【エピローグ1】先輩と屋上と始まりの鐘!
・《僕たちの日常は平凡ですか!?》- 1 -
久しぶりの学校だ。
校門をくぐり、見慣れたはずの校舎へと向かう。
昨日まで暑さは嘘のように消え、爽やかな暖かい風が、校庭の木々を揺らしている。
休み明け。ましてや停学明けともなれば、学校の校舎ですら新鮮なものに感じられるものだ。
「よっ!
「あぁ、
「……おはよう。」
「おはよう、財団。今日も紙袋キマってるね。」
「……意味がわからないお世辞をどうも。」
「あれ…?教授と
「教授は新薬の開発、相川は日直だってよ。」
「みんな休み明け早々大変だねえ…。」
「いや、休みだったのはお前だけだろ。」
「そうだけどね。これでも休みに休めなかったんだよ?」
そう。
僕は無期限の停学を解かれた自由の身。
初めはどうなることかと思ったけど、僕は無事、この学園生活へ帰ってくることができた。
その知らせが来たのは一昨日まで遡る。
それは、
僕のポストに投函されていたのは、
そしてそこには、『理事長
すかさず僕は、柳瀬先輩に電話をかける。
連絡先の交換は、つい最近思い出したかのように行われたのだけれどね。
「柳瀬先輩!僕です!
『おー?どうしたの、のぞみん。今は家だから大丈夫だよ。』
「柳瀬先輩!停学!停学解けました!柳瀬先輩のお父さんからの封筒が来て!」
『おー!そりゃよかったー!万々歳じゃんね?伴野くんが上手くやってくれたのかな?』
「とぼけないでくださいよ。柳瀬先輩が頼んでくれたんでしょ?」
『え、俺が?ないない!俺って、親父とめちゃくちゃ仲悪いのよ?だからこうして家出てフリーター紛いのことやってるわけだし、そんなことしないよ〜。』
「まあそうですよね…。柳瀬先輩は残念な先輩ですもんね…。」
『のぞみん?せめて心で言おうね?口に出すと、俺傷ついちゃうから。』
やっぱり違かったか…てっきり柳瀬先輩のお陰かと…。
そうだったらお礼を言いたかったんだけどなぁ…。
そう完全に諦めたのも束の間、電話越しになにやらモゾモゾと音が聞こえ始めた。
『ちょっ…おい、やめろって!今通話中なんだから!』
「ん?なんです?誰かいるんですか?」
『いやいや、なんでもないなんでもない。』
「???」
『え、通話相手?のぞみんだよ。のぞみん。あっ…こらちょっ!(ガタガタガタガタ!)』
「なんなんだ…?」
『もしもしのぞみんか!?私だ!
「え…?なんでこんな朝早くから、柳瀬先輩の家に御剣先輩が…?」
なんだ?なんか凄くマズいタイミングでかけてしまったのか!?
二人って、そんな関係だったの…?
『あ、のぞみん?勘違いするなよ。私はただの居候だ。』
「え!?家はどうしたんですか!?」
『そんなもの、出て来たに決まってるだろ!』
「はぁ!?え、親父さんはなんて!?」
『好きにしろって言われてな!そうさせてもらうと言って出て来たわけだが、行く宛がないので柳瀬の家に泊まっているという訳だ。』
「は…はぁ…。それはまぁ…いいんじゃないでしょうかね…?」
『うむ。ご飯も美味しいし、ここからじゃモフィ☆も近いしな。最高の立地と言える。』
柳瀬先輩の生活に対する被害には触れないところが、なんというからしいよね…。
『にしても、ここ最近の柳瀬の活躍は凄かったぞ。君たちの知らないところで、こいつは頑張っていたからな。』
「柳瀬先輩が…ですか?」
『そうだぞ。喧嘩中の親父に会いに行き、土下座までして、のぞみんの停…『だあああああ!もうこれ以上はいいだろ咲夜!あんまり言うと晩飯抜きにするからね!』
「え、なんです!?どういうこと!?」
『晩飯抜きは嫌だから…これ以上は言わん…。柳瀬に代わるぞ…。』
露骨にシュンとする御剣先輩。
情報より食べ物。それが御剣スタイルだ。
『あの…聞いた?のぞみん。』
「全貌はなんとなくですが分かりました。やっぱり、柳瀬先輩のお陰だったんですね。その…ありがとうございます!」
『はぁ…俺、こーゆーの慣れてないんだよ。お礼言われたりするのってさ。恥ずかしいというかなんというか…。』
「いいじゃないですか。僕にとって、柳瀬先輩は恩人です。学校側に手を回してくれた訳ですし。」
