第3話 プロローグ 寮の朝

「ハル。シャツが邪魔だ」


「やっ、やっぱり恥ずかしいよ」

 そう言いながらもハルはシャツの裾をまくし上げた。ハルが微かに震えているのが石田には判った。上げたシャツの隙間からハルの綺麗なへそが間近に見て、石田は一瞬どきっとしたが、目の前のハルは男だと強く念じて冷静さを保とうとする。一度深呼吸をしてから、気合いを込めて石田はパンツを下ろした。


「割れ目だな」

「えっ、何?」

「ぱっと見た感じ、血とかは出てないな。外見は女性器の様に見えるが足を閉じられてちゃ構造がよく良くわからん。ハル。もう少し股を開いてみてくれるか?」

「いや。さすがにソレは恥ずかし過ぎて出来ないよ」


「しかしこれ、本物の女性器の構造になっているとしたら事だぞ」

「えっ僕が女の子の体になっちゃってこと?」

 そのハルの言葉に、石田は女性のモノかもしれない下半身が、目の前に晒されているという事実に気が付いた。息がかかる様な距離だ。石田は自分の喉の奥に生唾が貯まるのを感じた。


「おぅいハル。朝飯行こうぜ」

 突然、脳天気な声と供に部屋のドアが勢いよく開き、ハル達と同回生になる寮生の小塚が姿を見せた。

「えっ?お前等、一体何してるの?」

 部屋の中に一歩足を踏み入れた小塚の動きが止まる。なんだろうこれは…………? 小塚の脳内は状況を処理しきれずにいた。小塚の足元には脱ぎ捨てられたハルのジーパンがあり、その向こうではハルがパンツを下ろして小さくて丸い尻を丸出しにしてる。そして石田がそのハルの股間に顔を埋めようとしている様に見える。


「おっ小塚ぁ!」

「かっ鍵はっ?」

 小塚の乱入に焦ったハルと石田が口々に叫ぶ。

「だからこの部屋のドアは調子が悪いんだって」

「ごめんごめんごめん。変なときに入ってきた俺が悪かった」

 おかしな具合に状況を認識した小塚が、そう言いながら後ずさりをしている。

「まってくれ。コレは違うんだ」

 と石田は口にしたものの、ハル下半身のことを小塚に喋っても良い物か判断がつかない。

「そうだよ。石田に変になった僕の下半身を見てもらっていただけだよ!」

「ハルは黙ってろよ」

 石田は誤解それそうな事を口走るハルを制した。

「いや俺は見てないからね。何も知らないからね」

 そう言いながら小塚は部屋を出て行こうとする。焦った石田が声を掛ける。

「小塚。これはお前が考えているのとは違うんだよ!」

「言い訳しなくて大丈夫。俺は誰にも言わないから」 

「言い訳とかじゃ無くて!」

「それじゃ俺はこれで。部屋には鍵掛けとけよ」

 そう言い残して小塚は一目散に部屋から飛び出ていった。


「どっ、どうしよう?小塚は誰にも言わないって言っていたから、きっと大丈夫だよね」

 ハルはパンツを上げながら石田に確認するように言う。ハルもようやく変に誤解されて不味い状況になっているらしい事を理解したたようだった。

「わからん。あの口が軽い小塚だぞ。あっという間に噂になるかもしれん。もし男同士のそういう関係を寮内に持ち込んだと皆に誤解されたら、規則に則って退寮っていう話になるかもしれない」

