第4話 プロローグ 寮の朝
「へぇ。これがハルのおちんちんか」
採取用のガラス瓶に入った物体をしげしげと眺めながら小塚は言った。
もげた陰部をいつまでもティッシュペーパーにくるんでいるわけにもいかず、ハルは手近にあった魔法アイテム採取用のガラス瓶に入れたのだったが、まさかそれを他人が手にするとは思ってはいなかった。
「ちょっと小塚。あんまり眺めないでよ」
ハルはそう言って、小塚の手からガラス瓶を奪い返した。
「すまんすまん」
石田は穏便に事情を説明しようとしたのだが、小塚は何を勘違いしていたのか必死に逃げ回ってたそうだ。石田は仕方なく力尽くで嫌がる小塚を捕まえ、ハル達の部屋に連れてきたのだった。
一部始終を話終えた後も、なおも信じられないという小塚にハルがガラスに入った自分の陰部を見せた。これでようやく納得したようだ。
「くれぐれも、このことは他言無用で頼むぜ」
石田が小塚に言う。
「それは良いんだが、俺が黙っているだけじゃ事態は解決しないだろう」
小塚にはハルの現在の状態に何か思い当たる事がありそうだ。
「小塚はどうしてこうなったのか解るの?」
「お前等も魔法学生だろう。もげたのを見てなにか感じる所は無いか?」
小塚にそう言われて改めてハルが持っているガラス瓶の中の陰部を見てみると、微かだが魔力の痕跡を感じる事が出来た。
「魔法か」
ハルも石田も今まで混乱して気が付かなかったのだが、どうやらハルの下半身がもげてしまったのは魔法をかけられた結果ようだ。
「まぁ呪いの一種だな。魔法で切り取られた形だ。世の『理』から隔絶させられているから、このまま腐りもしないよ」
呪いは呪術学科の小塚の専門分野だ。ハルや石田よりもそのあたりの感覚は敏感なのだろう。
「ハルは誰かに恨まれる様な事をしたのか?」
呪いと聞いて石田はハルに尋ねる。
「いや心当たりは無いよ。誰が呪いをかけたりしたんだろう?」
「一つのミステリーか」
「まぁある程度の推理は出来るよ。ハルは案外、女の子達とかからも人気があるだろう?結構、モテない男子学生連中から嫉妬されてるんだぜ。楽しそうに女の子と話しているハルを見ると、俺だって「もげろ」って思った事あるもの」
小塚は力説する。
「まさか小塚、お前の仕業か」
「止めてくれよ。俺は友達を呪うなんて馬鹿な事はしないよ。しかし見境を無くした輩がいないとは限らない」
「男の嫉妬で男性器が無くなるって、たまったもんじゃないな」
そう言う石田に小塚が言う。
「別に男の嫉妬だけとは限らないぜ」
「えっ?」
「世の中には独占欲ってのもあるからな。ハルを自分だけのモノにしたいっていう女性がいてもおかしくは無い」
「そういえば、昔から浮気封じなどで女性が呪法で男性を不能にさせるって話を聞くよなぁ」
石田は感心したように言うのだが、ハルは理由もよく分からないまま呪いを受ける方の身にもなってくれよと思った。そんなハルに小塚はさらに怖いことを言う。
「それだけじゃないぜ。ハル。お前はショタ属性だからな。そう言う趣味の人間の中に、お前が女になる事を望んでいる奴がいるかもしれないぜ」
「なっ、なんだよそれ」
「ハルが男だから、かろうじて一線を越えなかった連中がいるかも知れないって事さ。そういう奴らの一人が「ハルが女だったら良かったのに」って言う思いを募らせて、男性生殖器を除去する呪いを掛けたのかもな」
「なんか気持ち悪いよ」
顔をしかめるハルに小塚は言う。
「そうかぁ?本質的には、よくある乙女の恋愛成就の「おまじない」と同じ構造式だぜ。むしろ、現状では思いは叶わないって認識している分、理性的でもあると思うよ」
「でも、そんなの迷惑だよ」
ハルは口をとがらせて言う。
「まぁ可能性の一つにそう言う話があるかもしれんってことだよ」
小塚はさらに言葉をつづける
「その他の原因を考えると、不用意に呪いの掛かった場所に足を踏み入れてしまった結果だったり、迂闊にも呪いの掛かったアイテムに直に触れてしまったりとか、可能性としては色々と考えられるけどな」
「なんだ。結局は、何の呪いか解らないってことか?」
石田が憮然として言った。