『それは違うよのぞみん。元々、親父は校長をあまり信頼してなかったみたいなんだ。今回の伴野くんの件然り、君の停学の件しかり、彼をやめさせるにはいい材料だったって言ってたよ。』
「そうですか…今はじゃあ…。」
『うん。副校長が校長になったらしいね。俺の親父も、学園に戻るって言ってたし。』
「なら直接、お礼を言わないと…ですね。」
『いや、その必要はないよ。俺が親父に言っとくから。のぞみんは普通に、いつも通りの学園生活を送ってくれよ。』
「でも…そういうわけには…。」
『いずれわかると思うけど、親父と直接話すのはやめた方がいいと思うよ。なんというか…疲れるから…。』
「そ…そうなんですね…。なら言う通りにします…。」
柳瀬先輩が言うなら相当だ。
これは大人しく従っておいた方がいいかもしれない。
『それがいいよ…。』
……っといったことがあった訳で。
僕は無事、こうして学校に来ることができたのである。
「……どうだ望。シャバの空気は?」
「別に刑務所で過ごしてた訳じゃないんだけど…。」
「豚の餌と聞くが、本当なのか?」
「いや、だから別に刑期を終えたわけじゃないんだけど!?」
校庭から校舎へと入る。
朝の校舎は多くの生徒と先生が行き交っており、帰ってきたなあと思わされた。
「ほら望。早く行くぞ、靴履き替えろよ。」
「ああうん。」
いつもの下駄箱を、いつものように開ける。
そう、いつもの慣れ親しんだ習慣だ。
「ん?あれ…?」
しかし、そこにはいつもとは違ったものが入っていた。
上履きの手前にちょこんと置かれている、一つの生徒手帳。
見覚えのある、生徒手帳だ。
「おーい。望ー。」
「ごめん!篤志、財団。先行っててー。」
「あいよー。」
「……遅れないように。」
「分かってるってー。」
生徒手帳を開く。
いや、本音を言うと開く前から分かっていた。
この生徒手帳が、誰のものか。
「
生徒手帳の証明欄には、奏先輩の写真とプロフィールが書かれていた。
思い出すのは夕暮れの廊下。
あの時拾ったのが、この生徒手帳だった。
これは、僕たちが”本当の意味"で初めて出会った証でもあって。
僕たちの始まりを作ってくれた、大切な思い出だ。
「届けに来いってことか…。」
生徒手帳をパラパラめくると、中には一枚の紙が入っていた。
『一番高い場所で、待ってる』
先輩という人を、僕自身が理解しているのかと問われれば、返答は怪しいものになる。
白沢奏という女の子は、ほんとうに難しい。
普段は大人しかったり、他人に対して人見知りで、でもバイト先では厳しいけど優しい先輩で、普段は時たま見せる笑顔が可愛くて、そして時には凄く積極的になる。
今、奏先輩が何を考えているのか、僕には分からない。
奏先輩は狼だ。
メイドの耳の話ではなく、彼女の本質は狼だ。
それも、一匹で気まぐれに生きる、自由な狼。
それに狙われてしまった獲物は、彼女に振り回されるしかないのかもしれない。
「今…行きますよ…!」
廊下は走っちゃいけないが、今回ばかりは例外ということにしておいてほしい。
僕の教育係が、退屈そうに獲物を待っているのだから。
階段を駆け上る。
一階。
二階。
三階。
全速力で駆け上る。
そして屋上。
その扉は、先客によって開かれていた。
「奏先輩!!!!」
春の太陽が、彼女の美しく伸びる白髪に反射して、僕の視界を魅了する。
突然の叫び声に先輩は驚いたのか、こっちを勢いよく振り向いて、笑った。
「柊木君…。」
「先輩、眼鏡ズレてますよ?」
「え?あぁ!ごめん!」
慌てて赤フチの大きな眼鏡を直す先輩。
「あとこれ。生徒手帳なんですから、あんな扱いしちゃダメですよ?」
「えへへ、驚いた?柊木君を呼ぶなら、これが一番だと思って。」
「普通にケータイで呼べばいいじゃないですか。」
「えー!それじゃ味気ないじゃん!」
「そんなもんですかね?」
朝の学校の屋上で、先輩と何気ない会話をする。
先輩と仲良くなったのって、つい最近だったのに。
何でかは分からないが、この人とは喋れてしまう。
そんな不思議な魅力が、先輩にはあるのかもしれない。
「あのね…柊木君。」
「なんですか?」
「伴野が、謝ってきたの。」
「そう…ですか…。よかった…。」