「そういう関係ってなんだよ」

「そりゃ、不純同性交遊って話さ。いや、まてよ。そしたらハルが女になったのなら不純異性交遊で問題は無いのか」


「嫌だよ。石田とそういう交遊してるとか思われたくない」

 ハルはふくれて言った。

「まぁ交遊ってのは冗談だが、この寮は女人禁制だから、ハルが女になったってのが公になると寮を出て行かないと行けなくなるかもな」

「まってまって。そもそも僕の股間は女の子のになってたの?」

「俺も未だきちんと女性器を確認したわけじゃ無いけどな」

「いやいや。男性器が無くなって女性器が出来たから、女性になったって決めつけるのはおかしいよ。誰がどう言おうと、どんな体になろうと僕は男だ」

「まぁハルの言うとおりなんだが」

 確かにハルの言うとおりだ。たとえ男性器が無くなって女性器が出来たとしてもハルはハルだ。石田はそう思う事にした。

「それに女性器じゃ無くて、ユニセクシャルの性器になってる可能性だってあるかもしれない」

 この時代この世界では、男性でも女性にも変わる可能性があるユニセクシャルという性が、徐々に第三の性として世間に認知されつつある最中であった。

「ハルはユニセクシャルの性器ってどうなっているのか知っているか?」

 一瞬ハルの脳裏に同学年で同じ学科にいるユニセクシャルの友人の塩見瑠奈の顔が浮かんだ。男でも女でもない瑠奈は、すらりとした長身に整った顔立ちとサバサバとした性格で、ハルとは仲が良くてよく冗談を言い合ったりする間柄だった。今まで瑠奈の下半身は一体どうなっているのなんて考えた事も無かったのだが、頭の中でどんどん妄想が広がっていきそうになり、ハルはその思いをぬぐ い去るように頭を振った。

「いや知らない」

「そうか。俺もユニセクシャルとは付き合ったことが無いので良くはわからん。でもハルは女の性器の方はどうなっているのか解ってるよな」

「一応、知識としては知っている」

「そしたら後で手鏡でも使って自分で確認してみろよ。幾ら友達って言っても、俺が女性器かどうかを確認するというのは、考えて見ると不味い事だよ」

 先ほど生唾を飲みかけた石田は、自分の事を恥じていた。しかし次に同じような事態になると自分を抑えられるか自信も無かった。

「確かに、女性のものかユニセクシャルのものかわからないのを石田に見せるわけにはいかないよな」

 石田の思いをよそに納得するハルに、石田は安堵と同時に何か物足りないものを感じていた。

「よし。じゃ早速、風呂に行って朝のシャワーのついでに自分で確認してくるよ」

「まてまて。お前は今の自分の状況が判っているのか?」

 慌てて石田が止める。

「え?」

「ハル。お前は無防備すぎるぞ。今までは、まかりなりにも男性器があったから大丈夫だったが、今のお前が全裸になって男達と一緒にシャワーを浴びに行くってのは、飢えたオオカミの群れの中に子羊を放すようなもんだ」

「まさかぁ。いつもみたいにタオルで隠してれば大丈夫だろう?」

「甘いぞハル。タオルが外れた途端、男達の性欲が爆発してしまうかも知れん」

 ハルは風呂場で自分が大勢の男達によってたかって手込めにされるシーンを想像して震えた。


「こ、怖いな……」

「わかったらシャワーは諦めろ。風呂とかは、代わりに俺がお湯とタオルは用意してきてやるからそれで体を拭け。あと小塚を捕まえて口止めしなきゃならん」

「あっ、そうだよね」

「そこでだ。小塚にはハルの体調変化を説明しといた方が良いと思うんだが」

「えっ恥ずかしいよ」

「馬鹿。部屋で俺たちがいかがわしい事しているって思われてる方が恥ずかしいわ!」

「そりゃそうだけど。石田以外の人に知られるのは、やっぱり恥ずかしよ」

「俺なら恥ずかしくないのかよ?」

「そっ、そういうわけじゃ無いけど……」

「じゃどういうわけだ」

 石田は、そう言ってしまったところで自分が何かを期待しているかの様に聞こえやしないか心配になった。

「まず最初に石田に相談したのは行きがかり上仕方が無いだろう。それに親友なんだし」

 ハルのその言葉に、石田は少しはぐらかされた様な気になったが、今はそれが有り難い様にも思えた。


「恥ずかしいのは解らないでも無いが、それでもやはり小塚には、きちんと話して誤解をといておいた方が良いと思う」

「わかったよ。石田がそこまで言うのなら従う」

 石田の事を親友と言った手前か、ハルは大人しく石田の言う事を認めた。実の所、ハルにしても石田とそういう関係であると小塚に疑われる事は恥ずかしかったのである。しかし小塚はきちんと事情を理解してくれるのだろうか?ややこしいことにならなければいいのだが…………


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