・《僕たちの日常は平凡ですか!?》- 2 -


「ねえ柊木ひいらぎ?」


「ん?どしたの相川あいかわさん。」


バイト休憩中。

僕たちはソファのある事務室で、お茶を飲んでいた。


「いや、あのね。少し気になったんだけど、あれから伴野ばんのはあんたのとこに来たの?」


「うん。放課後に僕のクラスに来たんだ。」


あの後。

かなで先輩の言っていた通り、伴野は僕の元に謝りに来た。

頭を掻き、目も泳いでいてとても不器用だったが、心からの謝罪なのは僕にも感じられた。


「でも…これでよかったのかな…?」


しかし僕の心には、実は一つ心残りがあった。


「それって、どんな意味?」


「いや、これが正解だったのかなって。僕は伴野よりも年下だし、僕は彼より家庭が酷いわけじゃない。僕の親は少し自由すぎるけどね。それでも僕は、千佳ちかと上手くやってるつもりだし…。」


「家庭…ね。確かに伴野と比べたら、私やアンタなんて大したこと無いわよね…。」


「うん…。だからさ、いくら演じてたとはいえ、僕が彼を叱るというか…諭すのは、なんだか傲慢なような気がしてくるんだよ。お前に何がわかるんだって感じだし。教授の発明がなかったら、事実そうなってたと思うしね。」


「うーん。確かに難しいわよね。他人がウラで何を思っているかなんてわからないもの。」


「だから、僕はそこだけが不安なんだ。もしかしたら、僕のやったことは間違いだったのかなとも思う瞬間があって…。」


「それは多分、間違いじゃないと思うわよ。」


「そうかな?」


「伴野に対してアンタがしたことって、ただ考えるキッカケを与えただけの事なのよ。現実に悩んでいる人に対して、考え方を変える方法を示しただけ。思考を押し付けたわけじゃなくて、新しい選択肢を与えたのよ。」


「う…うん。」


「でもそこで一番重要なのって、それを聞いた本人がどう思って、何を選択するのかってことじゃないかしら。一つの小説を面白いっていう人もいれば、つまらないって人もいる。捉え方によって、色んなことは変わってくるんだと思うわ。」


「そんなもんかな…?」


「そんなもんよ。」


僕たちは、少しぬるくなったお茶を啜る。

いい具合の温度のお茶が、食道を通って胸まで温かくしてくれたように感じられた。


「だからね柊木。あんたがしたことは、別に間違いじゃないし、不正解でもないのよ。それに……。」


「それに…?」


お茶が熱かったのか、相川さんは顔を赤らめている。

そんな急いで飲まなくても、まだ休憩時間は残ってるのに。


「それにその…今回のアンタは…その…。ちょっと、カッコよかった…わよ…。」


「そうかな?でも相川さんがそう言うなら…。ありがとう。」


「せめてもう少し照れなさいよ!!!あたしが、こんなっ!こんな気持ちで言っているのに!」


「ええ!?なんで僕が怒られるの!?」


「もう…まあアンタの事だから…ホントに分かって無いんでしょうけど…。」


「…?ご…ごめん…。」


とりあえず謝ろう!なんだかよくわからないけれど!


相川さんは呆れたように、またお茶を口に運ぶ。

あれ?そんなに熱くなさそうだ。


「あ、そういえば。もう一つ気になってることがあったわ。」


「ん?なに?」


「伴野の記憶から、ほんとに”灰霧のぞみ”は消えたのかしらね…。」


「ああ…そのことなら――――――」


「のぞみん~♡休憩中悪いんだけれど、お客さんよん♡」


”心配ないよ”という言葉は、店長のドスの効いた声にかき消された。


「ごめん相川さん。ちょっと行ってくるね。」


「え…?えぇ、行ってらっしゃい。」


急いで飲みかけのお茶を飲み干すために、湯呑へと手を伸ばす。


「「あ…。」」


相川さんと僕。それぞれがお互いに自分のお茶が入った湯呑を見て、驚いていた。


「「茶柱が立ってる…。」」


僕らは顔を見合わせ、笑う。

相川さんも僕も、心からの笑顔だった。


こりゃめでたいな。

今日も、そしてこれからも、きっといいことがあるんだろう。


「行ってきなさい”のぞみん”!!!アンタはウチの看板なんだから!」


「うん!」



僕は事務室を出て、いつもの見覚えのあるホールに出る。


店の入り口には、とても見慣れた大柄の男が立っていた。


いつぞや残した、名刺を片手に。



だから”心配ない”って言おうとしたんだ。

彼はきっと”灰霧はいぎりのぞみ”を忘れてないって、なんとなくわかってたから。



彼は今、僕の大事な客だ。


ならば、”ケモミミメイドの僕”としては、言うことは決まっている。


いつも通りの恰好で、いつも通りの台詞で。


優しく迎え入れるのが、僕の仕事だから。



「お帰りなさいませ!”ケモミミメイド喫茶 モフィ☆”へようこそ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る