「今まで申し訳なかったって。他の子にも謝ってるんだって。多分、柊木君のところにもくると思う。」
「来て欲しくはないですけど…でも良かったです。」
「今はいち早く家を出て、自立したいって…。凄いね。本当に。」
「たしかに凄いですよね。教授の発明は。伴野ですら、相手じゃなかったってことですもんね。」
「ううん。違うよ。私が言いたいのは、君のこと。」
「僕ですか?」
「"
「や、やめてください!意地悪ですねほんと。」
「えへへ。でも君は凄いよ。君に関わる人はみんな、どんどん生き生きとしていくように見えて。矢車くん達だけじゃない、伴野も、バイト先のみんなだって。」
そう言いながら、いじらしく笑う先輩。
僕は、多分先輩が思うような人間ではない。
今回のこともそうだけど、僕は周りのみんながいてくれたから、ここまでたどり着けたんだと思う。
それに…。
「先輩だって僕を変えてくれました。」
「え?」
「伴野の作戦の時、僕が彼の気持ちに向き合おうと思ったのは先輩のお陰なんです。先輩がいなかったら、結末はもっと変わってたかもしれない。」
「私が…柊木君を…?」
「はい。先輩が僕を、変えてくれたんです。僕の考えだけじゃない。きっと、あの場にいた全員も…。」
「そうかな…?そうだとしたら嬉しい…かな。」
「本当に、ありがと――――――――――」
そう言いかけて、僕の時は止まった。
奏先輩が、僕の手を握り、顔を寄せてきたからだ。
「せ…せせせ…先輩?」
先輩の柔らかくて少し冷たい手が、僕の両手を包み込む。
「ねえ…柊木くん?」
「な…ななな、なんですか!?」
ち…近くなってくる!
先輩の顔が!先輩の目が!唇が!
「一つだけお願いがあるの!」
「なんでしょうか!?僕にできることなら!」
ま…まさか!?チューか!?
チューされちゃうのか僕!?
「あのね…。」
「ひゃ…ひゃい!」
思わず目を瞑る!
ダメだ!情けないけど恥ずかしい!
「これからは望君って、呼んでもいいかな!?」
「……ふぇ?」
なんだ突然!?え?なになに!?
いきなりすぎて脳がバグってる!
あ、でもよくよく考えてみたらおかしいな。
そういえば、僕は下の名前で呼んでるのに、先輩は苗字だった。
「い…いいですよ?全然。」
「やった!じゃあ、これからもよろしくね!望君!!!!」
「は…はい!よろしくお願いします!奏先輩!」
奏先輩が、嬉しそうに飛び跳ねながら、僕の手を上下にブンブンと振る。
名前の呼び方くらいでここまで喜んでくれるなら、いくらでも変えてくれて構わないんだけれど。
それにしても無邪気にはしゃいでいる先輩を見ると、心がホッコリするなあ。
あはは!なんか娘と遊んでるみたいだ!
「望君。なんか失礼なこと考えなかった?」
「い…いえ?別に?」
「嘘だー!絶対思ったでしょ!子供っぽいって!これでも年上なんですよ!」
さすが狼。
観察眼は一級品だ…。
「あ、そういえば。僕も先輩に言わなきゃいけないことがあったんだ。」
「ん?なになに?」
「先輩があの時言ってくれたことの返事を、まだちゃんとしてなかったから。」
「え…?」
キョトンとする先輩。
覚えてないのだろうか、僕はあの言葉で救われたといっても過言ではないのに。
「僕も、奏先輩に会えて本当に良かったです!」
「望…君…。」
「だからこれからも末永く、よろしくお願いしますね!先輩!」
その言葉を聞いた奏先輩の顔がパァっと明るくなっているのを僕は見た。
これは、本当に嬉しい時の反応だ。
「もうしょうがないなぁ!可愛い後輩を持つと困るよ全く!」
「照れてます?」
「照れてないよ!」
こうして僕たちの日常は過ぎていく。
この青空に浮かぶ雲のように。
川を流れる水のように。
僕たちの日常は当たり前に過ぎて行く。
「ねえ、望君っ!!!」
先輩が遠くに駆け出して、振り返る。
楽しそうにはしゃぎながら、無邪気な笑顔で笑いかけてくる。
「これからも、ずーーーっと!よろしくねっ!!!」
「はい!!!」
その笑顔を、僕は二度と忘れないだろう。
始業のチャイムが、校内に響き渡る。
それはまるで、僕らの物語の始まりを祝福しているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます