う一方で、瑠奈のことを石田はどう思っているのだろうか気になったのだが、それを聞くのは少々怖い気もした。真貴子先輩の事で石田と喧嘩をしたばかりで、さらに瑠奈の事まで良くない風な事を言われたらと考えると、少なくとも今は話題にしたくは無い。

「そうだ。石田にお土産があるんだった」

 ハルは瑠奈の話題を終わらせようとして、早川教授に貰ったケーキの話をした。

「なんだよ?」

「ケーキだよ。部屋で一緒に食べよう」

 そう言ってハルは持っていたケーキ箱を上げて見せて、自分達の部屋に向かった。


 自分の部屋に帰ってきたハルは、憮然とした調子で言った。

「なんで小塚がいるんだよ」

 ハルと石田の部屋に、図々しくも小塚が上がり込んでいたのだ。

「おい。「なんで」とはなんだよ」

「まぁ、いいじゃないか」

 どうも小塚はお土産目当てに居座るつもりらしい。

「ケーキは二つしか無いんだよ」

「ハルはどうせ瑠奈様の所で何か食べてきたんだろう?」

「うっそれは……」

「だったらケーキぐらい俺に喰わせろよ。自分ばかり良い思いしているのはずるいぞ」

「別に良い思いとかはして無いんだけれど」

 ハルは仕方なく、小塚に自分が食べようと思っていたケーキを明け渡した。


「旨いなこれ」

 普段甘い物を食べている印象が無い石田がケーキの味を褒めた。

「うん。早川教授から頂いたんだ」

「優香里さんのお父さんの?」

「そうだけど」

「あの先生怖い」

 小塚がケーキをほおばりながら言う。それを見ながら石田が小塚に言った。

「そういえば小塚は早川教授の講義を取っているんだってな」

「ああ占星術のな」


 ハルは早川教授の振る舞いを思い返しながら言う。

「僕は別に怖い事はなかったけれどなぁ。どちらかというと紳士的で優しそうだったよ」

「怖いって言っても色々あるんだよ。なんて言うかなぁ……ふっと人の中を見透かしてしまう感じ。なんか底知れぬ感じの怖さとか」

「あっ、確かにそう言うのはあるかも。僕も少し占って貰ったんだけれど、一瞬、心の奥の方までみられてしまった様な気がした」

「ほう。で、ハルは占いの結果なんて言われたんだ」

「うーん。「女難」とも「男難」ともつかぬ相がどうとか…………」


「ハルが「男難」ねぇ」

 小塚はそう言って、悟られぬようにハルと石田の方を盗み見た。いや、まさかな。小塚は心の中で呟いた。

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