第2話 プロローグ 寮の朝



「え、何だって?」


「おちんちんが、とれたんだよ!」

 ハルは泣きそうな顔でそう叫んだ。


 石田は咄嗟にハルの言葉の意味が理解出来なかったが、すぐに寮生の誰かが考えた新しい冗談だろうという事に気が付いた。しかしこんな馬鹿馬鹿しい冗談でも、それ言うハルの緊迫した演技が真に迫っていてソコが面白い。急に笑いがこみ上げてくる。


「ふははははは。朝っぱらから何だよそれ」

「真剣に聞いてよ!」

 そう言うって怒るハルがまたおかしい。


「わかったわかった。で、一体何のギャグなんだ?」

「ギャグなんかじゃ無いよ!」

「で、オチは何だよ?本当は何が「もげた」んだよ?」

 石田は、どうせハルは『沈丁花ちんちょうげ』だとか『提灯ちょうちん』だとか下らない駄洒落を用意しているのだろうと思っていた。


「だから、僕のおちんちんだよ!」

「それって股間のか?」

「そうだよ。そのおちんちんだよ!」

 石田には、このコントは何処が終着点になるのか読めなかったが、しつこく「おちんちん」とくり返すハルが可笑しくて笑い転げた。

「笑い事じゃ無いよ」

「すまん。まだ笑っちゃいけないのか。しかし、あのハルがそんな下ネタ言う様になるとはねぇ」

「下ネタとかじゃないよ!少 しは心配してよ!」

「はいはい。で、おちんちんがもげた後どうなったんだ?」

 石田は笑いながら、もう少しハルのコントに付き合う事にした。

「どうもこうも、僕のおちんちん取れちゃったままなんだよ!」

「えっ?」


 意外な展開になりそうで驚いている石田に、ハルはティッシュペーパーに包まれた可愛らしい物体を差し出して見せた。どうやらハルは、用意していたこの小道具を見せたかったようだ。

「これって?」

「トイレでパンツを下ろした途端にもげたんだよ。どうやったら元に戻るんだよ!」

 ハルが差し出した物体は、かわいらしい陰茎部から、ちんまりとした睾丸の膨らみ、それに薄く生えた陰毛まで、見事に少年の陰部が再現さたものだった。質感もしっかりしている様だ。

「しかし、よくできてるなぁ」

 感心しながら石田はそう言って、ハルが差し出した物体を指で突いた。素材も凝っているらしく本物のようなやわらかい感触で皮膚の感触もリアルだ。

「ちょっと、やめてよ。触らないでよ」

「触っちゃ駄目なのか」

「あっ当たり前だろう。人のおちんちんなんだから」

 ハルはそう言って怒った。

「でも本物のハルのものよりは随分可愛らしいんじゃ無いの?」

「何言ってんの?僕のだよ」

「この前見たハルのは、もっとご立派だったよ」

 石田の言葉にハルは思い当たるところがあり、顔を真っ 赤にさせた。「この前って、やっぱり見てたの?」

 それは三日ほど前のことであった。ハルは一人になった時を見計らって部屋に籠もって自慰行為を行っていたのだが、そこに運悪く石田が帰って来たことがあったのだ。必死に誤魔化したのだがやはりバレていたようだ。

「そういう事をする時に鍵を掛けてないハルが悪い」

「うるさい。この部屋の鍵の調子が悪いんだよ。それより人の恥ずかしいところをジロジロ見てた石田の方が失礼だよ!」

「別にジロジロ見たわけじゃないし。偶々目に入ったのを覚えてただけだ」

「忘れろよ!」

 ハルは石田に向かってそう叫んだ。


「しかしハルの平素の状態は皮かむりかぁ。お前、風呂場ではいつも隠してるから知らなかったよ」

「石田は風呂場でも人のものを見ようとしてたの?!」

「いや、そういわけじゃ無くてさぁ」

 石田は笑いながら頭を掻いた。

「風呂場でも恥ずかしがって人に見せない様にしているのに、作り物ならば普段の自分のはこんなのだって可愛いのを俺に見せて来るんで可笑しくてさ。普通の男って見栄を張って立派な風を装いたがるものだけれど、ハルは逆なのな」

