アレが何した 国立北陸魔法大学校青春公判
めきし粉
第1話 プロローグ 寮の朝
知らない男からいきなり「可愛いね」と声をかけられた。大学校の構内でのナンパだ。いやいや。僕だって男の端くれた。この状況は、おかしいだろう。実際のところ僕は小さい頃からよく「可愛らしい」とからかわれた事があったわけだけれど、そういうのはムッとするセリフであった。ここは文句の一つでも言ってやろうと思って、男の方を見ると知らない男がいつの間にか大学校の寮でルームメイトになっている親友の石田に変わっていた。
いやいや。これは夢としてもおかしい。焦っているのか自分の顔が赤くなるのがわかる。知り合いの男同士で面と向かって「可愛い」とか言われるのはダメだろう。しかも石田に…………。僕はそんな願望とか持っていないはずだ。頭を振ってもう一度男の方を見ると、今度は女の人に変わっていて少し安堵したのだけれど、それでも「カッコいい」とか「男らしい」とかじゃなくて「可愛いね」って女の人から言われるのは釈然としない。そりゃ僕は小柄だけれども、これでも、もう大学校の学生だし言い方というものがあるじゃないか。僕のそういう不満そうな表情を読み取ってか女の人は、笑いながら言う。
「だってハル君。女の子じゃない」
言われて気がついた。今の僕には胸に柔らかい膨らみがある。
そうか。夢の中の僕は女の子だったんだ。だったらこれでよいのかな?と一瞬考えてしまったが、すぐに思い直した。いやいやいや。いくら夢の中とはいえ設定が変だろう。僕は所属している映画サークルの真貴子先輩のことを思い浮かべた。大体、僕は今この夢の中だって女の子の事が好きだ。
「それでもいいじゃない」
そういう女の人を見ると、その顔は真貴子先輩に変っていて、僕は一瞬、別にこのまま真貴子先輩のことが好きでも良いのかなと思い始めた所に、背後から声をかけられた。
「ダメだよ」
振り返ると同じ学科の友人である瑠奈が立っていて、僕の方を悲しそうな顔で見ていた。瑠奈は未だ男性にも女性にも分化していないユニセクシャルという性別だった。瑠奈がダメだと言っているのは、このまま僕が女性になることなのだろうか?それとも僕がこのまま真貴子先輩を好きになるということに対してであろうか?とか考えてしまったところで、自分でも少し自意識過剰かなと思った。そんな僕に対して瑠奈はもう一度言った。
「ダメだよ」
それは小さかったが、ハッキリとした声だった。
「おいハル!」
ルームメイトの石田に声を掛けられたハルは、学生寮の自分の布団の中にいる事に気がついた。慌てて枕元で鳴っている目覚まし時計を止める。男子学生寮の第三棟にある二人部屋の二段ベッドの上段。そこが国立北陸魔法大学校に通っているハルが普段寝床としているスペースだった。部屋は古い作りだったが、代々丁寧に使われてきたせいか薄汚れたり古ぼけた印象は無い。
「あっ石田か。おはよう」
窓から差し込んでくる五月の日の光の中、ぼんやりとした調子で軽く目をこすったハルは、ベッドの手すりから心配そうな顔を覗かせている石田を見つけて挨拶した。ハルと石田は同じ魔法大学校の二回生で、一年の時からのルームメイトであった。この男子学生寮では、学生からの希望が無い限り部屋割りを変える事が無いので、一度ルームメイトが決まると卒業までずっと同室という事も珍しくは無く、ハルと石田は自分達もこのまま卒業まで過ごすのだろうなぁと思っていた。
「ハル。お前うなされてたけど。大丈夫なのか?」
下段で寝ていた石田は、目覚ましが鳴っているのに一向に起き出さないハルが気になって上段のベッドの様子を覗きにきたようだった。
ハルはこの魔法大学校に二つ飛び級で入って来ているので、一般入試を受けて高校卒業後に入学した石田よりも年齢が2つ下であった。石田は年下のハルを何かと気にかけているのだが、ハルは普段から、そんな石田に対して「二つしか違わないのに石田は僕を子供扱いをする」と怒る事も珍しくはない。
しかし二人の周囲からすると、小柄で中学生に間違われそうな体格のハルと、体育会系の野球部に属している大柄の石田とでは年齢以上に体の大きさにも差があって、石田がハルを子供扱いするのもごく自然に見えていた。
「あっ、うん。大丈夫」
心配して声をかけてくくれた石田にそう答えると、ハルは被っていたナイトキャップを手早く取って、ぶかぶかのパジャマを脱いで着替えを始める。
石田はごく自然体のハルの振る舞いを見ながら、可愛らしい顔つきはもちろんその格好や仕草からして、どうにもハルはショタコン方面の人の感情を刺激する感じだよなぁと思った。しかしそんな事を口に出してしまうとハルは怒るだろうから、石田は慌てて口をつぐんだ。
「ん?」
着替えをしていたハルの動きが止まる。既に着替えを済ませていた石田がせかすように言う。
「どうした?早く食堂の朝飯を食いに行こうぜ」
「いや、ちょっと……」
そう言ってハルはぎこちなくジーパンを穿く。不審そうな顔をしている石田に
「ごめん、ちょっと先にトイレに行ってくる。石田は少し待っててもらっていいかな?」
「お、おう。かまわんぜ」
石田がそう応えるのを聞くか聞かないかのうちに、ハルは部屋を飛び出していった。その様子を見た石田は、ハルの奴はよほどオシッコを我慢していたのだな思った。
独りになった石田が寝具を整えたり朝の支度をしていると、そこに勢い良く部屋のドアが開いて何かを抱えたハルが飛び込んで来た。青ざめた表情で素早く後ろ手に部屋の鍵を掛ける。
「おう。早いな。というか何かあったのか?」
ただならぬ気配を感じた石田が尋ねると、ハルは焦点の定まらない目のまま短く呟くように言った。
「おっ……おちんちんもげてた」
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