「おいおい。経験を積んだプロの呪術師でも、一目でその呪術の正体を見破るってよっぽどの事だぜ。通常は、掛けた本人の情報はもちろん、呪いの構造や機構、また使った呪具や使用した魔道書なんてものまで、関係する情報は隠匿しようとするのが呪いのセオリーだ。調べる方は、隠しきれていない僅かな痕跡から、推理をして糸をたぐり寄せるように調べていくもんなんだよ」
「そうなのか。直ぐには判らないものなんだな」
「逆に、どういう呪いなのか直ぐに判るって言うのは、そのタイプの呪いをよほど研究していたとか、よく知っている同門の呪術師の仕事とか、そういうケースぐらいだよ。後は呪いを掛けた当人なら判るな」
「そりゃ呪いをかけた本人なら判るだろうけれど」
小塚はニヤ リと笑って言う。
「実は、世の中には呪いを掛けた本人とは知らずに、その人に呪いを解いて貰う相談をしに行ってしまうって話も珍しくは無いのさ。お前等も、この件を他の人間に相談する時には慎重になった方が良いぜ」
石田は、小塚を含めて呪術師というのは信用ならない人種だと改めて思った。
「それで、ハルに掛けられた呪いの正体を知る糸口は掴めそうなのか?」
「お前等も魔力の痕跡を感じただろう?完全犯罪っていうのがまず不可能な様に、たぐり寄せる痕跡を全く残さない呪いというのもまた不可能に近いんだよ。時間が掛かるが大まかなところまでは調べられると思う」
「で、解除は出来るのか?」
「呪いって言うのは、方式のに則って行われる限りは必ず解く方法もあるものさ」
ハルは、ここに来てようやく光明が見えてきた気がした。
「とにかく小塚。お願いだから僕の呪いを解いてくれよ」
そういうハルに小塚は肩をすくめて答える。
「安請け合いは出来ないなぁ」
「おい。ここまで話してそれは無いだろう!」
今にも掴みかかりそうな勢いの石田をいなすように小塚は言葉を続ける。
「まぁ落ち着け。無料では嫌だっていう話さ。一つの呪いを調べるのにも時間や対価が必要になるんだよ。また呪いを解くのには、その呪いに見合う対価を別に用意しなくちゃならないんだぜ」
「一体、幾ら要るの?」
恐る恐る尋ねるハルに、小塚は笑いながら言う。
「調べるだけなら別に金とかは要らないよ。ただアレを少しばかり分けて欲しい」
そう言って小塚は、ハルが手にしている陰部が収まっているガラス瓶を指さした。
「へっ変態か!」
石田が叫んだ。
「おいおい。誤解するなよ。俺は呪術アイテムとして興味があるんだよ」
「そうは言っても……小塚。なんか怖いよ」
ハルはガラス瓶を抱きかかえて言う。
「ハル。ソレはもう自分の体じゃないと割り切った方が良いぜ」
小塚はハルを諭すように言った。小塚はハルが呪いの結果に固執することも、呪いの力を強めることに繋がっていると判断していた。
「そう なの?」
「単なるモノとして扱う方が、呪いを解きやすかった りするんだ」
「でも……」
「ハル。俺は小塚の話に乗っても良いと思うぜ。なにより、このままでは埒があかないだろう」
石田がハルに言う。僅かでもモノやお金を介した契約の形にしておけば、小塚もまた、きちんと動いてくれるだろうという計算が石田にはあった。
「まぁ、それは確かだけど」
石田の言葉に納得したのか、ハルはそう言っておそるおそるガラス瓶を小塚に渡した。瓶を受け取った小塚がハルに尋ねる。
「ハルは人には譲れない部分とかあるのか?」
「えっ、いや別に思いつかないけど」
ハルには小塚が何のことを言っているのか判らなかった。
「じゃ右と左どっちが要らない?」
「えっ右は要ると思うけど」
取り敢えず、利き手の方が要るだろうと考えたハルはそう答えた。それを聞いた小塚はさわやかに言う。
「よし。早速スプーンでサクッと左の睾丸をほじくりだしてくるよ!」
その言葉にハルと石田は身が竦む感覚を覚えた。感覚的には目の玉がえぐられるよりも残酷では無いか。だが小塚はそんな事はお構いなしにガラス瓶を持って部屋から飛び出して行ってしまった。
「ごめんハル……」
隣で青ざめているハルを見た石田は、とりあえず謝ったのだが、茫然自失したハルの耳には届かなかったようだ。 時計を見ると、もう学校に行かなくてはならない時間が迫っていた。
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