「だから作り物じゃ無いんだって」

「えっ本物を俺に見せているつもりなのか?」

 ハルは石田にそう指摘され、自分が今手に持っているものを人に見せていることが急に恥ずかしくなった。

「い、石田になら少しぐらい見せても良いかなと思って」

 ハルはその大切なものを再びティッシュにくるんで慎重に仕舞いながら、恥ずかしさで顔を伏せて言った。

「良くわからんが「見せてくれてありがとう」って礼を言っておいた方がいいのかな?」

 今度は石田が顔が赤くなる。

「なんで石田が顔を赤らめてんだよ!」

「とにかくだ。もっと大人の玩具のようなのの方が笑えたよ。ハルが持ってきたのは、なんかリアル過 ぎる」

「だからこれは本物だって」

 このまま言い合っていても埒が明かない事を悟ったハルは、意を決してその場でジーパンを脱ぎ捨てた。パンツ姿になって石田に近づく。

「はっハル。なにをするんだ」  

 ハルは驚いて動けないでいる石田の手を取って自分の股間に当てた。パンツの布ごしに石田の手の感触がつたわる。


「ほら。無いでしょう?」

「なっ無いな……」

 確かに男性ならばあるはずのものが手に当たらず、ぺったりとした丘があるだけなのが布ごしからも解った。

「これって、ガムテープとか使って皮を後ろに引っ張ってアレを隠しているのか?」

「馬鹿。そんな事するわけないじゃんか」

 ここで石田は初めてハルが本当の事を言っている事が判った。

「すまん本当だったんだな」

「普通こんな冗談言わないよ!」

「いや、普通は冗談にしか聞こえないだろう。しかし、どうやって取れたんだ?」

「なんか朝起きてから、ずっとパンツの中がもぞもぞしてたんだけど、さっきトイレに行ってパンツの中の位置を直そうとしたたらぽろっと」

「ぽろっと?」

「こういう事って良くあるのかな?」

 ハルは普通の何でも無い出来事である事を祈るように石田に聞く。

「馬鹿。そんなわけ無いだろう」

「そっそうだよね」

「しかし、さっき見た感じだと、取れた方は血とかが出てなかったようだよな」

「うん。血も出ずにぽろっ と剥がれた」

「痛みは?痛みはあったのか?」

「いや全然。気が付いたら取れていた感じ。ねぇ。これって元に戻るよね」

「戻るってどんな風に?また生えてくるとか、くっつくとか?」

「そんなの。わかんないよ」

「トカゲの尻尾じゃ有るまいし、自然にまた生えてくるっていうのは考えられないよな。まぁ今の状況っていうのも普通では考えられない事なんだが」

「もしかして、これって病気なのかな?お医者さんの所に行った方が良いのかな?」

「医者って言っても、これは泌尿器科か?そもそも、これって病気なのか?性病にペニスが溶けるローソク病っていうのがある噂を聞いたことがあるけど」

 石田は昔男性向け週刊誌で読んだ与太話を思い出して言った。

「そんなぁ。僕、未だそういうのした事も無いのに!」

 童貞のハルはそう叫んだ。

「いやいや。性病って言ってもな、感染ルートはそう言う行為だけとは限らないんだぜ」

「そ、そうなの?」


 不安そうなハルを前にして暫く考えていた石田は、ふと思いついたように尋ねた。

「ついていた方は、どうなっているんだ?」

「僕の股の方?わかんないよ」

「確認してないのか」

「ちゃんと見てない……」

「おいおい。自分の体なんだから、ちゃんと見とけよ」

「怖くて見れないんだよ」

 そう言うハルに石田は諭すように言う。

「後で医者に行くにしても一応は自分で確認しといた方が良いぜ」

「そ、そうかな?」

「それに、仮にまた生えてくるとしたら、前のが自然に取れたことから考えても、もう新しいのが成長しているかも知れないぜ。それを確認出来たらひとまず安心だろう」

「そりゃ、そうだけれど……」

「俺はむこうを向いてるから手鏡かなんかで確認しな」

「でも、やっぱり怖いよ。ごめんだけど石田が見てよ」

 懇願する様にハルが言う。

「えっ、俺が?男の股間のものなんて見たくないよ」

 とは口で言うものの、石田には性的なものと言うよりも、純粋な好奇心からハルの股間が一体どうなっているのか見てみたいという気持ちもあった。

「大 丈夫。もう取れてるから」

「そりゃ、そうなんだろうけど……」

「傷口みたいなのが出来てるかもって考えると、怖くてゾクッてするから自分では見れらないよ。一瞬、確認してくれるだけで良いから石田が見て……」

 ハルは心底怯えている様子だった。


「わかった。俺が確認してやるよ」

 石田は決して性的な目線では見るまいと心に誓い、ハルの前に腰を下ろしてあぐらを組みハルのパンツに手を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る